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王子様=面の皮尋常じゃなく厚い説

よろしくお願い致します!



その日の昼、ギルドはもう一度リリアナの牢に忍び込んだ。次はリリアナの容姿に騙されたりはしない。その決意を知ってか知らずか、牢の格子を挟みリリアナはギルドを睨む。


「また来たのね、性懲りもなく。」


手負いの獣よろしく誰それ構わず噛み付こうとするリリアナに、ギルドは目を細めた。


「俺はギルド。冒険者『漆黒のハイエナ』で間違いない。」

「知っているわ。腕は確かだけど、ハイエナよろしく味方の獲物を奪い取ったりするそうね。」


ギルドは生きるのに必死だったのだ。腕が未熟であった頃、日銀を稼ぐため他の冒険者が持ちきれず捨てていった素材や鉱石などを拾っては売りに行った。それを黒装束と共に揶揄され『漆黒のハイエナ』と呼ばれている。その名はあまり気に入るものではない。


「ギルドだ。そっちで呼んでくれるとありがたい。」


「では、ギルド。貴方の目的は何なの?どうしてここに来るの?少なくとも、ここで彷徨いていていいはずはないわ。」


「……二三質問があってね。」


ギルドはリリアナを焦らすようにして、凭れ掛かっていた石壁を離れ牢へ歩み寄った。目線を合わせる為顔を上げたリリアナ、その髪と肌が日光を受けて白銀に輝く。対したギルドは完全に影で、顔の細部すら分からない。


「この国の隣国であり十二年前、新興国ラジアに滅ぼされたエルドラ王国。潔く散った国王と王妃の名を、リリアナ、お前は覚えているか。」


ギルドにとって、この質問は非常に大きな意味を持つ。しかし、リリアナは面倒そうに首を傾げた。


「王族の名前など記憶するに値しないわ。大嫌いなのよ。」


「……そうか。」


ギルドは押し黙り、短く何度も頷く。言葉の意味を何度も咀嚼し飲み込んだ。


(いつものことじゃねぇか、気にするな俺。)


牢の出口に通じる廊下から金属がぶつかる大きな音と沢山の人の足音がする。リリアナはそちらを一瞥すると肩を竦めた。


「さあ、ギルド。王子様達のお目見えよ。坊やはお家にお帰り。」


リリアナは臣下の礼を取るでもなくベッドの上にごろんと寝転ぶ。王子様なんてクソ喰らえという態度剥き出しである。


(なんて図太い性格……流石はレンタル婚約破棄を演るだけはあるな。)


とは言っても、ギルドは牢を立ち去る気はなかった。これから粉砕する予定のリリアナの覚悟がどれほどのものか、見届けてやるのだ。


ギルドは人が来ない角に避け隠密魔法を行使した。石畳で出来た廊下を行進するのは、王太子ウィリアム、その妃マリー。兵士は何重にもわたり彼らの警備を行う。そしてギルドの悪友、保安局事務員のセノイもいる。いつも語り合うような職務怠慢腑抜け警官モードではなく、王国重鎮の名に相応しい風格を備えていた。


(セノイ……お前がリリアナを尋問するのか。)


残念なような悔しいような気持ちが横切り、ギルドはセノイの持つ剣や鞭、鍵から目を逸らす。

セノイはリリアナの前まで来ると手に持った鞭で牢の格子を叩いた。


「王太子両殿下の御成りである、罪人は前に出るように。」


リリアナは気怠げに顔を上げると、のんびりとベッドに腰掛けた。


「どうして出なければらならいのです?貴方方が求める物は何一つとして提供できませんのに?」

「あのっ……!」


リリアナの異母妹であるマリーが疲れきった顔でリリアナに声を掛けた。


「あなたが……わたくしの姉というのは本当ですか?リリアナ……さん?」


マリーは物憂げな表情。昨日の、高飛車に断罪を進めた令嬢とは大違いだ。リリアナはパチクリと目を瞬かせる。紫の目が驚いたように開く。


「この髪と瞳を見れば一目瞭然でしょう?全ては昨日申し上げた通りですわ。

……ふふっなんですの?感動の姉妹の再開でもしたかったのですか、王太子妃殿下。不可能に決まっているでしょう?私と殿下の血は、『クソ親父』で繋がっているのですからね。

私の前から消えて下さい王太子妃殿下、目の前に居られるだけで不愉快です。」


(マリーも可哀想に、お姉さんと仲良くしたいだけなのに酷い振られようだな。)


マリーはリリアナの言葉の圧を受けてふらりと揺れる。王太子がマリーの肩を後ろから支え、リリアナを睨んだ。


「マリー。」


何から何まで王太子然とした男である。リリアナは王子の魅了を感じたのか、憤怒の表情を一瞬だけ浮かべた。


「リリアナとやら。そなたのせいで、国が乱れ混乱に陥っておる。真実を全て話せば減刑を、さらには元の身分ー公爵家の長女という肩書を取り計らってやろう。」


それは、パーティを目茶苦茶にした賊には寛大すぎる恩赦であるのだが。リリアナは鼻で笑った。


「ふっふふっっ。ねぇ殿下。欲しいのは『真実』ではなく『都合のよい物語』でしょう?」


本質を突かれて、王太子は言葉に詰まる。リリアナは格子を掴み、王太子に妖艶な笑みを向けた。


「知ってますよ、この国が危機に瀕していることくらい。国ごと消えてしまえばいいじゃない。王子様の魅了に振り回される人間は存在しなくなるわ。」


「おのれっ……。……王子であることには大いなる責任が伴う。人心を惑わしてでも、個人を犠牲にしてでも、何千何万という人々を養うため王子であらねばならんのだ。理解せよとは言わん。」


ギルドは自分もかつて持っていた、そして平手打ちによって捨てさせられたその覚悟を懐かしいと感じる。が、リリアナは納得しない。


「国を成り立たせるためには都合のよい物語を作り出すのも致し方ないと……分かりましたわ。一つ交渉をご提案致します。」


「……出来うる限り叶えよう。」


渋々といった体の王太子に、リリアナはにっこり笑った。


「では、元王子である父ヘンダーソン公爵の首を持ってきて下さいな。胴体は要りませんわ。」


マリー王太子妃は驚きの余り姿勢が崩れた。王太子は彼女を抱き留め、叫ぶ。


「出来るか!」

「国益のためには自らを捨てるのが王太子ではありませんの?……交渉決裂、ですわね。ふふっ、さっさと殺したらどうなのです?」


リリアナの高笑いを聞きながら、ギルドは背筋が凍る思いがした。


(俺もああなっていたのかもしれない。)


短刀を握りしめた。


もし、父が何も言わずにギルドを逃がしていたら。


(追跡スキルを使って、ラジアの軍を殺し回って、王族を殺そうとして、捕らえられて、処刑前の牢の中で全く同じように……)


もしもの未来。そして目の前の女が歩んでいる破滅への道。


(牢の中から散々嘲りの言葉を吐き散らして、死ぬ。)


リリアナの眼前ではセノイが熱り立つ王太子を制止した。


「殿下、死を覚悟した人間は時にああなるのです。どうされますか?」


王太子は耐えきれないというように顔を手で覆い、声を絞り出した。



「……自白剤の使用を許可する。」


「精神障害が発生する危険がありますが。」


「致し方ない。」


牢が開く音、鎧と衣の擦れる音、ガラス同士がぶつかる音。


(さて、リリアナが老婆について吐いてしまったらどうしようか。ここを脱出して逃げるように言うしか無いな。)


液体の音、リリアナの喉が鳴る音、呼吸を止められ咽る音。


そして静かになった。リリアナは殆ど抵抗せずに薬を受け入れている。がっくりと前傾姿勢になった彼女を、衛兵は引きずり上げた。ギルドは自分の心臓が何故か大きく聞こえることを不思議である。


「レンタル婚約破棄を共に企んだ者の名は何か。」


セノイは、自白剤の効果を確かめるように強い口調で詰問した。リリアナはやがて恍惚とした表情で顔を上げた。


「……証言を拒否致しますわ。」


皆は目を剥いた。顔を見合わせ困惑する。


「お、王宮への侵入方法は……?」


「秘密よ。」


一同は騒然とした。


(……そうか、ババァは元暗部、リリアナに薬剤耐性をつけさせていたのか。)


そうと分かれば安心である。ギルドは熱を持った身体を冷たい岩壁で冷やす。リリアナは勝ち誇ったように微笑んだ。


「ふふふふふふっ。簡単に引っ掛かったわね。私に毒物は効かないのよ。」


「もう一度聞く、」

「教えない。」


リリアナは皆まで言わせない。兵士に両腕を掴まれてなお、きらきら輝く瞳が自我の存在を証明していた。

セノイは呆れ気味に首を横に振る。


「殿下、リリアナは毒を無効化するスキルを保有している可能性があります。自白剤の利用は一時中止し神官の判定を待つべきかと。」


自らの考えが壁に当たってしまったと知った王太子は明らかに動揺する。


「もし、リリアナが薬剤耐性を持っていた場合はどうするのだ。」


セノイは牢の中の兵士を引き上げさせしっかりと施錠する。


「薬が効かないのなら、身体に直接聞けば良いのです。……まずは手っ取り早く飢えさせましょう。よろしいですね、王太子妃殿下。」


「はい……。」

マリーは泣き出しそうな顔で頷いた。


「証言する気になったら、いつでも呼ぶが良い。待っておるぞ。」


王太子はマリーを支えながら親切心の籠もった声でそう言ったが、リリアナは肩を竦め軽蔑の視線を返しただけだった。


空元気、なけなしの力を振り絞って破滅へ突き進むリリアナを、ギルドは哀れに思った。



❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅❅


「お前、レンタル婚約破棄が出来るほど演技が上手いんだろ?だったら従順なフリでもしたらどうなんだ?」


人が立ち去りほとぼりが冷めた頃を見計らい、ギルドは姿を現した。リリアナは熱心に語るギルドを、今回は拒絶しなかった。


「……ギルド、見ていたのね。」


少し憔悴したリリアナに、ギルドは思いのままを打ち明ける。リリアナはベッドに座り看守から奪った針金を弄り回した。


その使い道は恐らく……。ギルドは説得を試みる。


「これ以上権力者を煽るのは止めた方がいい。あんたは自分の身が惜しくないのか?」

「惜しくないわ、これっぽっちも。さっさと止めを刺して欲しいくらい。」


ギルドは苛立ちに任せて拳を握り締めた。


(どうして……。どうして自分の身を惜しいって思えないんだ?どうしたらこの女を救えるんだ?何をどうやって伝えればいい?)


掬っても掬っても指の隙間から溢れていく水を掴むような心地で、リリアナをじっと見つめる


「なあ……」

「ああ、貴方に朗報。先程の質問の答えを思い出した。エルドラ王国王族の名前よ。」


即ちギルドの祖父母の名前。努めて平静を保っていたギルドは期待で胸が高鳴るのを感じた。


「エルドラ王国第三十代国王ランハルト3世。王妃はメアリーベル。王太子ランハルト4世、王太子妃アデラート。


新興国ラジアは南から攻め込んだ。当初、王太子は自ら陣頭に立ち軍民を鼓舞したが、ラジア軍が武器に魔術をかける事で壊滅状態になり籠城を選択。民衆を王城に避難させ籠城の準備を行った。しかし、城を包囲したラジア軍によって逃げ遅れた民衆の命を盾に取られた上、食料が尽きたため国王は降伏を決断。王族は国王、王太子含む一族全て自死。」

リリアナの出した答えはギルドのそれと細やかに一致する。


(じいちゃんとばあちゃん、親父とお袋のこと。十二年経っても覚えてくれていたやつがいた。……親父。)


ギルドは立っていられなくなり、地下牢の床に座り込んでしまった。心臓の音が耳元で大きく響く。


(親父の間違い、やっと一つだけ見つけた。)


リリアナがただの知識として頭に入れていただけだとしても構わない。ただ今この瞬間だけでも、ギルドが生き延びてきた甲斐があったというものだ。


(嬉しい。嬉しいけど寂しい。親父、お袋。会いてぇ。もう一度だけでいい。会いたい。)


「……決定的な敗因はエルドラが魔術に疎かったことと、ラジアが戦闘に禁術を使った事ね。『傀儡の魔術』を民間人にかけまくって即席の兵隊として使うなんて、非人道的にも程があるわ。」


そうだ。ラジアが戦闘民族であるエルドラを簡単に落とすことが出来たのは、国民を盾に取ったから。占領されたエルドラの民の命を使って、エルドラに侵攻したせいだ。

エルドラの城壁の上から見えたのは、ラジアを放逐する為に送った戦士が虚ろな顔で弓を放ってくる光景。

ギルドの背筋が凍り、小さく身震いをする。

(怖くなんかない。恐怖していない。ただの武者震いだ。)

動揺を悟られないように深呼吸をする。


「……ごめん、言い過ぎた。」


リリアナの申し訳無さそうにこちらを見ていた。冒険者ギルドで居続ける為には、ボロを出してはいけないのだ。


「そうだ。全くその通り。正解だ。わざわざ思い出してくれてありがとな。」


ギルドはなんでもない体を取り繕い、服についた砂を払う。


「どうってこと無いわ。私、あなたの事嫌いじゃないみたい。最初に会った時は……とんでもない奴だと思ったけど……。あの、その覆面を外してくれない?」


「何故だ?」

突然何を言うんだとリリアナを見つめれば、彼女は真っ直ぐにこちらを見る。


「私は沢山の人間のフリをしてきた。だから、人の顔を見れば大体分かるの。ギルドの本性を見てみたい。」


「……俺の本性。」


(俺がエルドラの王族だって、リリアナは見抜けるのか?ずっと隠していた俺の本性を。)


リリアナの得意げな態度がギルドの心を揺らす。顔はセノイにも見せたことがない。


(……もし、王子ってバレても隠密魔法で振り切れる。大丈夫、この女だけになら。)


認識されたいという欲求がふつふつ湧き上がり、ギルドはそれに身を任せた。


(ちゃんと平静を取り繕えるだろうか。笑えるだろうか。王子だと見抜かれはしないだろうか。)

巻き込んである布の端を引き出し、不安と一緒に黒い布を地面に落とす。常に外さないようにしているため、目元だけ日焼けをしているはずだ。


リリアナが小さく声を発して、ギルドの顔を覗き込んだ。好奇心からか、目がきらきら輝く。


「そんなにまじまじ見ないでくれる?恥ずかしいんだけど。」


ギルドは低い声には似合わない、幼投げな印象の顔立ちだ。貪欲に光る黒い瞳は整った顔立ちに似合わない。黒髪は短く、特に襟足を念入りに刈り上げている。


「へぇ、思っていたのと少し違うわね。年は幾つ?」

「十八。来月に成人。」

「奇遇ね、私もよ。」


顔をじっくり見つめたリリアナは、やがて眼尻を下げた。


「……苦労、してきたのね。」

「ああ。」


「戦うことを常に考えているでしょ。」

「そう、だな。」


「頼れる人は、少ないまたは居ない。」

「居ないで当たりだ。」


「ご両親からは愛情を受けて育った。」


ギルドは両親の顔を思い出し、そうだ、と肯定した。


「素敵な方だったのが分かるわ。少し厳しい方だったとも思うけど。」


また正解。ギルドは嬉しさのあまり、次口を開けば泣き出してしまいそうだった。誤魔化すために覆い布を拾い、元通りに巻き付ける。


「せっかく綺麗な顔立ちをしているのだから隠しているとご両親が泣くわよ。」


(泣かねぇよ。)


感情とは裏腹に、顔は素直だ。泣き笑いのような表情になるのを堪えて牢の出入り口へ向かう。


(ボロを出さない内に早くここから離れよう。……くそっ、リリアナの説得に来た筈なのにこっちが同情されてる。一旦仕切り直しだ。)


ギルドは牢から足早に出ようとしたが、足が止まってしまった。どうしてもリリアナに聞いてみたいことが出来たのだ。何度も迷って、言葉に出した。本当の自身のことを見つけてくれることを願って。


「エルドラにいた頃の俺の身分は何だったと思う?」


リリアナはじっと考え込む。


「農民……ではないわ。商人でもない。騎士にしては、発想が柔軟すぎるわ。でも武芸の心得は幼少期からのもの……。」

「何だ?」


「傭兵か……冒険者?」


(違う!違う違う!!俺は、エルドラの……)


全てを話してしまいそうになって、慌てて唇を噛む。親父の言葉を反芻する。老婆の言葉を反芻する。俺は王子ではない。リリアナは王子様が大嫌い。


「……そうだ。」


悔しさが滲まないよう最大限の意識をかき集め、ギルドはその単語を口にした。




読んでいただきありがとうございます!


リリアナの国(名前考えるの面倒くてまだ未定。)を含め、そのへんでは十八歳の生まれ月に成人します。リリアナとギルドは同じ年同じ月生まれ。


巷では年の差カップル多いのですが、同い年のペアもとてもいいなぁと♪

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