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第三話


第三話

『What your name?』


フードコートをあとにし、腹ごなしも兼ねて売り場をウロウロと歩いていると、ペットショップを発見した。

ショーウインドウの中のトイプードルに私は食いついた。

「や~可愛い~!」

「ほう。女らしい一面もあるんだな」

はっ!

しまった。つい普段はあまり人には見せない私が出てしまった。

「べ、べつにいいでしょ!悪い!?」

「悪いなど一言も言ってないぞ。

だが、よもや飼いたいなどと言うんではないだろうな。ペットのお守りはもう充分だぞ。一匹だけで勘弁してくれ」

くっそう。

なんか腹が立つ。

「ふむふむ。しかしこれはなかなか…」

そう言うと彼はショーウインドウにへばりついて犬達を眺め始めた。

「人間がなぜ進んで動物の世話をしたがるのかと不思議に思っていたが、こうして人間界に下りて実際に見てみると、なるほど分かりかけてきたぞ。

これはつまり、癒しだな。

可愛い。わかるぞ。これは…イイ」

なんだこいつ。

いい歳の男がガラスにべったり張り付いているので、周りの大人たちどころか、子供たちにまで白い目で見られている気がする。

「ちょっと、大人しくしててよ。

みっともないじゃない」

「愛しいものを愛しいと言って、なにがみっともないものか!」

いい事を言ってるようだが、その声でますます注目を浴びてしまい、私は居ても立ってもいられずにその場を去った。

しばらくして商品棚の陰から確認すると、彼は未だにウインドウの向こうを見ている。

周囲の子供たちも黒スーツの大きな男がウインドウを塞いでいる様子に慣れたようで、彼に構わずに脇の下から犬たちの観察を始めている。

「バッカみたい。子供じゃないんだから」

私は彼を置いて、食品売り場に向かう事にした。

今夜は何か作ろうかとも思ったのだが、なんだかイライラして、冷凍食品でも買う事にした。

一体何にイライラしているのか。

そうだ。

あんな恥ずかしい言葉を、堂々と。

私は、あんな風に感情を素直に出せない。

いつもつい隠して、クールな女を演じてしまう。

家族の前でだって…。

そんな自分に、腹を立てているのか。

なんだか悔しかった。

死神なんだよ、あいつ!

そういえば…。

死神とか、あんたとか呼んでるけど、あいつ、名前あるのかな。

きっとあるんだろうな。


買い物を済ませペットショップに戻ったものの、彼の姿は見えなかった。

「何あいつ。どこ行ってんのよ、勝手に!」

もう知らない。先に帰ろう。

どうせ一人で帰ってこれるんだろうし。

ていうかこの大荷物。

あいつ、帰ってきたら覚えてろよ。

いや、このままいなくなってくれた方がいいかも。

駅前の繁華街を離れ、マンションへの道を歩いた。

歩きながら、なるほど。駅から少し離れた所にあるあのマンションは、もともと少し安かったのだろう。

などと勝手な事を考えていた。

後で知ったことなのだが、父はあのマンションを購入していたらしい。

駅から離れ、安いとは言っても、かなりの額だったろう。

その分、祖父の残した土地を高値で買い取ってもらったそうなのだが。

それにしたって、大学生が独り暮らしをするには高価すぎる物件だった。

だいたい、大学にはあと二年しか通わないのだ。購入して何の意味があるだろう。卒業して就職してからも、あそこに住み続けるとは限らないのに。

なぜ父はそこまで…。

だけど、その事実を知った時にはもう、全てが手遅れだった。


もう少しで家に着く、というところで妙な悪寒に襲われた。

風邪かな。

春とは言え、3月初旬の空気はまだ少し肌寒い。

昨夜、あいつはリビングでタオルケットにくるまって寝ていた。

死神でも、寒かったのかな。

だが次の瞬間、これがただの寒気ではないことがわかった。

なんというか、おかしい。

視界が。

暗い。

まだ午後の三時過ぎだ。

おやつの時間だ。

おかしい。今日は日食だったのか。

「気付いたのか、この気配に」

突然、彼が目の前に姿を現した。

そうか。霊体化というやつだ。

ちくしょう。

霊体化してずっとついて来てたんじゃないか。なんなのよ。

「これは、ただの悪寒なんかじゃないぞ」

「な、なんなの急に」

「これは、霊感だ」

「なに言って…」

上手く言葉が出てこない。

頭が、ぼうっとする。

どうしちゃったんだろう。

やっぱり、風邪を引いたみたいだ。

「契約者になってしまったからな。

こういう、よからぬ虫が寄り付きやすい。

おい、しっかりしろ。仮にも俺の主人だぞ、お前は」

こいつは何を言っているんだろう。

虫って?

「おい貴様、運が悪かったな。

この娘はやらんぞ」

彼の声が聞こえる。

だけど、なんだか少し違う。

ちょっと怖い響き。

《ガガ…ガ…》

彼の声に混じって、ラジオのノイズのような音が聞こえた。

《ガ…貴様…ガガ…何故貴様のような奴が…ガ…人間と…行動している…》

不気味な声が頭の中に響いた。

耳から入る音じゃない。

なぜかそれが感覚でわかる。

頭の中だけで聞いている音。

「わけありでな」

視界の中でどんどんぼやけていく彼の体から、強い光が溢れ出したように見えた。

気が付くと、景色は戻っていた。

寒気もない。

多少の倦怠感は残っているものの、頭ははっきりしていた。

「気を付けろ、ああいう連中は、これからもたまにやって来るぞ」

「なんだったの、今の?」

「なんというかな、魔界の虫、と言えばいいのか…。お前は狙われた。

たぶん、お前ら人間が悪魔とか呼ぶ連中にあたるだろう」

この話をどこまで信じていいのかは、わからなかった。

「悪魔って…。それって、あんたの仲間みたいなもんじゃないの?なんで襲ってくるのよ」

「仲間なものか。むしろ、俺達にとっては祓うべき対象だ」

死神が、悪魔を祓う。

私の中にあるイメージにそぐわない構図だ。

「ていうか、あんた。いたんならさっさと出て来なさいよ。これでも、ちょっとは探したんだからね」

「馬鹿者が。俺もお前を探していた。

つい今しがた見つけた所だったんだ」

「あ、そう」

探してくれててんだ。

「まったく、勝手にいなくなりやがって。もう手間をかけさせるなよ」

なにを。

「勝手にいなくなったのはそっちなんですけどー?」

「ふん、捉えようによっては、そうかもな」

なによ。ちょっと素直じゃない。

「帰ろうか」

彼はそう言って、私の荷物を奪いとった。

「さっきみたいなの、また来るの?」

「おそらくな。

契約者になったことで、お前には多少の霊感がついている。その霊感に誘われて、虫は寄ってくるんだ。

だが霊感がついたことで、お前にも気配ぐらいは感じ取れるだろう」

そんな厄介事まで呼び寄せてしまうのか。

「それが嫌なら、さっさと契約を終了させることだ」

「だから、それはないって」

契約の終了。

それは、私がこいつに誰かの殺害を命じる事を指す。

そんなのはご免だ。

そして、契約が終了した時、私も死ぬそうだ。

本当に、そんなのはご免だ。

「なんか、他の方法を探してよ。契約解除の方法」

「努力はしよう。

だが、保証はできんな。

さ、もう帰ろう」

彼が歩き出そうとする。

「あ」

綺麗な空だった。

「なんだ」

「やっぱりもう少し、ここにいようかな」

そう言って私が川沿いの土手の草の上にしゃがみこむと、彼はふん、と鼻を鳴らし、その隣に立った。

時間的に、夕暮れにはまだ少し早い。

だけど空にはうっすらと茜が射したような気がしていた。

「さっきみたいなの、また来てもあんたが守ってくれるの?」

「まあな。仕方あるまい」

本当の事を言うと、さっきの出来事のせいで、私はかなり疲れてしまっていた。

すごく怖かった。

私一人では、何にもできそうにない。

今はちょっと、休憩したかった。

それに、空がとても綺麗で。

「虫祓いの副作用だ」

虫というやつの霊気が大気に溶け出し、霊感のある人には空気が淡い紅に見えるのだとか。

「黄昏時っていうのは本来、そういうものをさす。

誰そ(たそかれ)。向こうに見えているそれが人なのか、人ならざるものなのか、どうにも判然としない、魔の入り口が近くなる時間の事だ。

それを越えれば禍時(まがとき)

朝焼けは、彼は(かはたれ)という。意味はまあ、同じだな」

「ぜんぜんロマンチックじゃないなぁ」

「魔界のものにロマンも糞もあるか」

「あんたは、魔界の人じゃないんだね。一体なんなの?」

私には、こいつの位置付けが必要だった。善と悪。その判別がしたかった。

どっちかわからない、判然としない、誰そ彼などではなく。

「さあなぁ。

要は、それをなんと呼ぶか、だ。

人間が奴等をなんと呼ぶか、俺たちをなんと呼ぶか、そんなことは知るか」

難しい話だ。

よくわからない。

結局あんたはなんなの?

まあ、いいか。

今日のところは。

「むかし、金八先生が言ってたのは、なんか恋の歌だったかな。

人を待っている女の人が、夕暮れに、誰そ彼って尋ねてる、みたいな。なんか恋心的な感じ」

「知らん。誰だその先生は」

金八なんて、知るわけないか。

やがて、本当の夕暮れ時が近付いてきた。

「ねぇ、名前なんて言うの。

あんたって呼ぶのも何だし」

「好きなように呼ぶがいい」

「でも、あるんでしょ?」

見上げると、彼は私から目を反らして夕陽を眺めた。

「……そうだな。

ヘルサイズ、という名前が与えられている」

「だっさ。なんか死神そのまんま」

「ふん。そうか」

だんだんと、茜色が濃くなっていく。

「それじゃ、ユウ、と呼ぶわ」

「なんだそれは。あまり男らしくはない気がするぞ」

「そう?夕陽の夕。

好きなように呼べって言ったでしょ」

「……勝手にしたまえ」

そうして、夕陽が沈んでいくのを眺めてから、私たちは家に帰った。

「あ、そうだごめん。夕飯、冷凍のチャーハンしか買ってないんだった……」

「冷凍のチャーハンとは何だ。

謝らなければいけないようなものなのか」

まあ、いいか。

「悪くはないよ。ラーメンと対になるものだよ」

「ほう。それは楽しみだ。

ところで、犬は旨いと思うか」

「やめてっ!!」

ん?

「ちょっと。

そう言えば、さっき犬を見ながら言ってた、ペットは一匹で充分って、あれどういう意味!?」

今さらだが、さっきは気づかなかった突然の閃きがあった。

私って本当に馬鹿かもしれない。

「何を今さら。

お前の事に決まっているだろうが」

むっきーーー!!

その夜のお仕置きの内容は、例によって割愛。


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