The Strongest
「ん?」
「どうしたの?ダスティン」
校舎三階にダズと神代はいた。
「何でもないけど……それよりまだなのか?」
「私に聞いてわかると思うの?それより何なの今の」
神代が寮に行くのは今日が初めてらしく、入寮のための細かい手続きや荷物などの運送に少し手間がかかっていた。
「いや、なんか今、悲鳴というかうめき声というか、それに近いものが聞こえたような気がしたんだが……気のせいだろう」
裏門前――
「グアッ!?――――くうぅぅ……」
「ハハッ、折れちゃったなぁ!自慢のパンチもそれじゃ打てまい。そもそも、そんなちんけな拳で俺の鉄パイプちゃんに勝てるわあきゃねぇだろ!よかったな~超人で。その程度だったら一週間で直るからな」
亜矢音は折れた腕を押さえて膝をつく。折れた腕だけではない。体中についた打撃痕が彼女のダメージの量を如実にあらわしている。
「おーおーおーもう終わりか!?どうせお前あれだろ、会長あたりの差し金だろ。何でこんなカスよこすかねぇ。何してぇかしんねえが、こんなんで俺をどうにかできると思ってんのか」
自分に投げかけられる屈辱的な言葉に亜矢音は歯軋りをすることしかできない。それほどに二人の差は歴然としたものだった。
「柿崎せんぱーい!」
「おうっと。援軍かぁ?」
現れたのは少し前までダズを見張ってた元気のよい少女と「情報の神様」と呼ばれていた眼鏡の少女だった。
「かなえとノラ猫か」
「ずいぶんやられてるのね、亜矢音。武闘派のくせに情けない」
軽口をいいながら亜矢音に近づいたのは「情報の神様」の異名をとる“伊藤かなえ”である。
「出たな~廉華めっ!天にかわって成敗しちゃうぜ!」
「ノラ猫かぁ。久しぶりだな」
元気のいい少女の名は“ノラ猫”。(もちろん本名ではないが、彼女の実際の名を知るものはいないため。ここでは一貫してノラ猫とする)
ノラ猫は亜矢音の前に出て、廉華と真っ向から対峙する。かなえは懐から錠剤を取り出して、それを亜矢音に飲ませた。これは超人専用の回復促進薬で、回復力を格段に上げ強制的に傷を治す薬である。骨折くらいであれば数十分で回復することができる優れものであるが、その後異常なほどの疲れがくるためあまり多用したいものではない。
「チッ――――伊藤は回復要因かよ。つまんねぇ。三人がかりで来いってんだ」
「はっはっはー!お前なんか私で十分じゃー!くらえー、必殺のキーック!!」
「おらぁ!」
廉華は振りかぶった鉄パイプで蹴りかかってきたノラを迎撃する。ノラ猫は足の裏で鉄パイプをいなし、もう一度地面を蹴って突進する。地面に手を突き、逆立ちの状態で放った上段蹴りは、見事に廉華の顎を捉えた。
「ぐがっ!」
ノラ猫はバックステップをし次の攻撃への体勢を整える。
「油断するなよノラ!あせらずじっくり攻めろ!」
亜矢音が後ろから檄を飛ばす。ノラ猫は自分の攻撃が通用するという手応えを感じた。
(勝負が決まるのは一瞬!速攻でケリをつけてやる)
ノラ猫が拳を構えて廉華の前に飛び出した。しかしその焦りと油断が仇となった。顎に強い攻撃を受け意識が朦朧としているはずの廉華が、ノラ猫の動きにあわせて鉄パイプを構えたのである。廉華に飛び込んだ足はもう止まらない。
(あ、やっばっ!?)
ノラ猫の踏み込んだ場所に廉華の鉄パイプが軌跡を描く。何かが弾けたような乾いた音の後に、ノラ猫がその勢いのまま横に弾き飛ばされる。直後に甲高い絶叫。
「ギィィィィ!!ガッ――――ぐぅぅぅ、あっあああ!!」
「はは、まーた折れた。甘いぜぇお前ら。俺を簡単に倒せると思わんほうがいいって、ヴァーカ!」
ノラ猫はその場でのた打ち回っている。なんともひどい光景である。
『通信』
そのとき亜矢音が先程横に投げた通信機が鳴った。
『時間だ。所定の場所に誘導を開始してくれ』
かなえがそれを拾い上げる。
「状況が悪い。これでは作戦遂行が厳しいぞ」
『安心してくれ。一人向かわせている』
「あ、あそこ!」
校舎から誰かが飛び降りてくる。
「あいつは――――」
彼女は轟音とともに地面に着地し、敵である廉華を見据えた。腕章には『風紀』の文字。
「ちっ、塔子か」
「廉華ー!貴様、風紀を乱すのも大概にしろやぁ!!」
廉華は舌打ちをもう一度して跳んで距離をとる。
「はぁ、お前とは戦いにくいんだよなぁ」
塔子は廉華のため息をつく姿を見てかすかに笑ったあと、倒れているノラ猫を見て表情を引き締めた。
「先輩方はノラ猫を連れて退避していて下さい。彼女の誘導は私が引き受けます」
「大丈夫?」
「ええ、私はあいつだけには相性が良いので」
そのころダズはやっと寮に向かっていた。
神代の細かい入寮作業は結局長引いて二時間近く時間をつぶしてしまっていた。
「はぁ、やっとか。けど、まあ無事に入寮も済んだしこれからは楽しい学園生活ってわけだ」
「楽しいの?学園生活って」
「はぁ?現役の学生が聞くことかよ」
「だってこれまで楽しくなかったから」
冗談だろう、とダズが軽口を言おうと神代の表情を見たら、その表情はまったく笑っていなかったので口をつぐんだ。倉橋が言っていたように大変な人生を送ってきたのだろうと思うと、なんともいたたまれなくなった。
「……楽しいさ、絶対な」
「本当?なら楽しいのかもね」
「ああ、違いない」
会話が途切れてしまう。ダズが彼女に気を使いすぎていた。
『ガサガサ!』
ふと、学生公園(聖鉄学園は学園内に公園があり、多くの木々が植えられている。木が茂りすぎているため、生徒間では『鉄高の森』とも呼ばれる)の一角で木々がざわめいた。
「ダスティン、今何か……」
「ああ。何かが暴れまわってるような音がしたな」
ダズは嫌な予感がしたため、神代をつれてひらけた寮前の広場に出た。
ダズが周りの様子を窺う。所々から木々のざわめきが聞こえてくる。
「――――来る」
「くそっ!」
「まてや!クソ廉華オラァ!」
飛び出てきたのは鉄パイプを持った少女とそれを追いかけてもう一人。
「って、お前は昼の乱暴勘違い少女!」
「あ、強姦魔!」
(だから強姦魔って何なんだよ?)
鉄パイプを持った少女と目が合った。
「何者だおっさん?みかけねぇ顔だ。気安くみんじゃねぇよ」
敵意を持った目を向けてくる。
――――――ああん?