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目を覚ますと見慣れない天井。これは……非常に、ひっじょーに嫌な予感がする。いやいやお決まりの展開が簡単に俺の身に起こってたまるか。これは夢だ。そう夢!こういう時は二度寝をすれば目が覚めるって、誰かが言ってた。
さぁ二度寝するぞと意気込むと、外から勢いよくドアが開かれる。
「シャルル様さっさと起きてください」
無理やり布団を剥ぎ取られる。
「ぎえっ」
「また二度寝ですか。シャルル様いい加減朝ぐらい一人で起きれるようになってください。病み上がりなので今日はいつもより遅く参りましたが、もう待てません」
銀髪の芸能人顔負けの整った顔のイケメンがいた。だがそんなことよりも、呼ばれた名前に気を取られる。
「シャ、ル、ル?」
「おや、朝が嫌すぎてとうとう記憶喪失のふりですか」
記憶喪失にはなってないぞ。俺は大学受験を終えたばかりの高校三年生。昨日は朝食に……寝てたから昼と兼用で一昨日残ったオムライスを食べ、晩御飯に生姜焼きを食べた。それから小遣い稼ぎに姉ちゃんから受けた、BLゲームのスチル解放をして……。あれ?俺いつ寝たんだっけ?
まぁいいや、これは夢。ていうか明晰夢なんて初めてだなー。もうちょっとこの状態を堪能してみたいけど、明日は入学式だし起きないとな。よし、もう一度寝て目を覚まそう。
そう意気込んだのもつかの間。
「シャルル様!よく俺の前で二度寝できますね。分かりました。きちんとしないのであれば、明日からと考えていた授業は今日から再開にします」
「わ、分かりました!起きます!起きますから!」
あまりの剣幕に怖くなり、ベッドから飛び起きる。うぅ……この少年俺より年下っぽいのに怖すぎだろ。半べそになりかけた時、ふと違和感に襲われる。
ん?なんか床との距離近くないか。視線もいつもの半分くらいしかないような……。
ぱっと顔を上げると、銀髪の少年を挟んで向こうにある鏡と目が合った。そこには、今まで散々ゲーム画面で見てきた悪役を、デフォルメしたようなちびっ子がいた。
うげぇ、散々苦しめられた悪役の夢見るとは……。いくらお小遣いのためとはいえ、流石に今日はゲームを控えた方がいいかもな。周回しすぎたアーメン。
そんなふざけたことを考えながら、胸の前で手を合わせる。すると、鏡の悪役も同じポーズをした。ん?真似っ子か。なんだ悪役にも可愛いとこあるじゃないか。
「なにをアホな顔をして遊んでるんですか。頭を打って余計アホになられたのですかシャルル様」
「アホアホ言うな!つーか俺はシャ……」
キッとイケメンを睨むと、鏡の中で悪役が同じく鏡の中のイケメンを睨んだのが横目で見えた。
その瞬間カチリと何かが噛み合い、理解した。俺、転生してるわ。
―――
オタクなので理解は早かった。それはそれはレイに着替えさせられてる間に、全てを飲み込めるぐらい。嘘です。本当は二割。びっくりして虚勢を張りやした。
受け入れずらい状況ではあるが、今ここで騒いだところで分かることは少ない。とりあえず一日過ごして、夜ノートにでも状況をまとめよう。なので今日は大人しく情報収集に努める。
「はい終わりましたよ」
「ありがとうございます。えっと……」
「どうかされました?」
「ごめんなさい、名前をド忘れしてしまって……」
「ああ、レイですよ。高熱のせいで忘れてしまったのですね」
淡々と答えるレイさん。レイなんてキャラいたっけ?朧気な記憶を思い出そうとすると。
「シャルル様、今日は大切な話があると旦那様が申していました。早く食事にいきますよ」
「は、はい。すみませんレイさん」
「……」
「レイさん?」
隣に立つレイさんの顔を見上げると、訝しげな顔でこちらを見ている。俺の顔になんか付いてるか?
顔をペタペタ触ってみるが、何も付いていない。じっと見るほどのものがあるのか気になっていると、レイさんは俺の頬に両手を添える。そしてじっと目を覗き込む。
「正直に答えてください」
「は、はい?」
「俺に対する新手の嫌がらせですか」
「へっ?」
「坊ちゃんは俺に敬語は基本使いません。ましてや謝るなんて、天地がひっくり返っても有り得ません」
おいおい本物のシャルルはこんなに小さい時から悪童だったのかよ。敬語を使わないのは貴族だから分かるけど、謝らないのは人としてどうなんだ。本来のシャルルにゲンナリしていると。
「おい、お前は主人の見分けも出来ないのか」
「はい?」
突然発せられた声の方に視線をやる。そこにはさっき鏡で見たのと同じ姿があった。何度も見た不機嫌な顔ですぐに分かった。
「本物のシャルル……?」
「ふん」
「えっ、シャルル様が二人?いつの間に分裂したんですか」
「何を言っている。僕には双子の弟がいただろうが」
「そんな、はず…………いえ、大変失礼しました。まさかシャルル様とユウ様を間違えてしまうなんて」
「いつもの僕なら許さないが、今日は機嫌がいいから許してやる」
「ありがとうございます」
さっきまでの俺への態度から一変。レイさんは恭しくシャルルに頭を下げる。その様子はどこからどう見ても主人と使用人そのもので、緩んでいた空気が一気に引き締まる。
「僕は今から弟と話があるから、お前は出ていけ」
「しかし旦那様との約束が」
「お前は主人を間違えた上に言うことも聞けないのか」
ギロリとレイさんを睨むシャルル。その目線が怖くて、思わず息を止めてしまった。小さい子が出せる空気じゃない。怖い、とても怖い。
「……分かりました。しかしお約束があるので、時間になれば」
「分かっている。さっさと出ていけ」
シャルルはホコリを払うようにシッシッと手を振ると、レイさんは静かに部屋から出ていった。
俺としては引き下がって欲しくなかったが、あの睨みは怖い。あの目で人を殺せるぐらい怖いもん。
「おい」
冷たい空気を纏ったままのシャルルがこちらを見つめる。
心の中でべそをかく。今すぐ逃げたいが逃げ場は無い。
「は、はい。何でしょうか……」
「お前、本当に僕を救えるんだろうな」
「救う?な、なにを仰って……」
「僕を破滅から救える唯一の存在。それがお前だろユウ」
そう言ったシャルルの瞳には、焦りの色が見えた。