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君に想いを寄せて  作者: はやはや
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最終話

 翌日、学校帰りに七海は早速約束したものを、買って来てくれた。

「さすがにデパートでは買えないから、souvenirで買ったよ」

 souvenirとは駅ビルの中に入っている、雑貨屋のことだ。女子はそこで、ちょっとしたアクセサリーや、メイク道具を買うのがお決まりらしい。

「サンキュー」そう言って、代金を払う。

「ちなみにサーモンピンク系の色の口紅にしたから」

 七海が選んでくれたのなら、大丈夫なはずだ。七海から渡された紙袋には、〝For you〟と書かれたシールが貼ってあって、それが妙に照れくさい。

 きっと、くゆは驚いた後、喜んでくれるにちがいない。



 わざわざ来てくれたからと、自販機のジュースを七海に奢る。

「これは、フローズンヨーグルトと別だからね」と、念を押された。ちゃっかりしている。「わかったよ」と言いながら、俺もグレープ味の炭酸飲料を買った。


「壱哉の話聞いてさぁ、私達がこうやって何気なく友達同士で話したり、学校に行ったりするのって、ありがたいことなんだぁって思った」

 先日、くゆと話をしていて感じた気持ちを、七海に話したのだった。

「病気になるって誰が決めるんだろうね。神様なのかな? それなら残酷すぎない?」七海はそう言って、りんごジュースを口にする。ペットボトルのパッケージに描かれている、りんごの絵がこちらを見て笑っている。

「自分なら恨むな。神様のこと」

 そう言うと七海は「それじゃあ、余計に具合が悪くなるんじゃない? 神頼みしないと!」と言った。

 くゆは自分の病気を、恨めしく思うことはないのだろうか。澄んだ茶色い瞳が頭に浮かぶ。あんな綺麗な瞳をしているんだから、神様や病気を恨んだりなんかしないんだろう。

 そう思うと、自分の当たり前にしていた健康を、半分分けてあげたいと思った。そんな風に思うのは傲慢だろうか。



 翌日の退院の日は、くゆと中庭に行った日と同じくらい空の色が綺麗だった。

 午前十時には退院する。昨日の夜、くゆにメッセージを送った。

――明日、退院するんだ。渡したいものがあるんだけど、ちょっと時間取れない? 病室まで行くから

 それに対しての、くゆの返事はこうだった。

――退院おめでとう!(明日だけど)

朝ご飯が終わって、九時までの時間なら大丈夫!


 そういうことで、朝ご飯を終えると、俺はくゆの病室に向かったのだった。

 くゆのベットは四人部屋の、一番窓際にあった。窓からは、街がかなり遠くまで見渡せる。太陽の日差しが眩しいくらいだった。

 ベットに腰掛けているくゆの肌は、相変わらず透き通るように白い。でも、やはり健康的な白さではない。青白いというべきか。

「誕生日おめでとう」

 そう言って、プレゼント渡す。くゆは驚いて、目を丸くした。その視線が、プレゼントが入った紙袋に釘付けになる。

「……ありがとう。いいのかな。こんな……」

 と言う。「サプライズ」そう言って笑って見せると、くゆも「確かにびっくりした。サプライズだ」と笑い、紙袋を受け取る。そして、訊いた。

「開けていい?」



 くゆは紙袋の中から口紅を取り出した。持ち手の部分には花の飾りが施された、細い口紅だった。七海のセンスに感謝する。

 その華奢な形は、くゆにぴったりだった。

「素敵。ありがとう」

 手の中に握りしめるようにして、くゆは言った。その言い方で、くゆが、それを気に入ってくれたことがわかる。

「ちょっと待って」

 くゆはそう言うと、ベット横の棚にある引き出しから、手鏡を取り出した。マスクを外した後、口紅のキャップを外し、唇に口紅を当てる。

 たちまち、くゆの唇が赤みを帯びていく。病気のせいで紫色に近い色になっていた唇が、サーモンピンクといわれる色に染まった。

「似合う」

 くゆが言葉を発する前に、俺はそう言っていた。

 色の白いくゆに、その色はとてもよく似合っていた。俺の言葉を聞いて、くゆが頬を赤くする。それを見て、照れもしないで「似合う」なんて言えた自分が、少し恥ずかしかった。


「こんなこと言っていいのかどうか、わかんないんだけど……」

 くゆが手鏡を伏せ、口紅のキャップを閉めながら言った。

「壱哉に会って、どきどきする気持ち。何ていうのかな、好感みたいなのを味わったんだ。こんな気持ち、私が持てるとは思わなかった」

 くゆの頬は相変わらず赤く、目を伏せて言う。

「これからも友達でいてくれる?」

 その言葉は、俺を優しい気持ちにさせた。くゆを守るなんてことはできなくても、友達として側にいる。それは、俺が望んでいたことでもあった。

「うん。たまには電話で話そう」

 そう言うと、くゆは、ぱあっと笑顔を輝かせた。ピンク色の花が一斉に咲くみたいな、笑顔だった。



 忘れ物がないか確認する。迎えに来た母と一緒に病室を出る。「お世話になりました」と、看護師に頭を下げる母の隣で、俺も真似して頭を下げる。

 明日から、俺は今まで通りの生活に戻る。

 でも、今までと何かがちがう。当たり前の生活ができることへの感謝、それと、くゆに出会って、自分の気持ちを素直に伝える大切さを知ったと思う。

 心から、くゆの幸せを祈る。

 明日、学校に行ったら、源也と七海に「ありがとう」と「これからもよろしく!」と一番最初に伝えよう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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