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Dinner

「うーん。ま、こんなもんか」

 二週間がたって、ダスティンは近所の体育館に来ていた。何度か来ているがここ(日本のトレーニングジム)は思っていた以上に設備が貧相である。初心者向けのマシーンなどが多く、バーベルなどの上級者向け器具が数が揃っていない。また、重りも100kg後半くらいまでしかなくダスティンくらいになるとやはり物足りない。利用者もアメリカよりもいくらかレベルの低さを感じえない。

「13…14…15……っ。よっこい…せ」

 150kgのバーベルを下ろして一息つく。一時間、ここでやれることは一通りやった。まともに体を動かしたのは久しぶりだったが、この程度の運動では大して疲れなかった。いつものメニューをしてたら筋肉痛が酷かったろうが。

「当面はまともに体を動かせるところを探すのが先だな」

 ウェアから着替えてトレーニング室を出ると、出てすぐにあった体育館の月間予定表が目に入った。何か英字で書いてあったからだ。

HighSchool(コウトウガッコウ)……Basketball(バスケットボール)……」

 英字で書いてあったのはこの二つの単語だけだったが、つまりは高校生のバスケットボールの試合か何かがあっているのだろう。ふと、なんとなくだがダスティンは少し覘いてみたくなって、予定表に書かれていた場所を隣の地図から探して向かうことにした。

「あ、やってる。あれ…これは女子か。男子は居ないな」

 行われていたのは女子バスケットの試合だった。案外いい動きをしている。

「へぇ、みんな上手いもんだな。おっ、ありゃスリーポイントか。あーすげぇ……」

 なかなかに魅せられていた。ほんの一月前までは自分が魅せる側だったというのに。それも億の単位の人々を……。なんとなくレスラーだった日々を思い出していた。

(六時か。もうそろそろ本番だよな。あ、いや時差があるからまだか。テックとザーバスの抗争はどうなってんだろ。俺の抜けた穴は誰が……アーロンのライバルは誰なんだろな、俺が3年間ずっとやってたからな)

「あのー観戦でしたらぜひ中に入って……」

「……ッ!?」

「もしかして通じません?中に入って、入って」

「おう???」

 入り口に立っていたところを体育館の館員のおばちゃんに無理やり中へ入れられてしまった。そんな長く観るつもりはなかったのだが。

 けど、何だかんだ言って試合を見ていた。今は26対20で後半が始まったばかりである。字が読めないから戦っているチーム名は分からないけど、現在勝っているのは名前が長い高校だ。

「おーまた入ったよ。すげぇな、よくあんなのが入るもんだ」

 実力の差は結構歴然としている。試合が一方的なのが素人目にもはっきりしていた。ゴールの割合が3対1くらいである。すぐに点差は20点にもなった。試合は残り1分。

(強いなー、あの何とかって高校。よく見たらみんな背が高いもんな)

 あと十秒。ボールを持っているのは勝っている名前の長い高校。もう負けが決まっているとはいえ、相手も守備の手を抜いたりはせず、逆に我武者羅になってゴールを死守しようとするため、なかなかディフェンスを抜けないでいる。あと三秒という時に、ボールを持っていた選手がハーフコートのあたりでシュートを構えた。

『ブーーー!!!』

「おおー」

 いわゆるブザービートというやつだろうか。ブザーと同時にボールはゴールをくぐった。

「ちょっと」

「え?」

 ブザービートを観て感心していたら、急に後ろから声をかけられて少し驚いた。

「お久しぶりですね」

「あ、あれ?あなたは……ああ!この前の!」

 声をかけてきた相手は二週間前に道案内をしてくれた英語の喋れるおじさんだった。確かクラハシだっだろうか。

「強いでしょ」

「え?あ、はあ」

「今勝ったのうちの学校なんです」

「……あっ、そういえば高校の教師をしているとか」

「そうそう。いやー今日の試合結果も満足満足。なかなか面白い試合じゃなかった?ずっと観てたみたいだけど」

「ハハハ、気付いておりましたか。確かにすっかり魅せられてたよ」

「あれ?今日はこの前と雰囲気が違うね。もう日本(こっち)に慣れたって事かな」

「まあそれもあるけど、今は楽しい試合を見せてもらったからかな。そういえば何ていう学校なの?学校の名前」

「まだ日本語だめなんだな。うちは聖鉄(セイント・クロガネ)高等学校。ちなみに女子高なんだ」

(あれはセイント・クロガネと書いてあったのか……うーん、読めん)

「今から帰りでしょ。一緒に帰らない」

「え?けど貴方、まだ生徒が」

「ああ。いやいや、私は引率じゃなくて、ただどんなものか見に来ただけだから」

「じゃあ、ぜひ」


 クラハシと高校の話や自分の近頃の話をしながら帰っていた。

「で、やっぱりあのトレーニング室じゃ物足りないと思ったってわけ」

「あー、まあ確かにダズくらいになるとそうだろうね。ふーんなるほど……」

「それに家から遠いもんだから、帰ってくるのが遅いとミキにどやされるんだよ。ヤレヤレ」

 いつの間にか仲良くなってる二人。

「…………」

 クラハシが急に黙り込んだ。

「クラハシ?」

 何かを考えているようだ。下を向いてなにやら思案顔になっている。

「ダズ……今日」

「ん?」

「今からお宅にお邪魔する。よし、決めた」

 急に嬉々とした顔でそんな事を言い出す。

「はぁ?別にいいけど何でそんな急に?」

「何か飯の材料を買って帰るか。マルチョウ(近所のスーパー。ダズとミキも愛用)に寄っていこう」

(はなから聞く気無いのね。まぁ良いんだけど)


「…………」

 台所を見たミキがポカンとしていた。自分の台所に急に知らないおじさんがいて、なにやら料理を作っていたら当たり前だろう。目を白黒させながらダズとクラハシを交互に見ている。

「飯……作ってくれるんだって」

「……誰?」

先生(Teacher)

「は?」

 クラハシの手際は予想以上によかった。30分ほどで三人分のディナーを作ってしまったのだ。ちなみにメニューはオムライス。

「どうよコレ」

「美味しいです!どうやったらこんな上手に焼けるんだろ」

「でしょう?コレはね……」

 美味しいオムライスを食べながら楽しい会話をしているのは、ミキとクラハシ。ダズは会話に加われず一人黙々と。

「ねぇ……日本語分からないんだって。何で英語で話してくれないかな」

 二人とも明らかに故意的だ。

「ダズは少し日本語を勉強しなきゃいけない。ミキちゃんが今まで優しすぎたんだよ」

「やっぱりですか?うーん私も日本語を覚えさせるべきか悩んだんですけど……」

「おーい、世界共通語は英語ですよー」

 なんだかんだ久しぶりに楽しい夕食だった。ミキも日本に来て、初めてまともに笑ってる気がする。

「ねえダズ。もし良かったら、日曜に食事に行かない?」

「俺か?」

「うん。ミキちゃんには悪いけど二人で」

 向かいのミキの顔を窺う。

「いいんじゃない。お兄さんも日本でコミュニケーションとれる知り合いが欲しいでしょうし」

 と皮肉を言って肩をすくめた。

「ありがとねミキちゃん。あとケータイのアドレス交換しようよ。ダズも、ミキちゃんも」

 三人はケータイのアドレスを交換し合った。ちなみに普段使い慣れていないダズは赤外線通信というものを知らなかった。

「ご馳走様。ほらっお兄さんも言って。ご・ち・そ・う・さ・ま」

「ゴ、ゴチソウスマ」

「いえいえ、お粗末さまです。じゃあダズ、日曜」

 ダズは皿を片付けながら「わかった」と言った。それから少ししてクラハシが帰るとミキは疲れていたのか、リビングのソファで寝てしまった。一人で台所を片付けミキを部屋のベッドに寝かしつけた。

「明日からも今日と同じように笑ってくれよ。俺も努力するからさ」

 ミキの枕元でそう呟いて、気持ち良さそうに眠る彼女の頬にキスをした。表には出していなかったが、アメリカに居たときから笑顔の少なかったミキが、あれ程までに正直な笑顔を見せてくれたときは飛び上がるほどに嬉しかったのだ。

(これだけでも日本に来たかいがあった……)


 日曜日、博多駅に来ていた。(ちなみに別荘は電車で博多の二駅となり)クラハシに指定されたレストランの場所は、福岡に来たばかりのダズには分からなかったため改札口付近での待ち合わせである。七時の待ち合わせだったが今は六時半。乗るのが初めてだったので少し早めに出たのだが、二駅というのは予想よりも近かった。

「早いな。何でもう来てるの。だいぶ早く出たのに」

「ああクラハシ。いや、俺もこんな早く来るつもりはなかったんだが」

「ま、いいけど。それなら早いけどもう行こうか」

 クラハシに案内されたのは博多駅から地下鉄に乗って、となりの駅の近くある雰囲気のいいイタリアンだった。イタリアンの看板を見た瞬間にひとりの女性の顔が頭に浮かんだが振り払った。

(ここに来てもイタリアンかよ……)

「七時に予約してた倉橋…はい…そう…」

「こちらにどうぞ」

 通されたのは窓際の少し特別(・・)な席だった。特別というのはダズが一目見たときのイメージだ。

「コースとってある。すぐ来るってさ」

「やっぱ悪いな。食事に誘ってもらって」

クラハシ□「いいんだって。もともと話があったから俺が誘ったんだし」

 給仕がアンティパスト(前菜)を運んできた。生ハムのサラダだった。

「話って?」

 生ハムを噛み切りながら聞いた。

「君って今無職だよね。就職関係の話なんだけど」

「ふーん。って、食うの早っ」

「あれ?あんまり興味なしだったりする?」

「興味ないことはないんだけど。まだミキが不安だしなー。まともに仕事探すのはもう少し後と思ってたから。日本語も喋れないしな」

 空になったクラハシの皿を給仕がひく。

「日本語は練習してんの?」

「うん。まあ少し」

 正直ほとんどしていない。たまにミキに買わされた問題集みたいなものをしてるくらいだ。

「それもしないといけないよね。やっぱ話し聞くだけ聞かない?結構破格の条件だと思うぞ」

「そうか?まあそれなら……」

 給仕がプリモピアット(パスタなどの炭水化物メニュー)を運んでくる。ヴェネツィア風の魚介パスタだった。

学校(うち)の仕事で。警備員をやって欲しいんだ」

「警備員か……」

「五ヵ月後に大臣の娘が入学するんだよ。それにあわせて学校に泊まりで警備員をやってもらえる人材が欲しくてな。実力がない人間に任せるのもまずいからお前に頼みたかったんだ」

「なるほど。分かったけど、さっきから言うようにミキがな……」

「二日前、実はお前の家に伺ったんだ。お前留守だったよな。ま、ミキちゃんに用があったから良かったんだけど」

 パスタが旨い。クラハシはやっぱりもう食べ終わっていた。

「ミキちゃんならばいい。十分だ」

「何が?」

「うちの学校への入学さ。あの学力ならば特別奨学生として入れていい。英語も話せるのはポイントが高いしな」

「は?いったい何したんだ?」

「テストだよ。あと簡単な面接見たいな事と。完璧だった。高校三年生の範囲をテストしたんだがずいぶん勉強しているな。アメリカでは学校に行って無かったんじゃなかったのか?」

(あー。ボーナムさんが勉強させてたからな。そんなにできるとは思ってなかったけど……)

 パスタの皿が片付けられ、セコンドピアット(肉か魚のメイン料理)が運ばれてきた。今回はステーキだった。

「ミキちゃんはうちの学校に入って、ダズは安定した職を手に入れる。どうだ悪い話じゃないだろ」

 ダズはステーキを頬張りながら『うーん』と唸った。ちなみにもうクラハシのステーキ皿は空になっているが、もはや何も言わないでおこう。

「日本語も教えよう。学校のジムも自由に利用していい。何ならミキちゃんを寮に入れてもいいぞ」

「わかった。わーかったから。そこまで勧めるなら有難く厄介になりますよ」

「よっしゃ!じゃあほら食べて食べて。今夜は俺の奢りだよ!」

「いや、しかしこんなことになるとわねぇ。アメリカの大スター、100万のファンを持つ男がまさか日本で学校の警備員をするって。何なんだか」

 クラハシがグラスにワインを注いだ。

「ここから五ヶ月間は勉強期間になるぞ。ダズもミキちゃんも五ヵ月後の新学期に入学だ。それまでにダズには日本語をマスターしてもらわないと。猛勉強つけてやるよ。この私自ら。まあ今日は飲め」

 それから学校の話をしながら飲んだ。二人とも遅くまで飲んで、帰るころには足取りがおぼつかなかった。ただクラハシが聖鉄の理事長だと聞いたときはかなり驚いた。

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