鳴らない鐘
朝になると、義務は配られた。
紙でも声でもなく、配られる前から各自の手の中にあった。
重さも形もないが、落とすことはできなかった。
誰も受け取った記憶がないのに、全員がそれを持っていると知っていた。
この町では、義務は果たすほど軽くなるとされていた。
軽くなればなるほど動きやすくなり、動きやすくなれば、また義務を果たせる。
誰もそれを疑わなかった。
疑う理由がなかった。
疑うという行為は、義務に含まれていなかったからだ。
私は毎日、義務を一つずつ片づけた。
数えることはできないが、終わったときには分かった。
終わった、という感触だけが残る。
残りがどれくらいかは分からない。
ただ、まだある、ということだけは確かだった。
ある日、隣の家の人が動かなくなった。
義務が重くなりすぎたのだと、誰かが言った。
重くなった理由は聞かれなかった。
理由を探すことは、義務ではなかったからだ。
私はその人の前を通るたび、少しだけ自分の手が重くなるのを感じた。
自分の義務が増えたのか、それとも重さの基準が変わったのかは分からない。
確かめる方法はなかった。
確かめるという義務を、誰も持っていなかった。
昼過ぎ、町の中央で鐘が鳴った。
鐘は義務の進み具合を知らせるためのものだったが、今日は違った音がした。
高くも低くもなく、意味のない音だった。
その瞬間、義務が軽くならなかった。
果たしたはずの義務が、そのまま残っていた。
いや、残っているというより、果たしたという感触だけが消えた。
終わったはずなのに、終わっていない。
終わっていないのに、続ける義務もなかった。
町の人々は立ち止まった。誰も混乱しなかった。混乱する義務がなかったからだ。
ただ、動けなくなった人が一人、また一人と増えた。
義務が重くなったのではない。軽くもならなかっただけだ。
私は自分の手を見た。
何も持っていないように見えた。
だが、手を開くことはできなかった。
開く義務も、閉じる義務も、もうなかった。
夕方になっても鐘は鳴らなかった。
鳴らさない理由は示されなかった。
理由が示される義務が、最初から存在しなかったことを、私はそのとき思い出した。
夜、動けない人の数を数えようとしてやめた。
数える必要がなかった。数えたところで、義務は変わらない。
私は座り込んだまま、義務を果たそうとした。
何をすればいいのかは分からなかったが、分からないこと自体は、以前から同じだった。
ただ一つ違ったのは、義務がそこにあるのかどうか、もう確かめられなくなったことだった。
手は重くも軽くもならないまま、朝を待っていた。




