アナタが好き
夏のホラーに投稿しようと思いましたが、昨年の他の先生の作品を読みまして、レベルの違いを痛感し、やめにしました。もう一度、一から出直します。
アナタの事が好き。
辛い片思い。
あの日、駅のホームの自販機の前で落としてしまった十円玉をさり気なく拾ってくれたアナタが好き。
でも、内気な私は自分の気持ちを打ち明けられない。いつも同じ電車に乗るのに、いつも、
「おはようございます」
って声をかけてくれるのに。どうしても言えない。
言えない理由。
私はつまらない人間。そしてつまらない事でカッとなってしまう性格だ。
この性格を直さないと、彼に告白できない。彼に嫌われたくないから。
でも直せそうにない。どうしたらいいのだろう?
先日も、親戚の法事でいつになく悪酔いした私は父の車で嘔吐し、酷く怒られた。
「何を考えてるんだ、お前は! いくつになったら、酒の飲み方を覚えるんだ!?」
そんなに怒らなくてもいいのに、と思うくらい、父は怒鳴り散らした。
死んじゃえばいい。
ふと思った。
そしたら、本当に父は死んだ。私はビックリした。
もしかして、私ってば、超能力者? 祈れば願いが叶うの?
傍らで号泣している母や妹達を尻目に、私は一人ほくそ笑んでいた。
でも、父が死んだおかげで、私はあまり行く気がしない会社を休めた。それは感謝する方がいいかな?
(ありがとう、お父さん)
私は父の遺影に手を合わせた。笑いを堪えるのが大変だった。そのせいで身体が震える。それを見た母が、何を思ったのか、私を慰めてくれた。
「あんたも、悲しかったのね。ずっと我慢してたのね」
震える私を、泣いていると思ったようだ。間抜けな人。泣く訳ないじゃん。
私は、このクソ親父の死を願ったんだよ、勘違い母さん。笑っちゃう。
通夜、葬儀と、時間は過ぎて行く。
あれ? ウチの会社って、何日忌引きできるんだっけ?
親が死んだ時は、一週間だっけ?
しかも確か、有給休暇扱いだよね? ラッキーかも。これもあのクソ親父に感謝だ。
ああ。でも、このままだとあの人に会えない。
そんなに休んでも仕方ないや。家にいても、陰気な顔した母と泣いてばかりいるアホな妹二人がいるだけだけだし。
だから私は言ってみた。
「泣いてばかりいられないから、会社行くよ」
母は私が強くなったと思い違いしてまた泣く。どこまで善人なんだよ、あんたは? 心の中で嘲る。妹達は、学校をまだ休むらしい。
あーあ。どうせなら、私が学校へ行ってる時に死んで欲しかったよ、お父さん。
それでも、あの人に会えるのだからと思い、家を出る。
ホームに着く。いた。目が合い、会釈される。私はぎこちなく会釈を返す。
ああ。やっぱりアナタが好き。どうしようもなく、好き。
でも、良く考えたら、アナタがどこの誰なのか知らなかった。
私はその瞬間、忌引き延長を決意し、彼を追う事にした。
こんな機会を作ってくれたクソ親父に、もう一度感謝。迷わず成仏してね。
私は彼の乗ったドアの一つ先のドアから乗り込む。車内は臭い息を撒き散らすオヤジ共で溢れていた。
(邪魔なんだよ、てめえら!)
心の中で毒づくが、顔ではにこやかにする。
そして、アナタは電車を降りる。私も汚らしいオヤジ達を押しのけ、降りた。
アナタは私には気づいてくれず、そのまま階段へと歩き出す。
私も歩き出す。でも、邪魔なオヤジ達のせいで、アナタを見失いそうになる。
ようやくオヤジ達の群れから抜け出した。
アナタは改札を通り、外へと出て行く。私も素早く改札を抜ける。
アナタの降りる駅が、私の降りる駅より手前で助かった。
長身のアナタは、私より歩くスピードが速い。ついて行くのが大変。
でも、そんなの気にならない。アナタの事が好きだから。
全然苦痛じゃない。むしろ、喜びを感じる。
歩くほどに、アナタの事がドンドン好きになる。
そして、アナタの勤めている会社に着いた。アナタは同僚達に挨拶しながら、回転ドアを通り抜ける。
やっぱり、アナタが好き。
私はそのまま会社に行く気にもなれず、かと言って家に帰るつもりもなく、ただブラブラと辺りを歩いた。
歩き疲れて、近くのファーストフード店に入る。
「いらっしゃいませー」
騒々しい挨拶に迎えられ、私はウンザリする。
「ハンバーガー。単品で」
私はその後もいろいろと勧めて来るバカ店員を睨みつけ、ハンバーガーを受け取ると、代金を叩きつけるように置き、転がって下に落ちた十円玉を慌てて拾おうとする店員を一瞥し、店を出る。
少し歩くと、公園があった。そこのベンチでハンバーガーに食いつく。
私を奇異な目で見ながら通り過ぎる若い母親達を気にする事なく、私はゴミをゴミ箱に投げ捨てた。
昼寝をするには早過ぎる。そうかと言って、また歩くのは辛い。
私はそのまま、そこでボンヤリと過ごす事にした。
「あの」
誰かが声をかけた。
「何ですか?」
私は声の主を見上げた。そこには、汚らしい格好をしたジイさんが立っていた。
「少し場所を空けて下さらんか? バアさんを休ませたいので」
ジイさんは、後ろでヒイヒイ言っているバアさんを見た。
私もチラッとバアさんを見る。そして、
「どうぞ。私はもう行きますので」
と白々しい愛想笑いをしてみせる。
「ありがとう」
ジイさんはバアさんを先に座らせ、自分も、
「どっこいしょ」
と言いながら座る。
こんな年寄りにはなりたくない。私はそう思い、公園を出た。
(てめえら、生きてても仕方ねえだろ? 死んじゃえよ)
私は心の中でジジババの死を願った。
まさかとは思ったが、少し気になり、公園に戻る。
驚いた事に、ジジババは本当に死んでいた。周りには誰もいない。
私はニヤリとして、その場を離れた。
凄い。凄い、凄い、凄いーッ!
私ってば、間違いなく超能力者じゃん!
もしかして、あの人も、念じれば私のもの?
わあお。嬉し過ぎておかしくなりそうだ。
よし。善は急げだ。即実行だ。
私はあの人の会社の近くで時間を潰し、あの人が出て来るのを待つ事にした。
これで私の願いが叶う。思いが通じる。
時が経つのは遅かった。
私は何度も眠ってしまいそうになり、そのたびに身体のあちこちをつねり、睡魔を追い出した。
「お」
ようやくあの人の会社の退社時間だ。人が出て来た。
汚いオヤジ共に混ざって、あの人が現れた。
私は全身全霊を込めて、祈った。
(私を好きになれ、私を好きになれ!)
しかし、アナタは私に気づかない。駅の方へと歩き出す。
(足りないの? こんなくらいじゃ、足りないの?)
私は慌ててアナタを追いかける。
駅に着く。アナタはいつものホームへと歩き出す。私は小走りでついて行く。
そして同じ電車の同じ車両の違うドアから乗り込む。
今度は降りる駅がわかっていたので、私はちょっと気を緩めてしまった。
それがいけなかった。アナタはいきなり二つ手前の駅で降りた。
虚を突かれた私は、降りる事ができず、その日はアナタを見失ってしまった。
仕方ない。また明日、頑張ろう。
私は陰気な母達がいる家に帰った。
「ねえ、あんた、今日、会社に行ってないでしょ?」
玄関に入るなり、母に詰め寄られた。
「用があって会社に電話したら、休みではないのですかって言われたのよ」
「うるさいな! 気分が悪くなったから、途中で休んでたんだよ!」
まだ何かを言おうとする母を無視して、私は自分の部屋に入り、鍵をかけた。
うるさい女だ!
死ねばいいのに。
そう思った。
あ。もしかして、お母さん、死んじゃう?
ま、いっか。その方がせいせいするかも。
私は夕食はおろか、風呂にさえ入らず、そのまま寝てしまった。
翌朝。妹達が騒いでいる。何だろうと思いながら、部屋を出た。
「お母さんが、死んじゃったよお!」
私はギョッとした。どういう事?
もしかして、私の「超能力」って、「死ね」しか使えないの?
あーあ。残念。仕方ない。あの人には、自分の言葉で伝えるしかない。
私は騒ぎ立てる妹達を突き飛ばして、家を出た。
こうるさい母親が死んだくらいで、大騒ぎするんじゃないよ!
そう思った。
駅に着く。いつもの時間だ。
「あ」
ホームを見渡すと、アナタがいる。つい、笑みが漏れる。
そして昨日と同じく、同じ車両の隣のドアから乗り込む。
ああ。ますます好きになっていく。
この気持ち、抑え切れない。
今すぐにでも抱いて欲しい。
はしたないなんて気持ちは全然浮かばない。
その方が興奮する。その方が素敵。
そしてアナタは電車を降りる。私も降りる。
今日は会社に着く前に追いつき、告白しよう。
それがいい。
アナタは改札を通り、外へと出る。私も続く。人ごみをかき分け、アナタを追いかける。
あれ?
アナタはいつもの道から外れ、狭い路地に入って行く。
どうしたんだろう? 私は不思議に思いながらも、アナタを追う。
どこに行くの? まさか、私を誘っているの?
ああ。ドキドキして来た。
アナタも本当は私の事が好きなの?
だからこうして、人気のないところに誘っているの?
興奮して来た。胸の高鳴りがはっきりわかる。
汗も凄い。息遣いも荒くなる。
アナタが角を曲がる。私もそれに続く。
「あ」
そこは袋小路だった。アナタは仁王立ちで私を睨んでいた。
「何なのですか、アナタは? ずっと私をつけ回して。何かご用ですか?」
アナタの声は、怒りに震えている。私はビクッとしてしまった。
「答えて下さい。事と次第によっては、警察に言いますよ!」
その言葉に私は衝撃を受けた。そして、震えを堪え、決断した。
「アナタが好きなんです。付き合って下さい」
死ぬ思いで言った。すると、アナタは、
「付き合って下さいですって? 気持ち悪い。冗談じゃない!」
と怒り出し、私を押しのけるようにその場を走り去った。
私はショックのあまり、しばらくそこで呆然としていた。
どれほど時間が経ったのだろう。私は我に返った。
辺りは薄暗くなっていた。
(気持ち悪いって言われた……)
私はアナタの言葉を思い出し、泣いた。
そんな言い方、酷い。酷過ぎる。
涙が止まらなかった。
時計を見る。まだそれ程遅くない。今からなら間に合う。
この思いをもう一度アナタに届けたい。
わかって欲しい、私の心を。
必死になって走った。
何度も転び、顔も擦り傷だらけになった。
ようやく、アナタの会社の前に辿り着く。
息が上がって、苦しい。でも堪えた。
「あ」
アナタが私に気づく。汚いものを見るような目をする。
それでも私は怯まない。アナタに近づく。
「何なんだ、あんたは!?」
アナタはいきなり怒鳴った。私はその声にギクッとし、思わず足を止めた。
「どうしたの?」
「何があったんだ?」
周囲に人が集まり始めた。膝が震え出す。怖い。人の目が怖い。
「こいつ、俺のあとをつけ回してたんだよ。またこんなとこで待ち伏せしやがって」
アナタは汚い言葉で私を罵る。
「ええ? ストーカー?」
近くにいた不細工な女が私を軽蔑の眼差しで見る。
おまえのような醜い豚に、そんな目で見られる筋合いはない!
そう叫びたかった。しかし、私の周りには、あまりに多くの人が集まって来ている。
限界だ。これほどの人数の視線に耐えられるほど、私の心は丈夫にできていない。
「気持ち悪いな。おい、あんた、一体何の用なんだよ?」
関係ない不細工なオヤジが、如何にも正義の味方風な言い方で私に詰め寄る。
てめえなんかに関係ねえよ! そう怒鳴りたい。でも、今は無理。
立っているだけで精一杯なほど、私は精神的に弱っていた。
「おい、こいつ、何を言って来たんだ?」
他の同僚が、アナタに尋ねる。アナタは吐き捨てるように言った。
「付き合って下さいって言われたよ」
一斉にそこにいた連中が、
「キモー!」
と叫ぶ。私はもう立っていられなくなった。膝を着いてしまう。
「頭おかしいんじゃないの、こいつ?」
さっきの不細工なオヤジが言い放つ。
殺してやろうか、お前?
私は心の中で叫んだ。
「グエッ」
そのブサメンオヤジは、豚のような叫び声を上げると、地面に倒れた。
「いやあああっ!」
うるさいバカ女共が雄叫びを上げ、逃げ出す。
「うわあああ!」
アナタも腰を抜かさんばかりに驚き、
「や、やめろ、こっちに来るな!」
と絶叫した。
「何? どうしてそんなに怖がるの!?」
私はアナタのあまりに酷い態度に切れてしまった。
「どうしてそんなに私を避けるの? 気持ち悪いって何?」
私は自分の口から涎が垂れているのに気づいていなかった。
「わああ! みんな、逃げろ!」
アナタは同僚達と走り出した。私はこみ上げて来る怒りを堪え切れなくなり、叫んだ。
「ふざけるんじゃねえよ、てめえら! みんな、ぶっ殺してやる!」
私は包丁を振り上げる。
「みんな、みんな、殺してやる! ぶっ殺してやる!」
私は怒鳴り続け、包丁を振り回し続けた。
「やめろお!」
何故か警察が現れた。
どうして? まだ救急車も来ていないのに?
「まだ人を殺すつもりか!?」
私を取り押さえた刑事が怒鳴った。
記憶がフラッシュバックする。
この包丁で……。
眠っている父を刺した。
怯えるジジババを刺した。
うるさい母を刺した。
そして今、不細工なオヤジの首を切り裂いた。
「うおおお!」
私はそれでも抵抗した。アナタはそんな私を蔑むように見ている。
「抵抗するな! 工藤信太郎! 殺人及び殺人未遂の現行犯で逮捕する!」
こうして、私の片思いは終わった。