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「なぜお前がいる」
「僕も兄様たちと一緒にいたくて……」
「お前は稽古の時間だろ」
「ううっ」
シャルルの問い詰めが怖いのか、ノエルは涙目になって俺の後ろに隠れる。
事の発端は数分前。先に支度を終えた俺が玄関で待っていると、稽古の移動中だったノエルに見つかった。
「ユウ兄様どこかへお出かけですか?」
「うん、シャルルと一緒に街に行くんだ。ノエルは今から稽古か?」
「シャルル兄様と……僕も一緒に行きます!」
「へ?でも今から稽古じゃ」
「お願いして今日はお休みにしてもらいます!」
「ノエル様、急なお休みは先生に迷惑ですよ」
ノエルの傍付きのメイドが諭す。俺も流石にドタキャンはダメだと思う。こっちは習い事でも、向こうは仕事。ましてや専属でわざわざ出向いてくれてるんだから。
「ううっ……明日今日の分も頑張るからお願い」
「ノエル様……」
「……」
涙目と上目遣いでお願いする姿は、庇護欲が湧いてしまう。傍から見てる俺ですら効果があるのだから、正面から受けているメイドはたまったものじゃないだろう。
主人公すげぇ……。
「わ、分かりました!お願いしてきますが、今日だけですからね」
「ありがとう!大好き」
「ノエル様……では、ユウ様ノエル様をお願いします!」
「えっ、ちょっ!」
あっさり折れたメイドは、ノエルを置いて足早に立ち去って行った。あのメイドちょろすぎだろ。
「えへへ、兄様とお出かけ」
「……シャルルもいるけど」
「でもユウ兄様とお出かけ出来て嬉しいです」
いつの間にか腕に絡みつき、キラキラした笑顔をこちらに向けるノエル。今からでも考え直せと言いたかったが、笑顔を向けらては折れるしかない。
シャルルが嫌ってたから、あんまり一緒にさせたくないんだけど。あーもう、シャルル絶対不機嫌になる。でも俺にはもうどうにもできないし……ごめん。
憂鬱な気分になりながら、腕に絡みついたノエルの相手を適当にしていると。案の定俺たちを見て不機嫌になったシャルル。
これまでの経緯を説明し今に至る。
「ユウ、お前も兄ならもっと説得しろ」
「ごめんって俺も急なことに驚いたんだよ」
「ユ、ユウ兄様は悪くないんです!僕がどうしても兄様と出かけたかったから……」
「ああそうだな、ユウは全く悪くない。お前がわがままを言ったせいで、ユウは僕に責められている。そしてお前のメイドも父様に責められるだろうな」
「ううっ……」
シャルルが言ってることは正論だか、幼い子に言うには辛辣すぎる。ノエルがしたことは良くないことだけど、そこまで責める必要はないだろ。
「シャルルそんなに意地悪言うなよ。ノエルは俺たちより年下なんだから、稽古よりも遊びたくなるのは仕方ないだろ」
「……そいつの肩を持つのか」
「そうじゃなくて、もう起きてしまったことは仕方ないだろ。ノエルも反省してるし、俺も次からは気をつけるからさ」
「……やはり、お前も」
「ごめん、小さくて聞き取れなかった」
「なんでもない!気分が悪くなった!僕は部屋で休むから二人で行ってこい」
そう言って来た道を戻ろうとするシャルル。咄嗟に手をつかもうとしたが、振り払われてしまう。
「シャルル!」
「……」
制止も空しく、一度も振り返らず去って行った。
「ユウ兄様……」
「シャルル……なんで……」
「ユウ兄様!」
「あっ……ノエルどうかした?」
「街に行かないんですか?」
「……」
出かける気分にはなれないが仕方ない。俺までわがまま言って、準備してくれた人たちに迷惑はかけられない。
「二人で行こっか」
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「僕のせいで兄様たちがケンカしちゃったから……」
「ノエルが謝ることじゃないよ。説得できない俺がダメなんだ」
「ユウ兄様はダメじゃないです!僕のお願いを聞いてくれる素敵な兄様です。シャルル様が横暴なんですよ」
キラキラした目で見つめられるとそんな気がしてしまう……。ってダメダメそんなわけないだろ。
シャルルは街に行くことを楽しみにしていた。これは間違いない。だって夜遅くに俺に隠れてこっそり下調べしていたから。
それほど楽しみにしていた予定を、ノエルがいたら怒っても仕方ない。極力顔を合わせないようにしていたぐらい嫌ってるんだから。
「いや、シャルル横暴じゃないよ。ちゃんと説得できない俺が悪いんだ」
「兄様……」
「まぁ今更か。三人一緒じゃないのは残念だけど、せっかく用意したんだから行こうか」
「……はい」
「ノエル?」
元気の無い様子が気になり顔を覗き込む。しかしノエルは何事も無かったかのような、可愛い笑顔を向けてきた。
「なんでもありません!早く行きましょうユウ兄様!」
「ちょっ、そんなに急がなくても大丈夫だよノエル」
「えへへ」
無邪気なノエルに手を引かれながら馬車に乗り込む。楽しそうな様子に絆されそうになる。
でもやっぱり、俺はシャルルのことが頭から離れない。
「寂しくしてないかな……」
「ユウ兄様、なにか言いました?」
「ごめんなんでもないよ」
遠くなっていく屋敷を見つめていると、心の内がつい零れてしまった。