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Do You Know Your Enemy?

「ハッ、ハッ、ハッ」

 200kgのバーベルを上げる。朝のトレーニングは気持ちがいい。学校での生活は充実していた。

「ふう。よし、今日はついに入学式か」←日本語

 バーベルを下ろして一息。

 そう、今日はクラハシとのディナーから早五ヶ月が過ぎていた。もう入学式、そしてダズの仕事始めでもある。学校に住み込みを始めて一週間目だ。五ヶ月と言う短い期間だったが、クラハシによる猛勉強により今やダズはネイティブ並みに日本語が上手い。

「ミキは会いに来てくれんのかな?えーと今は……七時半か」

 入学式は九時半からだがすでに生徒はぱらぱら登校している。もうそろそろ生徒と会わないうちに事務員室に戻らないといけない。ダズは荷物をまとめ、トレーニング室をあとにした。


「幸子さん、おはよう」

「あら、おはようエイムズ君。トレーニング後でしょう。シャワー浴びてきなさい。今日の入学式出るの?」

「うん。妹の入学式でもあるからね。幸子さん、俺の持ってきたスーツはどこかな?」

「はいはい。貴方の部屋に掛けてありますよ。身だしなみはきちんとしておきなさいよ」

 幸子さんに礼を言ってシャワー室に向かう。

 幸子さんはこの学園に昔から勤めている事務員だ。事務員室に泊り込みを始めたダズにとても優しくしてくれている。娘さんがこの学園の二年生らしい(今日から三年生)。

 シャワーで汗を流して体を拭う。部屋に掛けてあったシャツとスーツを着込んだ。スーツなど久しぶりに着たが、大分小さくなっていて首の辺りが少し苦しかった。

「エイムズ君。九時になってるわよ。そろそろ行かないといけないんじゃないの?」

「ああ、うん。もう用意できてる。それじゃ行ってくるよ」

 幸子さんと別れて体育館に向かった。

 受付に名前を書いてネームプレートを受け取る。

(ダスティン…エイムズ…と。よし書けた…!)

 日本語に関しては会話だけでなく筆記もマスターしている。

(何でこの人、名前を書いて渾身のドヤ顔?)

「席は何処だ……。あ、何処でもいいのか」

 まだ人の入りは少ない。容易に一番前の席を陣取ることができた。ミキはエイムズの苗字だから先頭のほうにいるだろう。もうすぐ入場してくると思ったら少しだけワクワクしてきた。

「あの、お隣いいですか?」

 知らない人に声をかけられて内心驚きながらも、隣の席を座りやすいように少し横にずれた。

「どうも」

 生徒の母親だろうか、席に座るや否やバックから小さな脚立とビデオカメラを取り出しセットし始めた。

「すいません体大きくて。邪魔ですよね」

「えっ……いえいえ、こちらこそこんな大仰なものを。日本語お上手ですね。娘さん御入学されるんですか?」

「娘というか妹です。俺はまだ25です」

「あ、あははは。す、すいません。外国人の方でサングラスを着けていらしたので…」

 彼女はビデオカメラのセットを終えて腰掛けた。

「お名前は?」

「江上といいます。貴方は?」

「エイムズです。ダスティン・エイムズ。半年前にアメリカから越してきました。よろしく」

 江上さんは『どうも』と言って軽く会釈した。

「妹さんどこのクラスなんですか?もしかして同じだったりとか……」

「いえ、ミキは入学というより転入のようなもので三年生に」

「あ、そうなんですか。へぇー」

 急に音楽が流れ出した。時計を見ると九時半少し過ぎ。どうやら入学生の入場のようだ。

「あ、あ、あっ!いた!」

「お、ミキもいた」

「え?どの子なんですか?」

「ほら、あの後ろ髪を大きなクリップでまとめてる……えっと、前から十番目くらいの」

「あっ、あの子?その後ろがうちの子ですよ」

 きゃあきゃあ騒いでいるのは、身体がでっかい外国人と大げさなカメラを構えたお母さん。全生徒と御家族の注目を集めるには十分なコンビだった。


「すっごい恥ずかしかった。皆、私たちを見てるんですもの」

「俺は途中で気付いてましたよ。それなのに江上さん周りの声が聞こえてないから。ミキが思いっきり睨んでたよ」

 入学式は終わり、ミキやほかの入学生は各々(おのおの)の教室へ行き説明などを受けている。エイムズと江上は二人でそれが終わるのを待っていた。時刻は十一時である。

「何時に終わるんでしたっけ、これ」

「俺、案内の紙持ってます。えーと、十二時ごろに終わって、それから保護者のみの説明会。その間入学生は部活動見学」

「お昼だいぶ過ぎちゃうなあ。私さっきからお腹が減って」

「あ、俺今から昼食べますけど一緒にどうですか?」

「え?外にですか?」

「いや、俺この学校の警備員なんです。だから事務員室に仮部屋があるんですよ。長丁場になるって聞いていたから用意してありますから。作り置きしてあるサンドウィッチで良かったら、どうです?」

「あ、あははは。じゃ、お言葉に甘えて……」

 彼女は隠していたけれど、お腹の鳴る音はしっかりとダズの耳に届いていた。

 その頃ミキは…。

「じゃ、クラスはここだから。さっきの説明で何か分からんところがあったら、クラスの友達に聞いとってね。それじゃあこの後、新一年生は部活動の体験なんかがあるけど参加する?」

「いえ、いいです。入る気ないから。兄を待たせているので」

「そう。じゃあまた明日。これから一年間よろしくね」

 担任と握手をして別れた。

「十一時十分…。思ったより早く終わったな。事務員室を訪ねれば良いんだっけ」

 ミキはダスティンとの待ち合わせ場所に向かいたいが、よくよく考えれば自分がその場所を知らないことに気付いた。

(誰か教職員に聞けばいっか)

 ちょうどそう思っていたときに、先のトイレから清掃のおばさんが出てきた。ミキは呼び止めて尋ねた。

「すいません。事務員室の場所を尋ねたいのですけど」

「あ、はい?事務員室?何か用事かしら。今は誰も居ないと思うけど」

「私そこに呼ばれているんです」

「あ……もしかして。あなた、お名前は?」

「あ、私は転入生で。えっと日本人なんですけど……名前は」

「やっぱりあなたがエイムズ君の妹さんね。私は羽田幸子」

「あ、はあ……(あの人の知り合いなのかしら?)」

「事務室はここを一階に降りて玄関側に行けばすぐよ。さようなら」

 羽田さんはすぐに掃除に戻ってしまった。

(無愛想……じゃなくて仕事熱心なの?)

 一階に降りると事務員室はすぐに分かった。勝手に入ってよいものか、とためらっていたら中から声が聞こえた。間違いなくこれはダスティンのものである。彼一人ではないようだが。

 扉を開けるとそこは事務室になっており、その奥に事務員室と書かれたプレートが付いた扉があった。ミキはそれを迷わず開けた。

 少し前、事務員室――――

「いただきまーす。ムグムグ……おいしい」

「いやあ、こんなんだったら簡単だから誰でもね」

 知り合って二時間足らず。人間は仲良くなるのに時間も国境も関係ないのだろうか。

「ダズさんもそんな謙遜しないでいいのに。本当に結構美味しいよ」

「ははは、そりゃ嬉しいなぁ」

 二十個あったサンドウィッチがもう無くなりかけていた。遠慮しているとは言いつつ半数以上は彼女が食べているだろう。

「ダズさんは日本に来てもうどんくらい?日本語うまいよね」

「まだ五ヶ月。なのに今や母国語のように感じるよ」

「ええっ!何でそんなに上手なの!」

「それがさ、ここの」

 ガチャリ――――。

 そのとき突然部屋のドアが開いた。

「あ、ミキ」

 ミキに向かって軽く手をあげる。しかしミキの目にはダズは映っていない。ミキの視線は江上さんの一点に注がれていた。

「……誰?」

「あ、ああ、この人は入学式で知り合った今年入学した生徒さんのお母さんで、江上さんだ」

「どうも~」

「…………どうも?」

 今、微妙に疑問系になったような気がしたのは気のせいだろうか。

「お兄さん、お昼ご飯を用意してくれるはずじゃ?」

「お、おう。そうだったな。大丈夫だぞ。すぐ出来るように用意はしていたから」

 ダズはミキに責められているような気がして、そそくさとその場を離れた。

「…………」

 ミキは静かに江上さんを見つめている。睨みつけているのではなく、じっと何かを推し量るかのようにただひたすら見つめている。

「…………(気まずいわね)」

「お名前は何と言うのですか?」

 ミキが急に口を開いた。

「え、私?って私しかいないか、あはは」

「…………」

「あ、ああ。名前、名前ね。えっと江上桜子と言います」

「私はミキです。学校での苗字はエイムズになってますが、別にお兄さんとは血も戸籍上にもつながりはありません。捨て子で元々は日本の出身だと思います」

「へ、へえ。そうなの」

「そうです」

「…………」

「…………」

 全く会話が続かない。二人の間に緊張が走る。

「ええと、ミキちゃんは……」

「お兄さんとずいぶん仲が良いですね。まだ、会ったばかりでしょうに。お幾つなんですか?高校生の娘さんがいる割にお若く見えますけど」

「あ、あらそう?私もう29よ。ただ、里佳子は実娘じゃなくて養子なの」

「…………そうですか」

「…………」

「…………」

 ダズが部屋に入ってきた。手にはミキの昼食であるホットサンド。

(二人とも見つめあって……。もう打ち解けたのかな?)

「ありがとう、お兄さん。桜子さんもいかがですか?」

「えっ、あ、いや、私はお腹いっぱいだし。遠慮しておこうかな……」

(おお、天邪鬼なミキが積極的に話している!二人とも仲良くなったようで良かったな)

「これからもヨロシクお願いします」

「え、ええ。よろしく(私、この子苦手かも~!)」

 二人はダズの前で熱い握手を交わした。


 三人で食事をした後、江上さんはすぐに体育館へ向かった。ミキも先に帰るということで、ダズは一人になっていた。本来ならば、ダズも体育館で入学説明会を受けねばならないが、少し前に倉橋から電話がかかってきて……。

「説明は後で僕が直接するからさ、君は早速ここの警備についてくれないかな。入学説明会が終わって一段落したら、まあ二時半…三時くらいかな。そのくらいに理事長室に来てね。じゃ、しっかり頼むよ!」とのことである。

 そういうわけで、十分ほど前に警備員服に着替えたのだが……。

「ううむ。きつい、窮屈だ。バリきつだ」

 倉橋はダズの身体が大きいことを見越して、警備員服をLLLサイズの特注にしておいたのだが、どうやら見積もりが甘かったようだ。腕などはそれほどないのだが、胸の辺りがジッパーを閉めるととても窮屈で息が出来ないほどなのだ。というか、そもそもジッパーが完全には閉まらないのだ。

「ズボンは大丈夫だけど……。やっぱこれ閉まらないな。よっ、ほっ。」

 警備員の身だしなみが悪かったら話にならない。とりあえず、どうにか前を閉めようと頑張るが巨大な胸筋がそれを邪魔する。

――ブチッ!!――

「あっまずい。ミスった」

 少し強く引っ張りすぎたようで、金具が壊れてしまった。取れただけかと思ったが、見ると根元から綺麗にねじり切れている。

「うーん…………。ま、いいか。仕方ないからこのまま警備しよう」

 ジッパーに中途半端に残っていた金具を無理やりはずして前を全開にしたまま、警備場所の正門から体育館へ通じる廊下へ向かった。

 しかし来てみれば、今は体育館内での説明会のためこの廊下を通る人はいない。ダズは暇していた。

「~♪」

 暢気に鼻歌なんぞ歌ってみたり。

『PPPPPPP』

「?」

 急にポケットの電話がなった。

Hi(やぁ)!こちらエイムズ。ただいま勤務中だ」

「ハーイ。僕だよ」

 どうやら倉橋からの電話のようだ。

「どうしたんだ」

「この入学説明会には転入生も加えて今年の入学生の保護者が集まっているんだ」

「それくらい知ってるさ。だから何だ?」

「松浦大臣夫妻も来てるって事さ」

「マツウラ……。警護対象の両親か」

 松浦大臣――――今、日本で最も話題に上がっている政治家であろう。現在の政治を真っ向から批判し、環境や軍事援助などの問題を解決すると公言しており、次の選挙にも党の代表として出馬の予定らしい。暴力団などの撲滅にも力を入れており、その関係者からこれまでに二度ほど襲撃されている。娘も一度学校で襲われており、そのためセキュリティの高いこの学校へ編入してきたらしい。

「不審者が3名ほどセキュリティに引っかかった。おそらく狙いは大臣夫妻又は娘の神代だろう」

「で、不審者の場所は?」

「ふむ……。上だ」

「上?…………体育館の天井か?」

「たぶん」

「適当な案内だな、オイッ!」

 電話を切って体育館へ向かう。この体育館付近には先程から説明会の声が響いていた。

「チッ、この音にまぎれようってか。急がないといかんね」


 同刻、体育館天井付近――――。

「準備できたか?」

 手に怪しい棒を持った男が無線機に向かって言った。

『もう少しで出来る。あと二つロックが解除されれば電気が落ちるはずだ。完了推定時間10分後』

「よし。なら12分後に突入開始だ。10秒前にカウントをかける。準備を終わらせておけ」

『O2了解』

『O5了解』

『O3了解』

「む?O4、返事をしろ。……」

『どうしたんだリーダー?』

「O4と通信がつながらない」

 暗闇であったが男の顔が青ざめたのが分かった。

『ばれたか!』

「総員!至急、個々で逃走を開始しろ!我々の証拠は一つとして残すなよ!」

『了解!』

『了解』

「くっ…!O3の通信も途絶えた!まずいぞ――――」

 男は恐ろしいほどのスピードで身の回りの機材を回収した。

(なりふりかまってられない!ただ走るのみ!)

 男は唯一の通信手段である無線機を鞄に乱雑に詰め込み、一気に走り出した。その足はあれだけの機材を持っているとは思えないほどに早く、すぐに屋根から下りる階段にたどり着いた。

(ここまで来ればこっちのものだ。あいつらも俺くらいの身体能力はある。きっと逃げ切れているだろう)

 自分が逃げ切れたことにわずかな安心感を感じ階段を下りた。

(よし、あとはこのまま何食わぬ顔をして、校門から堂々と出て行くだけだ)

 男は歩いた。早く逃げ出したいとあせる気持ちを抑え、ゆっくりと一般人を装って。少し先に校門が見えた。逃げ切れた嬉しさに心が満たされていた。

「うぐっ――――!!!???」

 急に呼吸が出来なくなる。首が苦しい。顔が動かないから目線だけで自分の首下を見ると、丸太のように太い腕で締め上げられていた。

「カッ――――カフッ」


 夜、理事長室――――。

「いや、よくやってくれた!君を雇って正解だったよ」

「うん、まあ良いんだけど、あれは一体何なんだ?」

「さぁね。僕もわかんないけど、なかなか腕の良い奴等だったでしょ」

 ダズは最後に襲った男の表情を思い出した。

「あれはその道のプロフェッショナルだろう。俺も少し恐怖を覚えた」

「それは嘘でしょ。まあ、わざわざあんなのを雇うなんて。やっぱり……」

「分かるのか?」

「ま、その話は今度でいいや。とりあえず今日はお疲れ様。明日から本格的に頼むよ」

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