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「いやいや俺が救うって何の話?」
「そのままの意味だ。今まで僕に双子の弟はいなかった。それが今回はいるんだ。これを破滅から逃れる術と考えるのは自然だろ」
「話が全く見えないんですが……」
肩を力強く掴まれながら説明されてもピンと来ない。分かるのは最近流行りの異世界転生をしたってことだけだ。この世界がゲームの世界だとしても、まだ状況を全て飲み込めてない。なのに破滅から逃れる術と言われても……。
一旦うやむやにしてしまおうかと思った。が、双子の兄らしいシャルルの目が、最後の希望と言わんばかり。
これは流石に、なぁ……んー……子供ないがしろには出来ないよな。
「俺に出来ることがあるなら手伝う……」
「手伝うとはなんだ。ハッキリ僕を破滅させないと言え、誓え」
「おまっ、本当に原作通り傲慢だな!俺はまだこの状況が飲み込めてないんだから、断言出来るわけないだろ!」
セオリー通りなら、原作知識を使って結末をねじ曲げるんだろう。俺は大団円が一番好きだから、そりゃあ協力できるならしたい。
だけど絶対できるなんて約束はしたくない!俺は保守派なんだ!
ほらシナリオの強制力とかあったりするじゃん?そのせいで努力したけどダメでした。なんてことになったら……シャルルの気迫からして無事では済まない。死なば諸共になるかもしれん。悪いが俺に心中の趣味はない。
「さっきからころころと表情が変わって忙しいやつだな。断言できないなら、なぜお前は僕の前に現れたんだ」
「そんなこと言われても……さっぱりわかんねぇよ……気づいたらここにいたんだから」
「使えないやつだな。はぁ……今回こそはと思ったんだがな」
うなだれるシャルル。さっきまでの傲慢さはなく、絶望だけがヒシヒシと伝わってくる。
シャルルは今回こそって言ったが、それって何回も人生を繰り返してるってことなんだろうか。登場人物に記憶があるって珍しいパターンだな。んーしかしそれなら俺ができることって少なそうだけど。繰り返してるなら回避方法だって分かるはずだろ。
「無理だ。回避方法なんてない」
「へ?」
「どうせ繰り返してるなら回避方法ぐらい分かるって思ったんだろ」
「なんで考えてることが……」
「合計百年以上、人の謀や悪意を受けてきたんだ。お前の考えることぐらい手に取るように分かる」
「お、おお……凄いな。でも、分かってもダメなんだな……」
好意の単語がないのが引っかかった。シャルルにとって受けてきたものは悪意ばかりなのか?百年以上生きたのに、好意を寄せられた記憶はないのか?
だとしたら、それはキツイな……。
「ダメだった。だが今回は今まで存在しなかったお前が現れた。これを鍵と捉えるのは自然だろ。しかしお前に自覚がないなら、きっと今回も……」
「誓う」
「え?」
「シャルルが破滅しないよう俺が救うって誓うよ」
「しかしお前は断言できないって……」
「そりゃあ破滅しない心当たりもなんも無いけどさ」
そんな辛そうな顔をされて知らんぷりなんて、出来ないだろ。
「まぁでも、一人より二人。二人なら今までできなかったこともできる。兄を助けるのが弟の務めだ」
「お前……いや、ユウ本当にいいのか?」
「今さら確認取るのかよ!いいって言うか、俺がそうしたいって思ったんだよ」
まだ不安そうなシャルルを励ますよう、できる限り明るく言ってみたが。まだ暗い顔だ。
「……僕にも今回のようなことは初めてなんだ……きっと今まで経験したことがない事が起こる。その時にお前を巻き込まない保証はない。守れる保証もユウだけ破滅から逃がせる保証もない」
「シャルル……」
「双子ならきっと、ユウも……僕と同じように」
「大丈夫!破滅しないよう頑張るから。それにもし破滅しそうになったら、全力で逃げればいい。俺、足には自信あるから!」
「ふっ、なんだそれ……ふふっ、ユウは変なやつだな」
小さく声をあげて笑うシャルルに呆気にとられる。ゲームではずっとしかめっ面か、癇癪を起こした顔ばかりだったから新鮮だ。
「どうした?変な顔をして」
「変な顔とはなんだ。シャルルが笑ってるから、いいなって思っただけだよ」
「……気持ち悪くなかったか?」
「そんなわけないだろ。むしろシャルルは美形なんだから笑った方が俺は好きだ。つーか誰だそんな酷いことを言ったやつは」
「シャルル様ユウ様」
問い詰めようとすると、外からのノック音と俺たちを呼ぶ声に遮られてしまった。
「お時間が迫っております。いい加減支度をせねば間に合いません」
「分かった。待たせて悪かったな」
「いえ……では支度を進めさせていただきます」
「僕は自分でやる。お前はユウを手伝え」
「かしこまりました」
レイさんはうやうやしくシャルルに頭を下げる。そしてすぐさま俺の方に来ると、テキパキと手を動かし始める。お手伝いさんなんていた経験は当然ない。だから俺も一人で支度ぐらいと思ったが、レイさんの手際を見て短い手足では難しいとすぐに悟った。
そうだ小さいころは母さんに手伝ってもらっていたんだ。あんまり記憶はないけど、多分そうだろう。シャルルの見た目的に五歳ぐらいだし、そりゃ、まだまだ一人で全部は無理かな。あ、でもシャルルは器用なのか一人でも全然問題なさそう。
「僕はもう何回もやられたから覚えたんだよ」
「へ?」
「顔」
「また出てた?」
「うん」
「ユウ様終わりました。さぁ二人とも参りますよ。旦那様がお待ちです」
「ああ」
「はい。あ、シャルル」
手を差し出すと不思議な顔をされる。
「なんだその手は?」
「なんとなく繋いだ方がいいかなって」
「……子供扱いするな」
「子供だよ。それにほら、双子って感じするでしょ」
「なんだそれ…………仕方ない、ユウがしたいなら付き合ってやる」
小さな手が重なる。なんだ、やっぱり繋ぎたかったんじゃん。
柔らかい手から温もりと、力強さから緊張が伝わってくる。これからシャルルにとって重大なことが起こる。
あ、主人公と会うんだ。名前は確か―――。
「今日から二人の弟になるノエルだ。ほら、ノエル兄になるシャルルとユウだ。挨拶しなさい」
「は、はじめましてノエルです……」
食堂について開口一番、席に着くより先に紹介された。
そうだ、この世界の主人公ノエル=ウィリアム。世界に祝福され、シャルルが破滅する核になる子。