日米共通で保健室は刺激的だ!
ダズと廉華の衝突の日から明けた翌日。
「ふぁー……。あー眠い。昨日は久しぶりに暴れて体痛いし」
朝の学園中の開錠作業は幸子さんが交替を申し出てくれたので、言葉に甘えさせてもらいダズは今日は朝からゆっくりしている。どうも昨日の騒動は既に学園中に広まっているらしく、幸子さんが事情を察してくれたようだ。
ダズは椅子に深く座り込んで大きく息を吐いた。今の仕事はただただモニターを見ながら、数枚のプリント類を処理するだけ。音楽でもつけようと思って立ち上がったところで、ダズはふと思った。昨日のことが学園中に知れ渡ってるならばミキも知っているのではないのか、と。それが問題というわけではない。しかし、もしそうならば少なからずミキは心配しているだろう。
(連絡すべきだったか?)
しかしそんなことを思おうと今さらである。ミキはもう学園に来ている頃だ。話があれば、今日の内にきっと訪ねてくることだろう。
「おっ?」
ふと自分の足に目がいった。昨日、鉄パイプで殴られていた箇所に湿布を貼っていたのだが、それが外れかかっている。触れてみると粘着力は失われており、もう一度貼りなおさなければならないようだ。
「ああ……湿布はどこかな~…?」
棚の救急箱の中に湿布の外袋を見つけたが、中には何も入ってなかった。ここに無いならば保健室まで取りに行かなければならない。
「面倒だなぁ」
実はこの事務員室、保健室と同じ一階にこそあれどまったく反対側にあるのだ。いかにも微妙で面倒に感じる距離なのである。
ダズは渋々事務室から出た。この時間帯は生徒の登校時間で歩いていると多くの生徒とすれ違う。実はダズは倉橋から、あまり生徒区画に入らないように言われていたりする。しかし、本人も最後に『建前上は』と付け加えていた。なので問題ないだろうということにダズはしておいた。
階段の前を通りかかったときダズは見覚えのある少女に会った。
「あ、君は。えー……っと」
「ふふ、名乗ったことは無いと思いますが?」
「んあー?そうだっけかな」
彼女は階段を降りてダズの目の前に立った。
「秋月理江といいます。以後お見知りおきを」
理江は前に出会ったときのイメージには無かったような、穏やかな笑顔で会釈をした。
「ああ、うん。そうだったね。よろしくよろしく」
ダズがまともに彼女を見るのは初めてのことだが、こう見るととても美人ではないだろうか?
いかにも武人らしい佇まいで姿勢がよく、とても落ち着いている。ダズが子供の頃、想像していたサムライにぴったりのイメージだった。それだけではなく女性としても間違いなく美しい。アメリカ人女性に負けないくらいに背は高く、鋭くもはっきりと意思のこもった目、整った顔立ちに抜群のスタイル。さらには語気にも人を惹きつける力がある。
「いや~。美人だね、理江は」
理江は微笑んで「そんなことありませんよ」と言った。心にも余裕があり精神的にも大人だ。あえて声に出さなかったが、ダズは改めて美人だと思った。
「どこに向かわれるのですか?」
「ああ。ちょっと湿布をね」
ダズはそう言いながら、青いあざのできた自分の足を見た。
「ん……それは昨日の廉華の攻撃による負傷ですか?」
「ああ、あの子、鉄パイプの子は廉華って言うの?」
「はい。……しかし、あの攻撃を受けても立ち上がった貴方には、一人の武芸者として心を震わされ、昨日から貴方と話したくてうずいておりました」
「え、ああ、そうなの?というか見てたんだ、昨日の」
彼女は一見冷静に見えて、どうやら心うちに熱いものを持っているようだ。第一印象と違う彼女の姿にダズは何故か嬉しくて微笑んだ。
『すごいや!プロレスラーは強いんだ!ファングかっこいい!』
……理江の姿と、ある少年の姿がダズの中で重なった。
「!?」
ダズは頭を振って余計な思い出を払いのける。その姿が理江の目には妙に映ったのだろう。心配そうな顔でダズの顔を覗いてきた。
「エイムズさん。どうかなされたのですか?」
「いや、気にしないで。ちょっと体が痛んだだけさ」
「……」
理江の心配そうな表情は消えない。ダズはばつが悪くなり目をそらして、理江に別れの挨拶を言おうとした。
「保健室に向かうのでしたな。ぜひご同伴に預かりたい」
「ご、ごどー?」
「お供してもよろしいですか、ということです」
「ああ、そういう意味ね。けど……今から授業の時間だと思うよ。別について来てもらわなくても」
理江は大きく首を横に振った。
「いいえ。我にも責任があります。処置のついでといっては何ですが、昨日の騒動について説明いたしますので、ぜひ」
「君に責任が?どういうこと?」
数分後保健室にて――――
「湿布でいいのですか?」
「うん。悪いね」
「いえ、こんなことくらいしかできませんので」
理江が棚から数枚の湿布を持ってくるのを、ダズは長いすに座って待っていた。
「授業は本当に行かなくてよかったのかな?」
「聞いていませんか?我ら超人には多くの特権が与えられているのです。授業への参加権。学校内施設の自由利用権。生徒活動の参加権です」
「ん?なら、出ても出なくても良いってことか。他の生徒には羨ましいんじゃないか?」
理江は一瞬暗い顔になったが、すぐに優しい表情に戻る。
「そう、ですね。……確かにそう考えると気が楽か」
何かをつぶやいたようだったが、そのときの理江の表情にダズは何もいえなかった。
「では足を出してください」
「ああ」
理江が跪いてダズの足下による。痣に細く綺麗な指を這わせる。
「何処が痛いのですか?ここ?それともここ?」
「あ、ああ……」
(おお!?何だコレ!何かすごく色っぽいぞ!)
「ここ?ここが痛むのですか?」
理江はダズの痣を軽く指の腹で押す。かすかな痛みであったが、ダズは苦痛と謎の快感に顔を歪めた。理江は上目遣いにダズを見てくる。
「フフフ。はい、これで良いですよ。他に怪我は?」
「ああ!いや!もう良いぞ、うん。ありがとな!」
ダズは呆けていた隙を衝かれて、すこし動揺した返事を返してしまった。
「エイムズさん。昨日のことを話す前に、自己紹介をなさりませんか?貴方は私の名を知っているくらいでしょうし、私も昨日貴方のお名前を知ったばかりで」
ダズはうなずいて理江を見た。理江も居住まいを正す。
「我は秋月理江と申します。今年で齢18を数え、学園の三年生でおります」
「俺はダスティン=エイムズ。元『USP』所属のプロレスラーだ」
理江はダズがプロレスラーだったということに予想以上に驚いた。
「なんと!プロレスリングですか。失礼ながら今、御幾つでらっしゃるのですか?」
「今?幾つに見える?」
理江は真剣な表情でダズの顔を見つめる。
(ん?そんなに悩むほど俺って老け顔だったりするの?)
「30はありませんよね。うーむ……わからない。面目ありません」
「ハハハ、26だよ。わかり難かった?」
理江は恥ずかしそうな顔で頷いた。
「お若いのですね。プロレスラーとして働いてらっしゃったのであれば、もう少し年を重ねているかと」
「ああ、だから悩んだんだね。確かにプロレスラーは30歳以上で大成する人が多いからね。俺は20歳でTVデビューして5年間勤めたんだ。大学辞めてさ」
理江は真面目な表情でダズの話に聞き入っている。ダズは自分のことをあまり語るつもりはなかったのだが、ずいぶんと興味を示したので大まかに話してあげることにした。
「…………からのバックドロップ!これがトドメでアーロンを倒して統一王者に輝いたのさ」
「おおお!」
軽く話すつもりが長々と話してしまっていた。ダズが話し終わったときには、既に話し出してから30分経っていた。
「ああ!長々と話しちゃったよ。ごめんねー」
「いえ、興味深い武勇伝でございました。さて。次は私の番ですね。昨日の事について説明とお詫びをします」
やっとこさ女の子との絡みです♪