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馬車に揺られること数十分、賑やかな街が見えてきた。馬車の窓越しでも分かる程の活気に溢れている。西洋感が溢れる街並みに少しだけ心が踊ってしまう。
ゆっくりと過ぎ去る街並みに感動していると、ノエルが俺の袖を引っ張りながら言う。
「兄様!僕あのお店に行ってみたいです!」
「どれ?」
「あそこのケーキがすっごく美味しいってメイド言ってました!お店でも食べれるので、兄様と一緒食べたいです」
「あの店の名前どこかで……あっ」
思い出した。確かシャルルが下調べしていたリストにあった名前だ。目立つように書かれてたから、多分シャルルが行きたかった店なはずだ。
今日のお詫びにケーキをお土産にしたら、許してくれるかな……。普段の生活を見てる限り、シャルルは甘いものが好物だ。ああでも、嫌いなノエルと先に行ったことを知ったら、よけいに怒るかもしれない。
今日の反応から考えるに、俺がノエルと仲良くするのもよく思って無さそうだし。
「兄様はケーキお好きじゃないですか?」
「えっ、あっ嫌いじゃないけど」
「良かった!じゃあ行きましょう!」
「う、うん」
どうしようか悩んでいると、ノエルに決められてしまった。
馬車から降りると、ノエルは俺の手を強く握って走り出す。
「兄様早く!」
「待ってノエル、走ったら危ないよ」
「えへへ、だって兄様とのお出かけが嬉しくて」
「そんなに嬉しいの?」
「はい!」
キラキラした笑顔を向けられる。その顔になんでも叶えてあげたくなる気持ちと、シャルルへの申し訳なさがせめぎ合う。
複雑な気持ちを抱えながらカフェに入ろうとする。ふと、向こう側の道端で立ちすくむ男の子が目に入った。男の子はどこか困った様子で、なぜか放っておけなかった。
「ごめんノエル、ちょっとここで待ってて」
「兄様?どこに行くんですか!」
「すぐ戻るから!」
護衛の人にノエルが何処かに行かないよう託す。一緒に来ていたレイを連れ、立ちすくむ男の子の傍に行く。
「大丈夫?」
「えっ……」
「道に迷った?」
「あっ、あの……」
「急に話しかけてごめんね。困ってるように見えたから気になったんだ」
「困って、ない」
「本当に?近くに大人の人がいないから、はぐれたか道に迷ったかなって思ったんだけど。違う?」
「ち、ちがう……お、おれは困ってないから」
「でも……」
「ユウ様」
どうしても気になって食い下がっていると、ずっと黙っていたレイに声をかけられる。
「困ってないと仰っているのです。それ以上はご迷惑ですよ」
「でもレイ」
「ノエル様が今にも泣きわめきそうなので戻ってください。いくら養子とはいえ、公爵家の子が街中で泣きわめくのは如何なものかと」
「それ俺じゃなくてノエルに言うことでは?」
「染まりきってない方に言うのは骨が折れます」
「……つまり俺に行った方が面倒じゃないってことか。分かった戻るよ」
言われてみれば確かに、ノエルは今にも泣きそうな顔をしている。傍付きのメイドが困っているのが分かるほど、爆発待ったなしだ。
しかし声をかけておきながら、中途半端に構って終わりなのは引っかかるものがある。あ、そうだ。
ポケットに入れていたものを思い出し、目の前の男の子に差し出す。
「これ、良かったら使って」
「……ハンカチ?」
「ここに公爵家の紋章が刺繍されてるだろ。道に迷ったら騎士に見せるといいよ。ちゃんと道を教えてくれる」
「なっ、だから俺は困ってなど!」
「はいはい、分かってるからこれはお守りみたいなもんだよ。道案内だけじゃなくて、これを見せれば変なのに引っかかることも避けれるから」
「…………お前、名前は」
「ユウだよ。そっちは?」
「……アラン」
アランか……ん?アランって確か攻略対象にいたよな。確か、第一王子だったような……いやいやそんな訳ない。王子がこんな街中に護衛も付けずにいてたまるか。きっとたまたま同じ名前なだけ。
「急に変な顔をしてどうした?」
「な、なんでもない!うん、本当になんでもない!」
「なんでもないならいいが……じゃあ俺は行く。またな、ユウ」
「あっ、うん、じゃあねアラン」
ハンカチを受け取ってくれたアランは、人混みに紛れどこかへ行ってしまった。
またってことは、今度見かけたら声をかけていいってことかな。
「兄様ー!」
「うっ」
いつの間にか近くに来ていたノエルに、勢いよく抱きつかれる。あまりの勢いに内蔵出るかと思った……。
「にいさまぁ……僕を一人にしないでください……」
「ご、ごめんごめん」
「ううっ、せっかく二人きりなのに……どこにもいかないで……」
ぐずぐずに泣いているノエルを宥めるために、背中を優しく叩いてやる。
なんでここまで懐いてくれてるのか分からない。でも、いきなり知らない場所に来て、頼れる人が少ない環境で歳の近い俺は甘えやすいのかもしれない。シャルルは嫌がるだろうけど、俺はやっぱり三人仲良くしたいよ。
そのためには、俺が少しでも架け橋になれたらいいな。
「にぃさまぁ……」
「はいはい、もう泣くなよ。一緒にケーキ食べるんだろ?」
「はい!」
「ふっ、急に元気になったな。そんなにケーキ好きなんだ」
「ふふっ、好き、大好きです」
「そっか、じゃあ行こうか」
「はーい」
笑顔になったノエルの手を引きながら、店へと向かう。
ケーキは楽しみだけど、シャルルが居ないのは少し寂しい。やっぱりテイクアウトしてシャルルへのお土産にしよう。怒るかもしれないけど、少しでも楽しみを届けてあげたいから。