王子様=神出鬼没説
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王太子達は頭を悩ませていた。婚約破棄はあちらこちらで嫌というほど発生する。王宮の祝賀会でも学園の卒業パーティでも、あまつさえ王太子が王太子妃と仲良くお茶をしていた中庭ですら、庭師がメイドに婚約破棄を喚いていた。
そして婚約破棄を食い物にする謎の人物、『レンタル婚約破棄』の首謀者。もし彼女に依頼をしたならば、望み通りの結末を得られるだろう。
恋敵の没落。
不条理な婚約者の破滅。
平穏の享受。
貴族間の亀裂、不和、没落、スキャンダル等々、様々な平穏と引き換えに。
このままでは国が滅んでしまう。
王太子王太子妃の二人は危機意識を共有した。王太子妃はある一計を案じる。
わたくしたちを不仲と見せて、婚約破棄を演じれば良い、と。レンタル婚約破棄を依頼し、王宮に立ち入ったところを捕まえてしまおうと。
果たしてそれは成功した。国の安寧と引き換えに。
首謀者は王太子妃の異母姉、王太子とは従姉弟にあたる人物。彼女は悪女と汚名を着せられた聖女と前第一王子現公爵の娘。
死を覚悟した彼女は貴族に王家の秘密を暴いた。彼女は捕らえられ、地下牢に繋がれている。
彼女は地下牢で歌を口遊んでいた。全てが彼女の思惑通り進んでいる。憎き王子という存在を地に落とすためなら生命すら捧げるつもりであった。
だが、そんな彼女の元にも彼がやって来る。
そう、愛する女性のことで頭はピンク色、ピンチと聴けば順序をすっ飛ばしてでもやって来る、彼女の大嫌いな『王子様』が。
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ある兄妹は奴隷商人に売り飛ばされそうになっていた。
「おら、さっさと乗れ!」
奴隷商人の親玉は痩せた兄を馬車の中に蹴り込んだ。
「おにいちゃん!」
妹は手を伸ばし、一緒に馬車に乗り込もうとしたが。奴隷商人がその髪を掴んで持ち上げる。
「痛い!放して、お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「お前にはもう買い手がついてんだよ。さあ、お兄ちゃんにさよならを言いな。」
「うう……サキ!」
「お兄ちゃん!」
「ゲヘヘへ、涙ぐましい兄弟愛だ。」
「涙ぐましいのはお前の方だ、このハゲ。」
端正な男の声だけが、いきなり響いた。奴隷商人は驚いて妹の髪を手放し、部下を睨み回す。
「お、俺じゃありませんぜお頭!」
へっぴり腰の部下が慌てて否定する。その部下も、見えない何者かに頭を殴られ昏倒した。
「だ、誰だ、どこにいる!誰か、」
返事はなく、代わりに髪を強く掴む手とひやりと首筋に走る冷たい金属の感触。
「いねぇよ、もう誰一人としてな。」
奴隷商人の背後にいきなり現れたギルドは、緩やかに被った黒い目出し帽から黒髪と黒目が覗かせていた。光沢のない黒で統一された装束、茶のベルトを腰に巻き付け、短刀や鎖、小さな袋を幾つか下げている。
男は奴隷商人の髪を暴力的に振り回し、短刀で周囲を指した。
「よく周りを見ろよお頭。みーんな毛が薄らってるの気にして今日は早めにおねんねだ。理解できたよな、ハゲ。」
馬車の近くで奴隷商人の仲間が無体なすがたをさらして転がっている。つまり、この男を止められる者などいない。
「俺は、は、禿げてねぇ!」
男ーギルドは逆上する奴隷商人の髪を短刀でぶっちりと刈り取った。
「はい、禿げた。」
「あああーー!」
頭を押さえて呻く商人に、ギルドは短刀を振り下ろし、柄を頭蓋骨に叩きつける。頭に5センチ程の窪みをつけて昏倒させた。
「そこで寝ていろ、クズが。」
捨て台詞を吐いて、短刀を腰の鞘に仕舞う。売られそうになっていた兄妹はギルドを見てびくりと震えた。
「二人とも、痛いところとか無いか?」
返事はない。ギルドは気にすることなく、二人に歩み寄る。
「俺は冒険者。漆黒のハイエナだ。この闇市場をボコしにきたんだけど。」
ぽかんと口を開けたまま言葉が出ない二人に、ギルドは咳払いした。片膝を地面に付けて跪き、王子様がお姫様にやるような、ただし限りなく不自然な挙動をした。
「……えっと、き、きみたちをたすけにきたんだ、もうあんしんだよ……?」
ぐっと拳を握って棒読みのセリフを吐きながら、手を差し伸べるギルドに妹は頬を緩めた。
「……おにーちゃん、なんか、演技下手だね。ね、お兄ちゃん。」
兄の方は、ギルドに対してまだ警戒心を捨ててはいない。妹を引き寄せぐっと抱きしめるとギルドを睨む。
「心配しなくていい。俺はこの奴隷商人達を保安官に引き渡すつもりで来た、落ち着いたら声を掛けてくれ。あ、これ水と軽食ね。」
ギルドは腰の水筒と袋を外すと、子供たちの前に置く。それぞれを少し口に含んで毒見とした。
「お兄ちゃん、食べてもいい?」
兄妹二人が食べ物に誘惑されるのを見ながら、ギルドは奴隷商人を馬車の中に放り込む。危険物を取り上げ、食料を奪って鍵を掛ける。そして、馬車の牢屋の鍵を破壊して目の前に置いた。
彼らは数時間で目を覚ますだろう。そこには同じく閉じ込められた仲間と壊された鍵。野原の真ん中で助けは保安官しか来ない。それまで、奴隷の気分をとくと味わうと良い。
冷たい笑みを浮かべて、馬車に背中を向けた。その視線の先にいる兄妹はこちらを向いてもじもじとしていた。ぷっくりと膨れた口は、ご飯を一気に詰め込んだ証拠だ。
「安全なところへ行こうか、二人とも。」
ギルドは二人を抱き上げると、夜道を歩いた。暫くの間、ギルドが草を踏む音だけが続く。子供達には親がいないらしい。ギルドは保安局に賊の所在を明かした後、二人を信用のおける孤児院に預けた。
「助けてくれてありがとう。」
口をもごもごさせながら兄が言う。
「お礼を言うほどのことじゃないさ。」
妹はギルドに手を伸ばし、抱き上げてくれとねだる。ギルドが持ち上げると、妹は目をきらきらさせてギルドを覗き込んだ。
「おにーちゃんてさ、助けてくれたとき王子様みたいだった!風がさぁって吹いて、ばって登場して、かっこいい!」
彼は、正真正銘王子である。だが、王子と呼称されることは彼にとって本意ではない。
「……おにーちゃん?」
「おにーちゃん、大丈夫?」
兄妹に服を揺すられ、ギルドはやっと我に返った。
「……ああ。二人とも、いいかい?今回は俺が助けてやれた。でも、次は同じようにはいかないかもしれない。自分の身は自分で守るんだ。幸せになれることを祈っているよ。」
ギルドは妹を下ろし、兄の頭をぽんぽんと撫でる。兄は神妙な顔つきで頷いた。
「おにーちゃん、また会えるよね。」
ギルドは二人に向けて優しく手を振った。
「ああ、きっとな。」
「またねー!」
可愛らしい妹の声を背中に受けて、覆面の下でにこにこと微笑む。二人を助けることが出来て良かった。だが一つだけ、心に引っかかる言葉がある。それは、重く暗いギルドの闇に僅かに触れる。
「……王子様、か。」
ギルドは顔を顰めて、ぼんやりと遠くを見つめた。
街に戻ると、いつもより騒がしい喧騒があった。
「号外ー!号外ー!レンタル婚約破棄の首謀者はーなんと悲劇の少女!彼女の正当なる復讐譚、知りたい方は銅貨1枚!」
「……正当なる復讐……。」
ギルドは新聞屋に銅貨を握らせる。
「まいどありー!」
『リリアナ ヘンダーソン
婚約破棄騒動のすべての始まり、全聖女と前王太子の子か。』
『ー彼女は母リリスを貶めた父に復讐するため、人生の全てを捧げた。
ー地下牢に収監。国王は処刑の判断を下すのか?
ーレンタル婚約破棄は複数犯の可能性あり。保安局は情報を求む。』
ギルドは新聞をぐしゃりと握り潰した。ばらばらに破き、ブーツで踏みつける。
「……復讐なんかしちゃいけねーんだよ、リリアナ。お前が歩むべき道を間違えたんだ。俺は……絶対に間違ってなんかない。」
ただ、それだけで苛立ちが治まるわけではなく、ギルドは足音荒く、近くの酒場に立ち寄った。
「親父、いつもの。」
「へいへい、酒場に来てまで物好きな方ですね、漆黒のハイエナさん。」
店主の意味ありげなウインクを睨み、飲み物を受け取った。氷が揺れる。ジョッキの中身はただの水。浴びるほど飲んだとしても酔うことはない。ただ、いい感じに酔っ払っている人間の近くにいると、そんな気分になれるのだった。
丁度いい感じに酔っ払っている老婆がいる。
「隣の席、失礼するぜ。」
老婆は昼間だと言うのに、可哀想なくらいに酒を煽っては叫び、泣く。少し相槌を入れてやると、落ち着きを取り戻し事情を話してくれた。
ギルドは確信する。この老婆こそがリリアナの相方だと。老婆はリリアナの復讐を望んではいない、リリアナに幸せに生きて欲しかっただけだ。
(ババァ、リリアナを助けてやる。あんたのためじゃねぇ、俺はリリアナを救って、俺自身が、俺の親父が正しかったことを、証明する。)
去り際に老婆は、ギルドの背中に一言告げた。
「あの娘は……王子様が……大嫌いだ。」
ギルドはもう王子ではない。王子であったことを証明するものは何も残っていないから。
「ああ、気をつける。」
あとはギルド自身が話さなければいい。
ギルドは不敵に笑った。
紙ばらばらにするの意外と快感だったりします。
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