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「兄様どれにします?」
「俺はそうだな……いちごのタルトにしようかな。ノエルは?」
「僕はチョコにします!」
「じゃあ頼むよ。すみません、いちごのタルトとショコラケーキを一つずつ。あとお土産に持って帰りたいのですが、できますか?」
「ええ、できます。ただ生物なので持ち歩きはあまりできません」
やっぱり持ち歩きは難しいか。俺がいた現代と違って、保存方法が無さそうだと思っていたがやっぱりか。んー……せっかくなら手渡しがよかったけど、レイに頼んで先に持って帰ってもらうか。鮮度には変えられない。
「レイ、悪いんだけど先にケーキを持って帰ってくれないか」
「かしこまりました。シャルル様には私から渡しておきましょうか?」
「そうだな。早く食べた方が美味しいだろうから、今日のおやつに出して欲しい」
「かしこまりました」
「ありがとう。じゃあ持ち帰りでいちごのタルトとプリンを一つずつお願いします」
「かしこまりました。お包みします」
「ありがとうございます」
お会計をしてもらい、案内された席に着く。レイは包んでもらったケーキを携え屋敷戻った。家の者に渡し次第、こっちに戻ってくると言われたが断った。往復させるのは悪いし、シャルルも寂しいかもしれないから。
一先ず注文したものが届くまで一息つける。と思ったが、前に座るノエルがどうも不機嫌だ。
「どうしたの?」
「……どうもしません」
「そういう風には見えないよ。なにか嫌なことでもあった?」
「ないです」
「そういう風には見えないよ」
テーブルに置かれたお茶を一口飲む。美味しい。確かこの店のオリジナルだっけ。端の方に茶葉も置いてたから、これもお土産にしよう。
紅茶の味に感動していると、ノエルが不機嫌なまま口を開いた。
「……だって、兄様シャルル様のこと考えてるから」
「それが嫌だった?」
「イヤです……せっかく二人きりになれたのに、僕のことを見てください、考えてください……」
顔が上がって真っ直ぐこちらを見つめてくる。その目に心が撃ち抜かれてしまいそうで、望みを叶えてやりたくなる。
ごめん。俺はシャルルのために頑張ると決めたから、ノエルのことを考える余裕はあまり無い。でもシャルルの物語の鍵になるノエルとは、なるべく仲良くした方がいいはず。俺だけでも仲良くなったら、少しはシャルルの結末を変える手助けになるのかな。
ぐるぐると未だに決着をつけることが出来ないことが頭を占める。
「兄様」
「ご、めん……」
咄嗟に口から出た謝罪。なぜか怖くてノエルの顔を見れない。
「にぃさま……僕はダメなんですか?僕は兄様の中に存在しちゃダメなんですか?」
「ダメじゃない。ダメ、じゃないんだよ……ただシャルルが……心配なんだ」
ノエルはこの先、たくさんの人に愛される運命だ。だがシャルルはその反動で誰にも愛されない。だったら俺だけでも側にいてやりたい。幸せになってもらいたい。
「俺なんかに拘らなくてもこの先ノエルのことだけを考えてくれる人が現れてくれる。だから……」
「イヤです」
言い切る前にノエルに遮られてしまう。冷たい声で。
「僕は兄様がいいです。兄様は僕の運命なんです。唯一無二の存在です。例えどんなに僕を愛する人が現れたとしても、僕は兄様が欲しいです。兄様に愛されたいです」
「ノ、ノエル……?」
「僕は兄様以外なにもいらない」
底冷えするような目に射抜かれる。息ができなくなるほどの圧に、本能が逃げろと警告してくる。こわい、吐きそうなほど怖い。
「……」
「あっ……ごめんなさい!今のは違くて、僕はそれぐらい兄様が好きってことが言いたくて……怖がらせるつもりはなかったんです……」
ぎゅっと手を握りながら言われたが、俺の震えは止まらない。目の前の幼い子供が怖くて仕方ない。
「……」
「兄様、ケーキ食べましょう。ほら、僕のチョコ美味しいですよ。あーん」
言われるがまま口を開く。逆らってはいけない恐怖があった。口に押し込まれたケーキの味なんて、分かるわけもない。
「ね、美味しいでしょ♡」
「ああ……」
頬を赤らめ微笑むノエル。まるで神からの祝福を受けた恍惚の表情。その表情があまりにも怖くて、つい願ってしまう。
どうか早く、この子が夢中になれる攻略対象が現れますように。