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 シャルルと和解した後の食事はノエルの不機嫌が酷く、恐怖を感じるレベルだった。一人だったらきっと恐怖に震えていただろう。でもシャルルが側にいてくれたおかげで耐えることがなんとか出来た。

 そんな出来事から数日。ノエルはことある事に、俺にべったりくっついてくるようになった。

 別にくっつかれるのは構わないけど、隙あらばは疲れる。


「はぁ、はぁ、ここまで逃げれば……」

「ユウ兄様ー!」

「げっ」


 ノエルから逃げ回ること数十分。庭に逃げ込んできたのに、諦めずに俺を探し続けている。

 もっと奥に逃げ込もう。そう思い立ち上がった瞬間、疲れた足がもつれ転んでしまう。


「ぐえっ」

「兄様?」

「っ!」


 名前を呼ばれた瞬間、身体が強ばる。まだ気づかれてないが、ノエルがこちらに向かってくるのが分かる。静かに逃げようとするが、足が言うことを聞いてくれない。

 ああ、今日もゆっくり一人の時間が無くなるのか……。

 大人しく諦めようすると。


「こっち」

「へっ」


 男の子に手を引かれる。動かなかった足は勢いのせいなのか簡単に動いた。

 その子は綺麗な格好で髪も決め、まるでおとぎ話の王子のよう。ノエルに負けず劣らずキラキラした子だなー。なんて呑気に思う。


「逃げたいならボケっとするな」

「あっ、そうだった逃げてる途中だった」


 キラキラに圧倒されうっかり忘れてたが、逃げてる途中だった。

 導かれるまま男の子について行く。だんだんノエルの声も遠くなり、気づけば見知らぬ場所に来ていた。


「ここまでくれば大丈夫だろう」

「はぁ、はぁ、助けてくれてありがとう……あれ、君は……この前の」


 町で出会ったハンカチを渡した子だ。なんで屋敷にいるんだ?しかも格好も前はいかにも街の人って感じだったのに、今はなんかちゃんとしてるし。


「……他人の空似?」

「何寝ぼけたことを言っている。ほら、この前の返す」

「えっ、あっ」


 手渡されたそれは俺が男の子に渡した物だ。じゃあやっぱりこの子はあの時の子なんだ。


「じゃあ君はやっぱりあの時の」

「名前、教えただろ」


 ぶっきらぼうにそっぽを向いた男の子に言われ気づく。そうだった。名前教えてもらったんだ。


「アランだよね。ハンカチ返しに来てくれてありがとう。ところで、その格好はなに?」

「格好?」

「街で会った時と全然違うから。……なんか貴族みたい」


 いや、貴族というか王族みたいだ。家にある服しか知らないから正しいかは分からないけど、なんか装飾も多いしデザインも細かい気がする。

 公爵家の長男であるシャルルの服ですら、ここまで華美な物はなかったはずだ。だから公爵家より凄い服、つまり王族が着るような……。


「貴族ではない。俺はこの国の王族だ」

「げっ」


 やばい。つい本音が出てしまった。名前がアランで王族って、攻略対象じゃん!

 最悪だ。できる限り攻略対象は回避したかったのに……。ああでもアランは仕方ないか。シャルルの婚約者だったし、ノエルと同じで強制イベントなんだろうな……。

 出会ってしまったことにショックを受けていると、怪訝そうな顔をしたアランに顔をのぞき込まれる。くそっ、美少年だな。


「げっ、とはなんだ。俺に会えて嬉しくないのか」

「……ウレシイデスヨー」

「感情がない」


 感情もなくなるに決まってるだろ。どうやってシャルルとアランの邂逅を防ぐか、それに頭がいっぱいなんだから!

 と、とにかく早く用を済ませて帰ってもらおう。いくら王族でも用がないのに、公爵家に入るなんて出来ないだろうし。何が目的かは知らないが、さっさと終わらせよう。


「と、ところで!今日はどう言った御用で?」

「は?」

「い、いやー王族の方がわざわざ屋敷に来られるなんて、父様に用なら取り次いで……」

「止めろ」


 冷たい声で制され体が強ばってしまう。


「君は、君だけは敬語を使うな……使って欲しくない。俺は君と親しくなりたいんだ」


 まぁ、王族が特定の人と親しくなるのは難しいよな。長男のシャルルは跡取りだから政治的が絡んできそうだし、ノエルとは恋人になる運命。

 あー消去法でちょうどいい立場だな俺。いやでも、身分を隠したら街の子と仲良くなれそうだけどな。あの格好すっごい溶け込んでたし。


「アランさ……アラン」

「うん」

「そんなに友達が欲しいなら、また街に行けばいいと思うんだけど」


 だから俺とシャルルには今後近づかないで欲しいな。あと出来れば婚約はシャルルじゃなくてノエルとして欲しいな。そんでもって末永くイチャイチャしてくれ。俺たちを眼中に入れずに。


「……違う」

「えっ」

「おっ、俺は君と親しくなりたいんだ!他の誰でもない君がいいんだ」

「ええー……」


 縋るように手を掴んでくるアラン。こういうのはノエルにやって欲しい。


「そう言われても……」

「ダメか?」

「ダメと言うかなんと言うか……」

「じゃあ俺のことは嫌いか?」

「別に嫌いじゃないけど……」

「分かった。あまり無理強いはどうかと思ったんだが仕方ない」

「なにが?」


 一体なにが仕方ないんだ、と疑問を抱く。そんな俺を置いてけぼりにして、アランは俺の手をとり口付けを落とす。


「君を、ユウを私の婚約者に迎えたい」

「へっ?」


 予想外の言葉に打っ頓狂な声が出てしまった。


「今日ここに来たのは私の婚約者候補たちに会いに来たのだが、やはり私は君がいい」

「たち?」

「ああ、君の兄と弟も候補に入っていたんだ」

「じゃあ会った方がいいのでは?むしろ会ってください特に弟」

「会っても決意は変わらないから会わない。俺は君がいいんだ」

「そう言われても……あっ」

「お前、誰だ。僕のユウに何をしている」


 どこからともなく現れたシャルルは、アランの背後に立って問いかける。持っている木剣をアランの首筋に当てて。

 なにを怒っているのか分からないが、流石に王族に木剣とは言え向けるのは不味い。今までの結末を思えば剣を向けたくなる気持ちは分かるが、今はまだ何もしてないんだから止めろ!いくら子供でも何らかの処分をされても文句言えないぞ!


「シャ、シャルル!俺は何もされてないから!」

「ユウ、少し静かにしててくれ。僕はこいつに聞いているんだ」

「落ち着けってシャルル!」

「俺のことなら心配いらないよ」


 そう言うとアランは振り返り、シャルルに向かって深々と頭を下げる。


「申し遅れました義兄さん。私はユウさんと婚約をさせて頂く、第一王位継承のアランと申します」

「こん、や、く……?はぁ?受け入れたのかユウ」

「いやいや俺はまだ了承していないから」

「そうだったのか?」

「そりゃそうだろ!急に言われても困るし、父上の許可だって……」

「そうか、では」


 アランの目が冷たく光る。子どものものとは思えない圧力に足がすくむ。


「君の兄上から受けた無礼の処分を決めなければならないな」

「脅しじゃないか……」

「僕は別に構わない。ユウをこんな奴に取られることに比べればなんて事ない」

「シャルル!」


 なんで破滅を回避したいって言ったやつが、破滅まっしぐらの発言をするんだ……!


「ほう、ユウの兄上はなかなかの人物だな」

「いやいやこれは照れ隠しみたいなもので、本気にしないでください!」

「むっ、敬語はやめろと言っただろ」

「この状況で!?」

「いくら私の方が立場は上でも、ユウとは対等でありたいからな」


 そんなキラキラな王子スマイルで言われても説得力ない。現在進行形で脅してきてる人が何言ってんだ。


「なにが対等だバカバカしい。お前が対等であったことなんてないだろバカ王子」

「ははは、ユウの兄上は本当に無礼者だな。さて、この不敬者はどう処分するのがいいかな」

「ああもう!分かった!婚約すればいいんだろ!だからシャルルの処分は止めてくれ」

「ユウ……!」

「ああ、分かった」


 俺の身一つでシャルルが助かるなら安いもの。それにここで俺が了承しておけば、もしアランがノエルと結ばれても俺がシャルルの身代わりになれる。


「君なら私との婚約を受けてくれると信じてたよ。では早速、公爵の所へ行こうか。後日でもいいんだが、君の兄上からの妨害が怖いからな」

「貴様っ!」

「シャルル!」


 今にも飛びかかりそうなシャルルを必死に止める。


「離せユウ!」

「ダメだって!そんなことしたらせっかく見逃してもらえたのにダメになる!落ち着いて!」

「だがっ!」

「レイ!いるんでしょ!」

「お呼びでしょうか」

「シャルルを抑えておいて」

「かしこまりました」

「くっ……!レイ離せっ!」

「シャルル様、落ち着いてください」

「アラン行くよ」


 レイがシャルルを抑えてくれてるうちに走り去る。今度は俺がアランの手を引いて。

 後ろから冷静じゃないシャルルの声が響く。無視するのは胸が張り裂けそうなくらい辛い。婚約だってしたくない。

 でもシャルルがいなくなるよりは何百倍もいい。


「ごめんシャルル……」


 誰にも聞こえない声で呟いた謝罪は、二人分の足音にかき消されてしまった。






 *





 sideシャルル


「ユウっ!くそっ、なぜ、なぜ……僕から離れないと言ったのに……!なんで……僕にはユウしかいないのに……ユウだけなのに……なんで皆、僕から奪うんだ……」


 恨めしい気持ちを吐き出す。レイに拘束されたまま、ユウが立ち去ったあとを見つめたまま。

 やはり僕はダメなんだ。どう足掻いても誰にも愛されないんだ。唯一無二のユウですら奪われてしまった。

 僕はユウさえいればそれで良かった。他には何もいらない。ユウが側にいてくれるなら、全てを投げ出す覚悟はあった。

 なのにアイツは簡単に僕から奪った。許せない、許せない、許せない、許せない!


「シャルル様」

「……なんだ」

「それ程に恨めしいなら、奪えばいいじゃありませんか」

「……なに馬鹿げたことを言っている。アイツは王族だ。王族から奪えるわけないだろ!婚約破棄でもされない限り、ユウはあいつのものだ!」


 かつての僕に自由が許されなかったように、婚約者になったその日からユウは王家のものだ。公爵家とは言え、簡単に王家のものを奪えるわけが無い。


「ええ、でもシャルル様が玉座を手に入れるか潰せば叶うのでは?」

「なん、だそれ……なに夢みたいなことを……」

「男爵家なら夢のような話かもしれません。しかし貴方様は公爵家の嫡男。本気になればこの腐った国を潰せるでしょう?」

「はっ、ははっ……なにを馬鹿な」


 乾いた笑いがこぼれる。この従者は狂ってるのか?主人に反逆者になれと言うなんて……。


「シャルル様の全てを使えば叶う。と、私は信じております」

「……」

「前から思っていたんです。受け身なのは貴方様らしくない。幸せを待つだけの籠の鳥、なんかじゃないでしょう?本当の貴方様は誰よりも貪欲に、欲しいものを求める獣」

「主人に向かって獣とはなんだ」

「おっと、失礼しました」


 主人に向かって許されない言葉だが、今回は許してやる。目が覚めたからな。

 レイのおかげで分かったよ。今までの繰り返しの意味が。そうだ、全てこの時のためにあったんだ。


「特別に今回は許してやる」

「ありがとうございます」

「その代わりに今日から僕の手足となって働いてもらう」

「具体的には」

「この国を潰すために。まずは僕の資産をこの家の倍まで増やす」

「かしこまりました」

「この国はユウが成人するまでに潰さなければならない。時間はないぞ」

「承知しました」


 今までの記憶を全て使ってこの国を潰す。内部からじわじわと、アイツが一番絶望するタイミングで僕と同じ目にあわせてやる。


 そして作るんだ。誰にも奪わせない、邪魔させない僕とユウだけの国を作るんだ。


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