5
この世界にやってきて一週間が経った。いや、正確には一週間かかってしまった。
シャルルと二人きりになれる時間を見計らって、シャルルにこの世界について教えて貰った。そして覚えている限り記憶と照らし合わせ、確信を得た。
ここは記憶が途切れる直前までプレイしていたゲームの世界で間違いないようだ。
年代はゲームが始まる十年前。分かっていたが今は幼少期にあたる。主人公と悪役シャルルが出会い、確執が生まれてしまう時代。
「じゃあ確執を生まなければ破滅は回避できるんじゃ?」
俺とシャルルに与えられた自室のベッドの上で語る。一日の中で二人きりになれるのはこの時間しかないのだ。
「前にも言っただろ、それは無意味だと。いくら僕が友好的になっても、捻れて歪んでしまう。ユウの言っていた本編?とやらの同じ年齢になると、どれだけいい関係を築けても、最初に破滅を迎えた時と同じになる。……それにあいつは何故かいつも、僕に敵意を向けてくるんだ」
「そう、か……じゃあ俺が代わりに仲良くなったらどうかな?」
「は?」
「もしシャルルに危険が迫ってたらさ、俺が説得したら回避できるかもしれないだろ」
「……出来なかったらどうするんだ」
「出来なかったら一緒に破滅してやるよ」
ベッドから飛び降り、笑顔でピースサインしてシャルルを励ます。どれだけ嫌な目にあったのかは知らない。というか聞けない……は都合が良すぎるか。
一文で語られる最期もあったが、ゲームで全てのエンドを見たから知っている。シャルルがどれだけ惨い最期を迎えたのか。
遅くなったけど、この一週間で全て思い出したよ。
「……お前怖くないのか?」
「さぁね」
「冷たい海に落とされたり、裸足でガラスの上を死ぬまで歩かされたりしてもか」
「うん、大丈夫」
シャルル、俺だけはお前に怖いなんて言ってはいけないんだ。見てるだけの主人公側だった俺に、怖いなんて言う資格は無いよ。
目を見れなくなって窓に浮かぶ月を眺める。
「ユウ、いざとなったら逃げろ」
「逃げないよ」
「僕言ったことが原因なら悪かった。だから……」
「違う。シャルルの身代わりになるのは俺のワガママなんだ」
そう、勝手に罪悪感を抱いて代わりになろうとしてる。そのくせ肝心なことは言えないでいる。俺はそんなずるいやつなんだ。
ああそうか、分かったよ。これは俺への罰なんだ利欲のままに人の人生を遊んだ俺の罪。
だからどんな未来が待ってても、俺が必ず身代わりになってシャルルに明るい未来を。
「そもそも破滅の未来を迎えなければ大丈夫」
「だが万が一……」
「もーシャルルは心配症だなー。今はまだ遠い未来のことばっか考えてもしょうがないだろ。せっかく出会えたんだからさ、楽しいことたくさんしよ」
「楽しいこと?」
「そう!シャルルがやってみたいこと、楽しいことをたくさんやるんだ」
シャルルの手を引いてベッドから降ろし、窓辺に近寄る。
「シャルルは何がしたい?」
「そんなことはじめて聞かれた……でも、僕は特にしたいことなんてない」
月明かりに照らされたその顔はとても寂しくて、今にも消えそうなほど儚い。そんなシャルルを繋ぎ止める為に、手をぎゅっと握りしめる。
「じゃあ俺のしたいことに付き合ってよ」
「お前の?」
「うん、例えば……夜の屋敷を探検するとか、どこか遠くへ旅するとか。俺、異世界は初めてだから色んなところ行ってみたい」
「……」
「あ、あれ、もしかしてシャルルは嫌だった?」
俺の提案は良くなかったのか、急に黙りこむシャルル。不安になって顔を下から覗き込むと、強ばっていたシャルルの口が少し緩む。
「ふっ、嫌じゃない。ユウとなら楽しそうだ」
「へへっ、本当?そう思ってくれたなら嬉しい」
「ああ、どこかに行くことなんて考えたこともなかったけど、僕も旅をしたい」
「じゃあ無事に生き残れたら旅をしようよ約束」
小指を差し出すと不思議そうな顔をされる。
「それはなんだ?」
「ん?ああ、こっちには無いのか。俺の世界……じゃなくて国での約束の仕方。小指出して」
「こ、こうか?」
「うん」
差し出された小指を絡め、ゆびきりげんまんのおまじないをする。
「はい指切った!」
「……物騒だな」
「だな。でも破っちゃいけない感じがするだろ?」
「そうだな」
決して破らないことを誓うよ。俺がシャルルの身代わりになるから、エンディングの先で笑って旅をさせてあげる。こんな物語に縛られない明るい未来を必ず与える。
「じゃあそろそろ寝よう」
「ああ」
「シャルル明日はなにがあったっけ?」
「明日は午前講義だけ午後は好きに過ごせ」
「午後は自由なのか……じゃあさ一緒に街に行こうよ」
「うん……」
「やった!楽しみにしてる」
明日の予定に心躍らせながら、シャルルと他愛のない話を続ける。こうやって穏やかな毎日続けばいいのに……そう願いながら俺は眠りへと落ちていった。