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第二話


第二話

『Do you understand?』


夢を見ていた気がする。

目を開けて、ここが自分の部屋ではないことを思い出す。

いや、もうここが自分の部屋なのだ。

ドアを開けてリビングに出ると、フローリングの床に寝転がる犬の姿が目に入った。

いや、犬かと思ったが男だった。

本当にいる。

「夢じゃなかった」

少し期待もしていたが、どうやら期待は裏切られるものらしい。

昨夜コンビニで買ってきた缶コーヒーを空けて、テーブルの横にうずくまる男を蹴飛ばしてそこへ座る。

「ぐうっ」

という声を出してから、男がゆっくりと起き上がった。

「なんということだ。夢ではなかったか」

それはさっき私が言ったから。

「男を足蹴にするとは、なんという不躾な女か」

「おはよ」

「うん。おはよう」

男は立ち上がると、キッチンに向かい、置いてあるビニール袋から缶コーヒーを取り出した。

「ちょっと、なに勝手にやってんのよ」

「なんだ?二つ買ったということは、一つは俺のだろう?

俺は俺の物を飲むのにも許可を得なくてはならんのか」

いちいち小難しい言い回しをするやつだ。

「ああ面倒臭い。勝手に飲めば」

「ああ勝手にする」

さて、どうしたものか。

「小娘よ、この部屋はなんでこうも物が少ない。

とても人の生活する空間とは思えんな」

「だから越してきたばかりって言ったでしょ」

「だから何故だ。生活を始める前に、生活に必要な物を揃えるのが当然じゃないのか。馬鹿なのか」

もう、朝からイライラする。

「親は買ってくれるって言ったんだけどね。断ったんだ。

こんなイイトコ住まわせてもらっちゃって、これ以上負担かけたくないから。

幸い、二年間バイトしてそこそこ貯金はあるからね。特に目的もなく貯めてたから、これからの生活には困らないよ」

「やはり馬鹿だな」

「なにがよ!」

「親のスネはかじるものだろうに」

なによ。

「おわかりか?小娘よ」

私の気も知らないで。

「今日はその、あんたの言う生活に必要な物を買いに行くからね」

「いいだろう」

「…ついてくんの?」

「当然だ。昨夜も言っただろう。俺はお前から離れる事が出来ない」

やっぱり。

しかしこれは好都合だ。

荷物持ちをしてもらおう。

これからずっとこいつと暮らしていくつもりはないけれど、だけどやっぱりこいつの言う通り、目下のところ、このままいくしかないのだと、一晩のうちに私は悟ってしまっていた。

「ていうかさ、あんた、昨夜もちゃっかり私にお弁当買わせてたけど、死神もお腹空くんだ?コーヒーも飲んでるし」

「人間界にいる以上、お前らと同じ生活様式を取り入れるしかないな。ここでは魔力供給が無いから、食べる事でエネルギーを補給するしかない。

しかし昨日のカツ丼もそうだが、このコーヒーというのも旨いな。人間は毎日こんな物を飲み食いしているのか?

なんと罪深い生き物だ」

と言いつつも、昨日の買ったポテチの袋に手を伸ばしている。

「そのさ、人間界とか、死神界?って言うの?

あんたそっちの世界には帰れないわけ?」

「俺は現在、人間界に堕ちている状態だ。

帰ることもできないし、あちらの世界との交信も不可能。

つまりは、堕ちたなら自分でなんとかしろって事だ」

死神は淡々と語るが、それってつまり、自分のいた社会に見放されたってことじゃないか。

「それ酷くない?あんたの仲間だっているんでしょ。なんとか助けてくれないの」

「馬鹿なことを。

昨日も言った通り、俺達はみな常に不干渉だ。互いに姿を見る事もない。ましては助けなどと。

死んだって見向きもしない。死ぬような奴はお払い箱ってわけさ」

なんだか少しだけ、可哀想に思えてきた。

「あんた達も、死ぬ事があるの?」

彼は少し黙ってから、答えた。

「まあ、そうだな」

聞いてはいけない事だっただろうか。


私たちは、駅前の大型ショッピングセンターに来ていた。

まず家電コーナーに寄り、必要な物を物色する。

時期が時期なので、新生活応援フェアというセールをやっていた。

冷蔵庫、洗濯機、テレビなどがセット価格になっていて、かなりお買い得だった。

会計を済ませ、配達伝票に記入する。

売り場を見ている間、彼は物珍しそうにあちこちをいじくり回すので、それをいちいち嗜めるの疲れてしまった。

「新婚ですか。いいですねぇ」

伝票を書いてると、急に店員がプライベートな質問をしてきた。

「いえ、彼はそういうのでは決してありません!」

「あ、失礼しました」

私が強く否定すると、バツが悪そうに、店員はカウンターの奥に引っ込んで行った。

死神は、今度はレジの中を覗き込もうとして、女性店員に、どうなさいました?などと言われている。

ああ恥ずかしい。

手を引っ張り隣に座らせる。

たけど、そういう風に見えるのか。私たちは。

さっき、今さらながらに気付いたのだが、この男はなかなかのイケメンだった。

いや、芸能人でもおかしくないくらいかもしれない。

その人を食ったような態度や性格を考慮に入れても、充分なお釣がくるだろう。

歩いていると時折振り向く女性客たちの視線は、連れている私も悪い気がしない。

だけどこいつ、死神だよ?

と教えてやりたくもなるが、そんな話は誰も信じないだろう。

ふと、思いついた。

「あんた、私から離れないって言うけど、大学始まったらどうするつもり?

講義までついて来られたらたまったもんじゃないわよ」

「なるほど、大学の講義か。確かに、学生ではない俺がその場にいるのは好ましくないだろうな。

心配するな。その時は霊体化していよう」

「れいたいか?」

「うむ。今はこうして人間のように振る舞っているが、必要な時は霊体化して姿を眩ますこともできる。霊体の時は壁だって通り抜けるぞ」

なんと。

そんな便利な能力が!

「透明人間ってこと?

じゃあさ、お風呂覗いたりとか、そういうの簡単にできちゃうわけ?」

恐ろしい。

そんな男と同じ家にいられるか!

「お前はなんとも破廉恥な事を考えるな。俺がそんな下衆な真似をするものか。

だが、可能だ」

「どうだか。あんただって、一応男だからね。そうだ、もしそういうことしたら、またお仕置きだからね」

昨日の「正座でバッグ頭乗せ一時間の刑」よりももっと酷い事をしてやろう。

「まあしかし、銀行強盗などという発想が先に出てこないところは、感心だな」

褒められた、のかな?


昼時になったので、フードコートで食事をとることにした。

この一時間程で、服やら雑貨やらを大量に買い込んで散々歩き回らせてやったら、こいつも人並みに疲れが見えてきた。

こちらの世界にいる間は人間と同じ、か。

て言っても、例の魔力とやらを使えば、どんなことでもこいつにとっては造作もないことなんだろうけど。

「このラーメンというものを食べてみようかな」

「はいはい」

しかし、これからしばらくこいつと生活するとして、食費が二人分…。

とんだ出費だ。これはまずい。

二人前のラーメンを前にして、そんな事を考えた。

「あんた、お金とか…持ってるわけないよね」

「あるぞ。銀行に500万ほど」

ご…。

「なにそれ!なんで!?」

あまりの驚きでつい大声をあげてしまった。

周囲の視線が痛い。

「口に物を入れながら喋るな。

お前は女としてよりも、人間としての躾がなっていないな」

うるさい、ばか。

「金はな、以前こちらの世界で世話をしてやったご老人から譲り受けたものだ。

身寄りがなかったその金持ちの老人は、財産のほとんどをどこかの施設に寄付し、そのうちのいくらかを俺用にと作った口座に入れてくれたのだ。

人間社会の貨幣など俺にとっては無用の長物だと言ったんだがな。

他に使うあてもない金だ、お前さんが使わなかったなら、それはそれでいい。それに、いつか必要になる時があるかもしれん。

そう言われたな」

金持ちの老人。

その人は、この男に何か恩があったのだろうか。

死神の、この男に。

「その金が必要か?

今が使い時なのか?」

「いや、いくらなんでもそんな大金は…」

断った。

きっと、これが正解のはずだ。

知らない老人の金を、使うなんて出来ない。例えその人が捨てたつもりのお金であっても。

「バカ者が。誰が全額くれてやると言った。

俺の人間界での生活費だろう?

それとも何か。俺は俺の金を使うのに、お前の許可が必要か」

今朝の、マンションのやり取りがフラッシュバックする。

言い返す言葉に困った。

「…勝手にすれば」

「もちろん、勝手にする。

昨日、今日とお前の世話になってしまったからな。悪いが後で銀行に寄ってくれ。口座番号などが、手帳の後ろページに書いてある」

こいつは、いいやつなのか悪いやつなのかわからない。

今日だって、こうして私の買い物に付き合ってくれてるし。

「おい、ラーメンは旨いな。

この世で三番目に旨いぞ、きっと」

また異常に興奮しちゃって。

「大袈裟だってば。もっと美味しいものは、まだまだいくらでもあるんだから。

どうせ一番と二番は、カツ丼とコーヒーなんでしょ」

すると彼は、馬鹿だな、というような顔で私を見た。

「馬鹿だなお前は」

言われた。

「その老人がいつか言っていたぞ。

この世で自分が一番旨いと思ったものは、どれも三番目だとな」

なんだそれ。

「一番と二番は?」

「お袋の味と、親父のスネの味、だとさ。この国の格言か何かだと思ったんだが」

そんな格言は聞いたことがない。

だけど。

なんだか心に染みる言葉だと思った。

私は黙って麺を啜る。

「そう、かもね」

「知らない言葉だったんなら、今日覚えておけ」

なんか生意気。お仕置き決定。

「あ、ていうか、手帳必要なんだっけ?じゃあ一旦家に帰らなきゃ」

また、馬鹿だなという顔で私を見てくる。

「馬鹿か」

また、言われた。

「ほかの者の手に渡ったらどうする」

「え、そっか。考えてもみなかったよ」

「馬鹿め、冗談だ。

あの手帳は契約者以外の人間が手にしてもなんの効力も発揮しない。安心しろ。この国の人間は冗談が通じないようだな」

ほんと馬鹿にしてる。

ほんと後でお仕置き。

「だが用心に越したことはないな。

よし今後は常に持ち歩け。

大丈夫。他の人間には、ただの手帳にしか見えない」

「なんかさっきから命令口調でムカつくわ。後で覚えてろ」

私は、勢いよく麺を啜った。

「昨夜より酷いからね」

そう言ってニヤリと笑ってやる。

「おい、冗談はよせって…」


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