最終話
22
「うわっ、また増えてるし」
俺の自室に突然入ってきた姉さん。開口一番、部屋に飾ってある物を見て言った。
「勝手に入ってきて失礼な」
「なにかやましい事でもしてた?」
「してねぇから」
「あっそ。それにしてもあんた本当にこのキャラ好きね」
飾ってあるアクスタに姉さんの指が伸びたので、払って制止する。
「触んな」
「ごめんごめん。本当よく集めるわねシャルルのグッズ」
飾ってあるのは全て、BLゲームの悪役であるシャルル=ウィリアムのグッズ。『TRUE END』でクリアしたあの日から、なぜか妙に気になって見つけたら買っている。
ゲーム内の役柄のせいか、シャルルのグッズ展開は少ない。だから部屋にもあまり種類はない。
「なんか好きなんだよ」
「ま、顔はいいもんね。私は攻略対象のアランが好きだけど」
「趣味悪っ。俺はあいつ嫌い」
「辛辣ね〜顔いいのに」
「ゲームキャラなんだから顔がいいのは当然だろ。つーか何しに来たんだよ。冷やかしなら帰れ」
「人を迷惑客みたいに言わない。せっかくいいもの持ってきたのにそんなこと言うならあげないわよ」
「なんだよいいものって……あっ!!」
姉さんが持っているものが目に入り、思わず声を上げてしまう。手に持っているのは俺が気になっていた舞台の公演チケットだ。
「それシャルが出る舞台の!なんで?あまりの話題性に当日券もないのに」
「友達が行けなくなったから譲ってもらったのよ。あんたシャルって俳優気になってるって言ってたでしょ」
俺が気になってるシャルは、好きなキャラであるシャルルに顔がとても似ている。それが話題となりシャルが初出演である、今回の舞台は即完した。俺が知った頃には話題のピークで舞台のチケットは残ってなかった。
シャルはSNSをやっていないので、ほかの舞台俳優が上げるオフショットでしかその顔を拝むことが出来ない。それにファンクラブもまだ出来てないから、シャルのことを知れる情報源は無いに等しい。
そんな気になっている俳優を観れる機会のチケット。配信もされないから拝めるのはずっと先だと思ってた。
「何でもするのでお願いします。譲ってください」
速攻土下座して頼み込む。
「そこまでしなくていいわよ。あんたに譲るために持ってきたんだから」
「マジか」
「感謝なさい」
「ありがとうございます!」
「でも急なことだから、今日の夕方からの公演よ。急いで準備しないと」
「分かった!」
姉さんからチケットを受け取り急いで着替える。こんなに気持ちが高揚するのは久しぶりかもしれない。ただゲームのキャラに似ている人を観れるだけで、こんなに気分が上がるものなのだろうか。理由分からない。
今はただ一目だけでも見たい。そうすればこの高揚の意味が分かる気がする。
「いってきます!」
「はーい、楽しんできてね……って聞いてないか。それにしてもあの子が誰かに夢中になるなんてね」
*
こんな日に限って遅延に巻き込まれしまった。開場時間に着いてゆっくり物販でも見ようと思ったのに、遅延のせいで開演ギリギリに着いてしまった。
始まるまでは息を整えられるからいいけど、髪がボサボサなのが気になる。もうトイレに駆け込む時間もないし、自撮りモードで出来る限り整えよう。
そうこうしているうちに、幕が上がり舞台が始まる。舞台観劇は初めてだし、ストーリーもサイトで読んだ範囲しか知らない。どこでシャルが登場するのか分からない。でも目的を忘れてしまうぐらい面白い。
(すごいな……迫力があって面白い……あっ)
夢中になって観劇していると、ずっと観たかったシャルが演じているキャラが出てきた。生き生きと演じていて、素人の俺でも分かるほど上手いと思えた。
この会場にいる人全員が、シャルが演じる役に夢中になっている。華もあるからだろうか、シャルがいる場所がやけにキラキラして見える。
(よかった……)
シャルが心から楽しそうに演じているのを見て、なぜかそう思った。湧き出た感情に疑問を抱いたが、すぐ目の前の演劇に夢中になって疑問は消えてしまう。
生き生きと演じていてまるで生きているようで、それがどうしようもなく嬉しくて泣いていた。
だけど泣いていることすら分からないほど舞台に夢中になって、気づけばカーテンコール。精一杯の拍手をシャルに送る。
(あっ)
一瞬、目が合った。でもなにか言えるわけもなく、口パクで『面白かったです』と伝えてみる。すると笑顔が返ってきた。その瞬間、完全に沼に落ちた。好きなキャラに似てるからずっと気になっていたけど、この舞台で完全にシャルも好きになった。推そう、全力で。
帰りにパンフとブロマイドとシャルに関するものは全て買おう。あと帰ったら手紙を書いて事務所に送ろう。今日の感動をちゃんと文字にして伝えたい。
そんなことを考えながら退場のアナウンスが流れ、感動を胸に物販列に並ぼうとすると。
「んんっ!」
突然誰かに腕を捕まれ、通路脇に引っ張られる。そして抵抗する間もなく、どこか連れていかれる。
えっ、なに、怖い!俺なにかした?もしかして演劇でやってはいけないことした!?出禁!?せっかく推しに出会えたのに、出禁になるのは嫌だ!
「出禁だけは止めて下さい……NGなことしてたらごめんなさい……初めてだったんです。今後は気をつけるのでごめんなさい……」
「何訳わかんないこと言ってるの」
「うぅ……訳わかんなくてごめんなさい……えっ!?」
俺をどこかに連れていこうとする人は、さっきまで舞台に立っていたシャルだった。マスク越しでも分かる。間違いない。
「しっ!」
「むぐっ」
勢いよくシャルの手で口を塞がれる。
「僕の楽屋……は他の人と一緒だから……まぁいいや着いてきて」
こくこくと勢いよく頷くと口から手が離れる。手を引かれるままシャルに着いていく。
どうしてこんなことになっているのか、まっっったく分からないが今は聞ける雰囲気でも無い。とりあえず目的地に着いてからかな。……いや推しと手を繋いでるってどんな状況?これダメだよな。同じシャル推しの人に申し訳ない!
そう思い手を離そうとするがビクともしない。なんで?怖っ!
前もこんなことあったけど、シャルルってほんと……ん?
「ここなら誰もこないかな」
抱いた疑問について考える間もなく、連れてこられた部屋に押し込まれる。
「えっ」
「よし」
「いやいやよしじゃなくて!今鍵閉めましたよね!なんで!?」
「ユウはすぐ逃げるから」
「急に連れ込まれたら誰だって先ずは……なんで俺の名前知ってるんですか?」
「……やはり覚えてないのか」
「どこかで会ったことがあるんですか?」
初めて会うはずだこんなイケメン。しかも最推しのシャルルに似てる人。どっかで会ってたら忘れないはずだけど。
「あるよ。とういうか、僕はユウに救われたからここにいるんだよ」
「どういう……」
問いかけようとすると、シャルは僕を抱きしめてきた。
「やっと会えた。良かった……生きてて良かった……」
「シャル、さん……?あのすみません、俺ほんとうに覚えてなくて」
「覚えてなくていい」
「そう、ですか」
「ユウ」
温もりが離れ、今度は両手で頬を覆われる。
「しがらみがない今、改めて言う」
「はい……」
「僕はユウのことを世界で一番愛してる。ずっと前から」
「へっ」
「ゆっくりでいい。いつまでも待つから、僕のことを好きになったら教えて」
そう言ってシャルの手は離れる。
「こんな所に連れ出してごめん。観に来てくれてありがとう。会えてよかった」
悲しみが混じった笑顔に胸が締め付けられる。あの時と同じ、泣きながら目が覚めた日と同じ痛みだ。
「ま、って……」
「ユウ?」
「俺なにも覚えてないし……思い出せないけど……」
「けど?」
「……シャルのこと好きになっていいの?人違いじゃない?」
「人違いじゃない。僕がお前を間違えるわけないだろ。ずっと求めてた僕の片割れなんだから」
シャルが穏やかに笑った瞬間、思い出した。
「シャルル……?」
名前を呟いた途端、涙が溢れて止まらない。どうしてずっと忘れてたんだろう。こんなに好きでたまらない人のことを。
「俺も、シャルルのこと……好き。ずっと会いたかった」
「思い出したのか?」
断片的だけど。あの世界でシャルルと出会って、破滅を回避しようとしたこと。こっちに帰ってきたあの日、記憶が消される恐怖に泣いたこと。胸の痛みとともに思い出したよ。
「うん……ごめんっ、忘れてて……」
「謝る必要は無い。それは多分戻るための代償だ。不可抗力だったんだ」
「でもっ、ごめん……俺っ、シャルルにお礼も好きも言えなかったから……」
「だから謝らなくていい。僕はユウと同じ気持ちって知れて、それだけで十分」
「えっ……」
なにその言い方。それじゃあまるで、これ以上は望まないみたいじゃないか。
「い……いやだ……お願い……もう、どこにも行かないで」
「ん?」
「せっかく会えたのに……また離れるのなんて……いやだよ……」
泣きながら懇願する。腕を掴んでシャルルが消えないよう、必死に繋ぎ止める。
また会えなくなるくらいなら、俺もこのまま一緒に着いていきたい。シャルルとずっと一緒にいたい。
祈りながら縋っていると、シャルルの優しい声が上から降ってくる。
「なるほど。思っていたよりも僕の片想いじゃなかったのか」
「シャルル……」
「ふっ、大丈夫。ユウが考えていることにはならない。僕が行きたい世界はユウがいる世界。だからもう、離れることは無い」
「ほ、ほんとう?」
嬉しい言葉に涙が引っ込む。飄々としているシャルルにつられたってこともあるだろうけど。
「本当。だからこうやって会いに来た。それにユウが覚えてなくても構わなかった」
「なんで?」
「また一から好きになってもらえばいいだけ。そもそもユウが僕のことを好きって確証はなかったからな」
「……確かに。俺、返事する前に帰ってきたから、ちゃんと伝えてなかった」
「返事を聞きたいのもあったけど、どうしても諦めきれなかったからな。方法を探して会いに来たんだ。時間がかかったけど」
「へ、へぇー……」
シャルルの言う方法がどんなものかは分からないけど、次元の違う世界を行き来する方法なんて簡単なものじゃない。俺が想像もできない程の莫大な時間がかかったはずだ。
それに対して申し訳ない気持ちが湧いてくる……んだけど、それ以上に時間をかけてくれ逢いに来てくれたことが―――。
「ユウ?顔が赤いぞ」
「え、あっ、あはは、だっ、大丈夫!なんでもない!」
「そうか。大丈夫ならいいが、今日はもう帰った方がいいな」
「な、なんで?せっかく会えたのに……」
もう少しだけ一緒にいたい。あっちの世界も合わせて会えない日が多かったから、もっと一緒にいたい。
「無理したらダメだ。少し体温が高いみたいだし、今日は帰って休め」
「ちがっ、これは……シャルルが諦めずに会いに来てくれたことが嬉しくて……俺の事すごく好きなのが伝わったから……」
「……あっ、いやっ、違う!いや違うことはないが……言葉にするのは止めてくれ……」
今度はシャルルの顔が真っ赤に染まっていく。いつもすました顔ばかりだったから、照れているのは珍しい。……いいな。
でも照れるのは遅すぎる気がする。ずっと照れることばっか言ってるし。
「無自覚?」
「ああ……」
「ふっ、シャルルも照れるんだね」
「うるさい。ああもう、こんな顔見せたくなかった」
「俺は見れて結構嬉しいよ」
「カッコ悪い姿なんか見せたくない」
「カッコ悪くなんかないよ。シャルルはずっとカッコイイよ」
今まで一度もカッコ悪いなんて思ったことはない。シャルルはずっとカッコよくて、俺の自慢の好きな人。
「ならいいけど……」
「機嫌直った?」
「うるさい。あっ、マネージャーから……そろそろ戻って来いって」
慣れた手つきでスマホを操作するシャルル。どのくらい前からこっちにいたんだろ。
「そう言えば終わってから結構時間経ってるよね。間に合うなら物販行きたいし、名残惜しいけど今日は解散だね」
「あっさりしすぎてないか?」
「そんなことない。ほら、早く戻らないとでしょ」
「じゃあ最後にこれだけ」
「……っ!」
なんだろうと思う間もなく、流れるようにキスされる。触れるだけのキス。それだけでも俺はいっぱいいっぱいになって混乱する。
「なっ、なっ……」
「もしかして初めてか?」
「〜〜〜っ!」
「……よしっ。やっぱりこのまま僕の家に行こう」
「行かない!急にするなんてシャルルのバカ!」
「あっ、おいユウ!僕の連絡先!」
急にされたことにパニックになり、勢いで部屋を出る。シャルルがなにか言っているが、言葉なんか耳に入ってこない。
本当いつも勝手なんだから!シャルルのバカ!
こうして再会できたのはいいものの、また会うための連絡先の交換を忘れたことに気づいた時は、数日めちゃくちゃ落ち込んだ。
だけど神様のイタズラか、それとも振り回したお詫びなのか。すぐに再開できた。
そして末永く一緒になるのは、もう少し先の未来のはなひ




