一話
黒く縁取られた窓から、うっすらと雪の積もった街道が見える。
向かいのお茶屋のベンチで二人の女の子が仲良さげに語らっている。
まるで絵画みたいだわ。
やすっぽい絵画。
私はそれを見ながら思った。
先日年を開けたばかりで、街も賑わっていることだろう。
私は一人、オレンジ色の光を放つ古いストーブの前だ縮こまったいた。
なんとなく、ぼーっと部屋を見渡す。
八月で止まったカレンダーが目に入った。
これは、同居している魅薔薇の仕業だ。
彼女は冬には夏の、夏には冬の月でカレンダーを止めてしまう。
彼女曰く、
「だってね、君。夏に冬のをみると涼しく感じないかい?そして、冬に夏のをみるとなんだかあったかくかんじるじゃないか」
とのことだった。
私には意味が解らないけど、カレンダーなんてあってもなくても時間を気にしない私には関係ない。だから好きにさせている。
私ははぁ、と意味もなく息を吐いた。白い息がうっすらと見える。
室内でもこんなに寒いのだ、外はかなりのものだろう。
そう思って、私はもう一度窓の外を見た。すると、そこに誰かがいた。
辛うじて肩にかからない程度の癖毛の短髪。前髪は眉少し下できっちりそろえられ、頭には薔薇のあしらわれたカチューシャをしている。着物からは洋服の襟が覗いていて、彼女は赤い瞳を猫のように細めて笑う。
魅薔薇だ。
彼女は私に軽く手を振ると、窓から消えた。しばらくして玄関から入ってくる。
頭や着物には少し雪がついている。白い顔の鼻や頬は赤く、とても寒そうだ。
「やあ、ただいま。椿」
彼女はそう言いながら荷物を持ったまま、ストーブに近寄ってくる。
私のすぐ隣に座って、傍らに荷物を置くと、手をストーブにかざした。
指先は赤かった。
「遅かったね」
寒そうにしている彼女に私は毛布をかけてやる。
ありがとう。と軽くいって魅薔薇はそれにくるまった。
「いやね、思っていたより混んでいてねえ。もうちょっとでなくなるところだったよ」
魅薔薇は買ったきた物の入った袋を掲げてはにかんだ。
中身は今夜の夕食のすき焼きの具材だ。
「そう。買えてよかったわ」
魅薔薇から袋を受け取って、私は中身を確認する。
確かに、頼んだものは全てそろっいた。この時期には買えないものがあっても仕方ないと思っていたため嬉しい。それも、どれも質の良さそうなものばかりだ。魅薔薇に頼んで正解たった。
「大変だったんだよ?もうあんなのごめんだね」
私はくすっと笑った。
「お疲れ様。お茶、いれてくるわ」
私は立ち上がって台所に行く。この部屋は、玄関、台所、居間が一つになっていてかなり広い。
台所にいても、居間はよく見えた。
私は湯飲みとポットをお盆にのせて、魅薔薇のいる居間に持っていく。もちろん、茶菓子も忘れてはいない。
普段は家事もしてくれない魅薔薇が買い物に行ってくれたのだ。少しは労ってあげよう。
湯飲みにお茶を注いでやる。明るい黄緑色の液体が湯飲みにたまっていく。そういえば、魅薔薇は昔これを見て「エイリアンの血みたい」なんて言っていたかな。
彼女の実家は母親が英国人だったためいつも紅茶だったらしい。
そのわりに、緑茶や和菓子は気に入っているらしい。
「ありがとう」
湯飲みを受け取って彼女は一口飲む。
ふぅ、と幸せそうなため息をついて、茶菓子に手を伸ばした。
「そういえば、彼岸と百合音が遊びに来るって言っていたよ」
茶菓子をもぐもぐ食べながら、思い出したように言う。
「え、いつ会ったの?」
「買い物の帰り」
「いつ来るの」
「今日」
私は魅薔薇を睨んだ。そういうことはもっと早くに言ってほしい。
材料、足りただろうか。
素知らぬ顔でお茶を啜っている魅薔薇を見て私はため息をついた。
もう慣れたことだ。
再び台所へ向かって材料を確認する。
冷蔵庫のものも合わせればなんとか四人分足りそうだ。
ちらっと時計を見ると、もう午後四時すぎだった。
そろそろ準備だけでも始めておこう。
そう思って、野菜を取り出そうと屈んだとき、ノックがなった。
「ごめんくださいね」
応える前に勝手に入ってくる。
控え目な口調のわりには図々しい。
魅薔薇の言っていた二人だ。
純白のドレスに、同じく白いボンネット。色素の薄い巻き毛に縁取られた白く卵型の整った顔は息を飲むほど美しい。
彼女が百合音だ。
「おじゃまするよ」
そのすぐ後ろにいる、百合音より頭一つ分背の高い人が彼岸だ。
黒く長い髪は後ろで一つに、赤い髪止めで纏められている。少々つり目で、唇は彼岸花のように、赤い。
赤と黒の袴姿で、どことなく雰囲気が魅薔薇に似ている。
当然のことだ。彼岸は魅薔薇の従姉だった。
百合音と彼岸は同じ簪屋で店番をしている。看板娘だそうだ。
二人はなにかと仲が良く、いつも二人でいる気がする。
「突然押し掛けてしまってごめんなさいね。一応みいちゃんには言付けておいたのだけど」
ちゃっかりストーブの前に陣取って、百合音はおっとりと言った。
みいちゃん、は魅薔薇のことだ。百合音はあだ名をつけるのが好きで、私のことはつばちゃん、彼岸のことはひーちゃんと呼んでいる。
捻りのないあだ名だが、私は結構気に入っている。
「いいんだよ。二人だけってのも寂しいからね」
魅薔薇が適当なことを言って、同意を求めるように私を見て首を傾げる。
「ね?」
なにが、ね?、なのよ。
「まあ、いいんじゃないの」
私は内心怒りながら言った。
「準備?」
「え?」
突然言われて私はびっくりした。
いつの間にか、隣に彼岸が立っていた。
「ああ、ええ。そうよ」
「手伝おう」
ニッコリ微笑んで、私の手から野菜を取る。
包丁とまな板を出して、手際よく切り始めた。
彼岸は、実家が料亭のため、かなり料理が上手い。
と、いうか、なぜ彼岸はうちの包丁とまな板のある場所が瞬時にわかったのか。
「この前、魅薔薇に頼まれてね。ここで料理したんだよ」
私の疑問を察して、まな板から目を逸らさずに答えた。
そういうことか。
彼岸のお陰で、結構早くに夕飯を食べれた。それにすごくおいしかった。
百合音と魅薔薇は手伝おうとはせず、ずっと二人で喋っていた。彼岸は、微笑ましげに二人を見ていた。
「やっぱり、彼岸の料理は美味しいねえ」
魅薔薇はお肉ばかり食べながら幸せそうに笑った。
空になった皿を差し出してくる。
いれてくれ、ということだろう。
私は、野菜をたっぷりいれてやる。嫌がらせだ。
魅薔薇は皿を受け取って恨めしげに私を睨んだ。
それでも、ちゃんと食べるようだ。嫌そうに野菜を食べ始めた。
百合音は逆に野菜しか食べなかった。
彼岸は百合音の皿に少しだけ肉をいれた。私とは違い、百合音を心配してのことだ。
「野菜をたくさん食べるのはいいことだけどね、少しはお肉も食べないと」
百合音は微笑んで、文句も言わずにきちんと食べた。
満足げに彼岸は百合音の頭をぽんぽんっとした。
さすがに、二人の予定で買っていたのですぐにすき焼き鍋は空になった。
魅薔薇と彼岸は物足りないようで、冷蔵庫を物色してお酒と、そこらへんに置いていたお菓子を食べ始めた。
百合音は眠っている。食べると眠くなるらしい。
私は二人のお酒に付き合いながら、結局夜中まで起きていた。
二人は、勝手に明日の予定をくんでいた。
「初詣とかどうだい?」
「いいねえ」
よく似た声で、よく似た口調をしている。
初詣には、元旦に魅薔薇と私で行ったのだが、気にしていないらしい。
「その後、花大福でも食べにいこうか」
花大福とは、神社の近くにある和菓子屋の名物だ。
何種類もの花や形をした大福があって、一つ一つ味も違う。
「そうだね、そうしよう」
二人はまだ何か色々話している。
だんだんと眠気がやってきて、二人の会話も聞こえなくなってくる。
「おや、寝るのかい?」
魅薔薇が、寝かけの私を見て言った。
聞こえてはいたけど、頭に入ってこない。
魅薔薇は私に毛布をかけてくれた。
「おやすみ」
顔をかかった髪を、誰かが優しくのけてくれた気がした。
以前投稿していた「和風花伝」のリメイクです。
内容、設定大幅に違います。