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 アランの婚約者になって十年。

 俺はあの日から始まった王配教育に追われ、シャルルは公爵家の後継者として忙しくしていた。アランの命で部屋を別々にされてしまい、顔を合わせることも減ってしまった。

 ノエルは相変わらず俺にべったりで、アランには見向きもしない。接点を作れば何かしらのイベントが発生して、婚約解消に繋がると思っていた。のだが、今のところ二人が甘い雰囲気になる気配は一切ない。


「はぁ……」

「ため息をついてどうした婚約者殿」


 庭でお茶を飲みながら一人耽っていると、アランに話しかけられる。慌てて立ち上がり、叩き込まれた挨拶をする。


「王子殿下、ご挨拶申し上げます」

「二人きりの時は?」

「……」

「大丈夫、ユウに何か言う者がいても私が必ず守る」

「ふぅ……では、アラン何か用か?」

「やはり君には砕けた調子で話しかけられる方がいい。全く……なぜ婚約者に堅苦しい口調で話さねばならないんだ」

「仕方ないだろ。まだ仮の状態みたいなものなんだ。婚約者でも立場はアランの方が上だ。敬うのは当然だろ」

「私がいいと言っているのに」

「周りは良しとしないんだよ」

「はぁ……もっと早く君を私のものにできたらいいのにな 」


 アランはため息を吐きながら、俺の手に絡みついてくる。


「法律だから仕方ないだろ」

「君は冷たいな」

「どうにもならないことを嘆いてもしょうがないだろ」

「それもそうだな。あと三年我慢すれば、君と夫夫になれるんだから」


 愛しそうに、熱っぽい目でこちらを見つめるアラン。その目に戸惑い、目を逸らしてしまう。


「明日からは学園が始まるな。君との寮生活が今から楽しみだよ」

「……婚約者同士は一緒の部屋になれないだろ」

「貴族同士は。未来の王族をその他の貴族と同じ部屋にはできないだろ。外は危険が多いんだから。……私は今も君が学園に通うことは反対だ」

「俺の最後の願いぐらい許してくれよ……」


 空いている手のひらを強く握る。この十年我慢してきたんだ。最後の春ぐらい自由を謳歌させて欲しかった。シャルルと同室になって、この十年を埋める時間を過ごしたかった。

 それも諦めたんだから、通うことくらいは許して欲しい。


「冗談だ」

「部屋のことも冗談であって欲しかったんだけど」

「それは無理だ」

「家族でも一緒の部屋はダメなのか?」

「君の兄上だけはダメだ。許せない」


 冷たい目に怯んでしまう。アランが出すこの空気は十年経っても慣れない。


「ごめん……」

「おっと、怖がらせてしまったかな。すまない。どうも君の兄上への嫉妬が出てしまうんだ」

「ただの兄だよ」


 俺がこの世で一番幸せにしたい人。とは口が裂けても言えない。それを言えばシャルルに危険が及ぶから。


「ただの兄、ね。そう見えたことはあまりないけど?」

「双子だから。ずっと一緒だったから、半身みたいな唯一無二みたいな」

「へぇ……」


 底冷えしてしまいそうな声が響き、慌てて訂正する。


「……まぁ今はアランと過ごすことの方が多いから、アランが半身みたいなものだけど」

「だよねぇ」


 あっぶねぇー。つい口から本音が出てしまった。いつもはこんなヘマしないのに、疲れで気が抜けてしまった。


「ところで今日は何の用だ?」

「愛しい婚約者に逢いに来た」

「冗談言うな。アランは用があるときにしか来ないだろ」


 この屋敷、と言うよりはシャルルが嫌なのか、アランは用がある時以外はここを訪れない。


「……そう、だね。明日の朝迎えに来ることを伝えに来たんだ」

「えっ、明日はシャルルと行く予定なんだけど。と言うか、王宮からこの家を経由したら遠回りになるだろ」

「そうだね。でも初めて会う人も多い学園、君が私の婚約者だと知らしめないといけないだろ?」

「別にわざわざそんな事しなくても、知ってる人は多いんだからいいだろ」


 教育の一環でお茶会やらパーティーやらに、この十年連れ回されたんだ。むしろ知らない人の方が少ないだろ。


「私はこれでもかなり、結構、人から好意を向けられるんだよ」

「強調しなくても知ってる」


 そのお陰でどれだけ面倒な目にあったことか。シャルルと双子だから俺の顔はかなりいい。少なくともこの世界に来る前の俺よりは断然いい。だがこの顔を持ってしても、妬まれ嫌がらせを受けることが多い。なんならブスと言われたこともある。

 さすがにそれは同じ顔のシャルルへの侮辱に繋がるので、反撃した。

 俺は好きで婚約者になった訳じゃない。そんなにアランが好きならどうぞ奪ってくださいのスタンスだ。なのにアランに好意を持った子達は軒並み消えていった。その理由は何となく察せられるが、深くは考えない。考えたくない。

 と言うわけで十年の間に、俺がアランの婚約者だと言うことは広く知れ渡ってしまったのだ。


「他を牽制するためなんだ。分かってくれないかな私の婚約者殿」

「……寮も一緒なのに朝から顔を合わすことないだろ。明後日からはほとんど一緒にいるんだし」

「念には念を」

「……分かった。どうせ俺に拒否権なんかないし」

「そんなに私が嫌か?もう十年も経つのに」


 嫌だよ。嫌に決まってる。お前はシャルルを必ず破滅させる人物の一人。そんな奴にシャルルを幸せにしたい俺が、好意を持てるはずないだろ。


「お前もよく飽きないよな。十年前の事で脅し続けるなんて」

「はぁ……君はまだそう思っているのか」

「思うよ」


 だってアランはどのルートでも必ずシャルルを捨てる男。そんな奴が同じ顔の俺と、この関係を続けていることに驚きだよ。

 まぁいい、どうせ本編が始まれば心変わりするんだ。そうなれば、俺は意気揚々と婚約者の立場を渡して、シャルルをエンディングの先へ連れていく。必ず。


「私はこんなにも君のことを愛しているのに……」

「はいはい」

「あの日の脅しはすまなかったと思ってる。咄嗟にああ言わないと、君が手に入らないと思ったんだ」

「手に入るって……俺は物かよ」


 そうやってシャルルのことも振り回して、飽きたおもちゃのように捨てたんだな。


「そういう意味では無い」

「俺はそういう風に聞こえた」

「不快にさせたのならすまない。だけど私はただ君と仲良くしたかっただけなんだ」


 だったらこんな関係になりたくなかった。俺だって最初は友達になれると思ってた。ゲームのように敵対せずシャルルと三人、仲良く過ごせる未来を描いていた。


「……もう遅い」


 ポツリと呟いた瞬間、風が強く吹いた。木々のざわめきが酷く耳障りだ。


「ユウ?すまない、よく聞こえなかった」

「なんでもない。明日の件は分かった。支度を終えて待ってるよ」

「ああ、楽しみにしている」

「そう、じゃあ今日はもうお開きだな。悪いな、まだ明日の準備が残ってるんだ」


 明日の準備なんて嘘。今日はもうしなければいけないことは何もない。


「長居してしまったかな。では、先に失礼するよ」

「ああ」


 慣れた作り笑いでアラン見送った後、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。

 暖かく美味しかった紅茶は、苦みが酷く少しも美味しくなかった。


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