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Where?

 嫌がるミキを押し切り半ば強引な形で来て、早一週間がたとうとしていた。ここは日本だ。もちろん来たのは俺とミキだけ。現在は父の別荘に住んでいる。

 一週間、遊んだ。

 別荘があるのは福岡だが一週間かけて本州で遊び、昨晩やっと別荘に着いた。そして一晩空けた今は昼をまわったところ。見事にやることがなかった。当たり前だが仕事はなく、誰か知り合いも居ない。テレビは全部日本語だし雑誌も同じ。やる事といったらゴロゴロするくらい。さらにそれに加え、日本に来たときからミキが不機嫌で一言も口を利いてくれない。この一週間必死に遊びまわったが、生活に必要な会話以外は徹底して話さないし、せっかく遊びまわっているのに少しも楽しそうにしない。ダスティンは「あせりすぎたかな?」と思っていた。

 日本に来た理由は二つあった。昔からミキの両親は探してやらないといけないと考えていて、今回の来日での一番の目的はそれだ。三年前、ミキがアメリカに来たときからしないといけないと親父とも言っていたのだが、当時のミキの心に負った傷は傍から見てもあまりにも大きかった。そして父は理由を知っていたのもあって、どうしても踏ん切りがつかなかった様だ。しかし三年が経ち、内向的だったミキも次第に他人と話すようになり、親父の死という境目に葬儀のあとぐらいから探しにいこうと考えていたのだ。ただ……。

「一人で空回りしてる気がするな…」

 つい、思っていたことが口に出てしまった。一週間でずいぶんストレスがたまったように感じる。まだアメリカに居たほうがよかったのだろうか?

 昼を過ぎたところだが、まだミキと顔をあわせていない。なかなか部屋から出ようとしないのだ。せめて理由くらいは知りたいのだが……。なぜ親父に聞かなかったのかと後悔をしてしまう。死んで今さらなのに。

 時計は二時を指している。今まで(・・・)だったらちょうど出勤時間くらいだ。二時半に出勤して、三時から打ち合わせ、五時からウォーミングアップを始めて、七時から本番。トレーニングは退職しても続けているが、プロレス(仕事)をやめてからどうにも生活にメリハリが無い気がする。今回の来日も、そんな生活に何とか意義をつけようとした結果のように思えてきてしまった。

「それならせめて、やることやんなきゃな」

 出かけようと思った。ダスティンは立ち上がり背伸びをする。旅の疲れはあったが、むしろ最近体を動かしていないせいで、体がずっしりと重かった。ついミキの部屋のドアに目が行ってしまったが、声はかけずに出かけた。


「……また、あせりすぎたか?」

 迷子である。何かしようと意気込んで家を出たまでは良かった。裏を返すとそこまでしか駄目だった。右も左も分からないのに、無理して一人で歩き回ってしまったのが失敗だ。正直、家を出てすぐに不安になったのだが、何かやらずには帰れない、と妙なプライドを持ったのがいけなかった。

「あれ?こっちかな……目印の公園はどこだぁ?」

 ここが近所なのか、遠いところなのかすら分からない。国が違うだけでこんなにも町の仕組みが違うものなのか。ごちゃごちゃしていて何が何だかさっぱりである。迷いだしてかれこれ二時間経っている。天井にあった日はもう身体半分まで沈み、一時間前まで聞こえていた子供たちの声ももう無い。

「困った。こんなに困ったのは3年前の暴動以来だな、ハハッ」

 笑ってはいるが結構まずい状態ではある。何よりミキがそろそろ心配になってきた。日本に着てから不安定なミキに、これ以上のダメージを与えないために一刻も早く帰らなければ……。

 そこでふと向かい道に‘POLICE’と横文字で大きく書かれた建物を見つけた。|警察署《Police Station》だろうと思い、道を渡って中を覘く。…が、誰も居なかった。

 なすすべなしとはこの事か。まともに大学に通っておくべきだったと、いまさらに思う。一応語学を専攻にしてたが、本格的な勉強を始める前に退学してしまった。あそこで少しでも日本語を学んでおけば、今こうならずにすんだかもしれない。

「誰か英語を喋れませんか?」

 なりふりかまわず、道行く人に声をかける。しかし、誰も嫌そうな顔をするだけで返事すらしてくれない。というかあからさまに無視されている。日本人は聞いていたよりも無愛想だ。

「誰か…英語を喋れませんか?」

 無視されると言うのは存外つらい。

「あの……」

「誰か―――!」

 背中に衝撃。気持ちが昂っていて周りに注意がいかなかった。後ろに立っていた人にぶつかってしまったようだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ。大丈夫ですから落ち着いて」

 ハッとした。倒れている日本人の男性と会話が成立していたのだ。

「あっ、あなた英語を?」

「ええ、お困りのようでしたから後ろから声をかけていたのですが……耳がずいぶんと高いところにあるから聞こえてなかったようだね」

「す、すいません。気付かなくて」

「ええ、良いんですよ。それで、どうなされた?」

 男に自分が日本に来たばかりで、道に迷ってしまった事を伝えた。

「ああ、ええ、ここでしたら分かりますよ。ちょうど帰り道なので案内しましょう」

「ありがとうございます。ご帰宅ですか?」

「はい、学校から」

「教職の方でしたか。道理で教養のある雰囲気だと」

「アハアハ、世辞はいいですよ。あなたはスポーツ選手かな?身体、とても大きいですよね。見たところずいぶんと筋肉もある」

「ああ、まあ‘元’ですけど。日本ではまだフリーターですよ」

「こちらに定住されるおつもりで?」

「ええ、義理の妹と」

 ミキは今頃心配しているだろうか?

「へえ、妹さんと。アメリカでは何をなされていたので?夢の大リーガーですか?」

「ハハッ、だったら良かったんでしょうけどね……。俺はプロレスラーでした。あんまり子供とかには人気なかったんですけどね」

「いいじゃないですかプロレスラー。燃えますよねぇ。私が子供のときにも流行ってね、ほら『シルヴァー・ジョン』って知ってるでしょ。皆、あの人のポーズとかを真似してたんですよ~。まあ僕もその一人だったんですけどね」

「ハア……」

 久しぶりに聞いた親父(・・)のリングネーム。つい拳に力が入ってしまう。

「何でやめて日本に?」

「そう……ですね……。まあ、なんていうか……故障みたいなものですかね。やっていけなくなったというか……色々あったんですよ」

「アハアハ、はっきりした性格のアメリカ人が言葉を濁すなんて。本当、色々(・・)あったんでしょうね、アハアハ。貴方なんか日本人みたいな性格ですね~。本当は日本語も話すんじゃないんですか、アハアハ。ま、行きましょう」

「あはは、ええ。あはは……」

 彼の性格のほうがよっぽどはっきりしているのではないのか。自分が控えめな性格とは自覚しているが、気にしていたのでこうはっきり言われると結構くる。傍若無人で豪快なレスラー時代のキャラは俺のコンプレックスの塊だったと思う。

「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は『倉橋大和』。HighSchool(高等学校)の教員をしています。貴方はプロレスラーの……」

「‘元’ですけどね。ダスティンです。ダスティン=エイムズです。ちなみにリングネームは『ザ・ファング』でした。俺が考えたんじゃあ無いんですけどね。はは、なんか微妙でしょう?」

「いやあ、格好いいと思いますよ、『ザ・ファング』。というかそういう名前とかって誰が考えるんですか?考えたの貴方じゃないんでしょう。それとも他人に考えてもらうのは貴方だけ?」

「いや自分で考えてたんだけど、友達がイカしてないって言って勝手に変えたんです。絶対俺のが良かったのに……」

「……ちなみに貴方の考えたのは何てんですか?」

「『ゴールド・マッチョメーン』!!」

「………………………………」

「こっちのほうがいいでしょう。絶対格好いいでしょ!」

「くく……ぷぷっ」

「どうしたんですか立ち止まって」

 隣にクラハシがいなかったので後ろを振り向くと、立ち止まり腹を抱え、顔を地に伏せていた。

「プッは!アハ、アハッアハアハアハアハアハ!ふ、ふふっ―――イッヒヒ」

 と、思ったら道の真ん中で爆笑しだした。

「ゴッ…ゴールって…!し…しかも、マッチョメ~ンてこれ――――」

「そんなに笑うこと無いでしょー。そんな可笑しいですか!?」


「ただいまー」

 午後7時すぎにやっと家に辿りついた。家を出てから五時間後の今である。あの後、家の近くまでクラハシに送ってもらい何とか帰ることができた。ついでにこのあたりの町のつくりも教えてもらった。

「ミキー、遅くなってゴメーン。おーい」

 返事が無い。少し残念な気がしながらも一人玄関を越え、リビングへ顔を出すと……。

「おーい。ミキちゃーん……。ミキ!?」

 リビングのテーブルにミキが突っ伏していた。その姿を見たとき、数ヶ月前までの病院のミキを思い出した。

「おいミキ!大丈夫かっ!?」

 慌て近づいて身体に触れる。彼女は薄手のシャツだったが、そんなことは気にしてられない。肩を掴んで左右に強く揺さぶった。

「う…、うぅん……何…?」

 目を覚ました。どうやらただ寝ていただけだったようだ。

(俺の心配しすぎだったようだ……良かった)

「ん?……あっ!あんた今頃っ――!」(日本語)

「ん?何だ?なんて言ってるんだミキ。英語じゃないと分からないぞ」

「あ……。はあ……どれだけ心配したと思って」

 ミキは呆れたような表情で何やらぼそぼそと呟いている。ちなみにミキはたまに日本語を話すときがある。唐突に話しかけられたときや、感情を表に出しているときなどである。少し前にミキが大泣きしたときがあったのだが、ずっと日本語で泣いた訳を話すものだから落ち着くまでなぜ泣いているのか分からなかった。ちなみにそのとき泣いた理由は‘病室に蜂が入ってきたから’だった。

「はあ……もういいです。後でじっくり説教はしますけど、今はとりあえずお腹がすきました」

「げぇ――――説教食らうのかよ……。て言うか飯どうしよ……」

「もしかして何も無いんですか!?……はぁ、本当にこの人は」


 ★


 翌日ダスティンが目が覚めたのは、正午をまわった平日の昼下がりだった。真夜中まで説教されたのが効いたらしい。近頃疲れ気味だった事もあってダルさが抜けない。

「ねみぃ………………」

 ゆっくりと状態を起こして、その場で大きく背伸びをする。

「………………ミキ、起きてるかな」

 眠気まなこを擦りながらリビングへ続く階段を下りる。リビングに彼女の姿は無かったが、奥の彼女の部屋のドアが開いているのを見ると、おそらくもう起きているのだろう。

「飯作るか……」

 そう呟いて冷蔵庫に何も無いのを思い出す。昨日も冷凍食品を漁って何とか凌いだのだ。

 買い物をしたいのでミキを部屋に呼びに行ったがいなかった。仕方ないからリビングに戻ったらテーブルになにやら書置きがあることに気づいた。

「うん?なになに……『食事を買いに行ってきます。勝手に外に出歩かないように。 ミキ』」

 どうやら少し前に起きて出かけたようだった。

「……今日はじっとしとくか。家でトレーニングでもしよう」

 とは言っても、この家にトレーニング用具は無い。アメリカの自宅にはあったが、流石にすべて持ってくる気にはなれなかった。

(トレーニングセンターに行かなければ……)

 すぐにパソコンをたちあげる。検索エンジンを使い地域の体育館を探した。家から五分くらいのところにトレーニング室がある体育館があるようだ。

「よし行こう。すぐ行こう!」

 もうすでに、出歩かないよう釘を刺されていたのを忘れてしまっていた。

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