王子様=非リア充説
よろしくお願い致します!
秘密。
これらは物語に無くてはならない重要なスパイスである。
ある者は未来を。
ある者は知識を。
ある者は強大な力を。
ある者は過去を。
ある者は愛を。
隠し続ける。
そして、物語の良き頃合いで明らかになる秘密は、読者を一層惹き付けるのだ。
だがもし、もし。
彼の秘密を、知られてはならない相手に気付かれてしまったなら。
彼女が、自らの秘密を打ち明けなかったなら。
それは悲劇の幕開けとなるだろう。
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リリアナがリリスの無実を訴えた日の夜のこと。王城に一人の男が密かに忍び込んでいた。
彼は『ギルド フォン エルドラン』。亡国エルドラの直系王族であり、今は冒険者『漆黒のハイエナ』を名乗っている。
ギルドは老婆のためにリリアナを救い出すつもりである。彼が保有する『追跡』のスキルによって、彼女の居所を探るのは朝飯前の事であった。
月夜に照らし出される夜の王城。その地下に近い牢獄から悲鳴が響き渡る。
ギルドは信じられない光景を目の当たりにしていた。救い出すべき姫には、王子様なんて必要なかったからである。
「良くも巫山戯た真似をしてくれたものですわ。」
リリアナは看守の髪を掴んで、牢屋の壁に一度二度と叩きつける。容赦はない。リリアナが手を離すと、気絶した男は牢の床に崩れ落ちた。
(えっ!?は?!あ?!)
リリアナは看守達に冷めた視線を向けつつも、どこか面白がっている様子だ。
「私に手を出したらどうなるのか、想像もできなかったのですね。可哀想に。」
牢の格子側では、看守の服を着た男が格子に挟まった頭を引き抜こうと藻掻いている。男は、リリアナの素足と石畳が擦れる音を聞いて、恐怖で震え上がった。
「あなた達を送り込んだバカはどこのどいつですの?答えなさいな。」
「へ……ヘンダーソン公爵。」
「それ程までに、私がリリスの娘である事を撤回させたいのですね。しかし、現実は覆りませんわ。クソ親父とリリスの娘という事実は永久に変わらない!」
「はっ……汚らわしい聖女の娘がなにを言っても無駄、証拠がなあああぁぁぁ……ぁ……!」
リリアナは看守の首を、素足で格子に押し付ける。そして、喉が詰まってのたうち回る男を冷たい目で蔑んだ。
「証拠が、なんですって?モウイチド、はっきり言ってご覧なさいな。」
リリアナは、白目を剥き口をぱくぱくさせた男を気絶する直前まで追い込んでから、足を離してやる。
「証拠が無いなら、牢屋に居る女性を蹂躙しても良いのですか?ま、あなた達にも理解しやすい言語で話してあげましょう。」
既にリリアナに昏倒させられ床で気絶した男を、瞬く間に蘇生させる。呻く男のその腰の上に片足を置いた。
(理解しやすい言語って【肉体言語】かよ!どんな語学堪能な姫様でも使えねーぞ普通!)
「いいか、この位置の下にあるのは腎臓。私が足で蹴り下ろすと、簡単に破裂する。片方潰しておくから、二度と来ないように。次来たらもう片方を潰す。そうなれば体全身に毒が回って死んでしまうと思うけど、私の知ったことではない。」
(怖えぇ。マジ怖え。あんのババァ。俺が来なくても良かったんじゃねぇのコレ。)
リリアナのドスの効いた声に格子に刺さった男は喚き、頭を引き抜こうと半狂乱で格子を揺する。ついに、男の首が格子からスポンと抜けた。手をばたばた振りながら、気絶した男を牢の外に引きずり出し、命からがら逃げ出していった。それを見届けてから、リリアナは簡易的なベッドに座り込む。
「はいば〜か、ざまあみろ。」
拳を開くと、手の中には男共から毟り取った釦や金属片、小銭が残っている。
(そういや老婆が言ってたな。リリアナは解錠が出来るって。あれでなにか作るんだろうか。)
リリアナはベッドの隙間にそれらを隠すと、立ち上がってくるりと回る。牢屋の中は撃退された男共の血が飛び散り恐ろしい惨状だ。
「夜遊びの相手まで与えてくれて愉しい限りだわ。」
リリアナは重い罰を与えられても怯む気などないに違いない。つまり、彼女は死ぬ気だ。その意思はあの老婆ですら変えられなかったもの。
ギルドは頭を目まぐるしく回転させた。どうすればリリアナを救い出せるか、どうすれば逃げたいと考えてくれるか。はるか昔に叩かれた頬の痛みが蘇る。だが、彼女にこの方法は使えない。
(……どうしようか。)
人を変えるのに最も有効的な手段は惚れさせることなのだと言った、悪友の言葉が蘇る。問題なのは、ギルドにその経験が全く無いことなのだが。
リリアナは水路からバケツで水を汲み、壁に撒いて汚れを洗い流す。手から滑った桶が水路の中へざぼんと戻った。
「私の純血は誰にも奪わせない。私は絶対に折れないわ。」
宣誓するかのように、リリアナは手拭いを桶に浸ける。よく絞り、それで血の付いた体を拭った。真っ白の肌には傷一つない。
『♪〜』
リリアナは母リリスに教わった賛美歌を口遊む。歌声は美しく、皮肉に残酷に牢屋中に響き渡る。
『♪…………?』
(どうしたんだ?)
リリアナは歌うのをぴたりと止めた。怪訝げに眉を顰めて何もない空間をきょろきょろと見回す。
「そこに誰か居るのね?」
ギルドはぎょっとして息を潜める。
(俺の事、見抜きやがったのか?)
ギルドはリリアナの勘違いだとでもいうように物音一つすら返さなかった。水浴みを黙って覗いていたという後ろ暗い気持ちと、バレるはずがないという思い込み。リリアナは貯め込んでいる石を一つ拾い上げて弄ぶ。確信に満ちた瞳がこちらを向いた。
「誤魔化しても無駄よ。さっきと音の反響の具合が違うんだから。」
(見破るなんて、大した奴だ。……まぁ、接触しなければ助けるものも助けられないからな。)
ギルドは隠密魔法を解除する。
隠密魔法特有の、視界のぼやけが一気に治まった。はっきりとした視界で見えるリリアナは綺麗な女性だ。艷やかな銀髪に負けず劣らず白い肌。紫の瞳は月明かりで鈍く輝く。
(綺麗な人だな。この世にいるのが信じられないくらい。)
リリアナはギルドから目を逸らさず、一歩二歩と後退りする。そのような警戒を嘲笑うかのようにしてギルドが口を開いた。緊張してそうなっただけだが。
「こんな時にも賛美歌を口遊むなど敬虔な女神の信徒なんだな。」
目出し帽から低い声が響く。リリアナは深紫の瞳に怒りを滲ませながら、立ち上がった。石はしっかりと握りしめたままだ。
(言葉選びミスったー!)
「母を助けるどころか誘惑を許した神なんぞに興味はないわ。歌いやすいから歌っているだけよ。」
リリアナはギルドの持ち物の細部に素早く目を走らせた。中肉中背だが戦いを生業とする人にしては細身であることが、リリアナをさらに警戒させる。戦闘に優れた人間であるほど、筋肉量も少なく一般人と見分けが付かないのだ。
「誰?それから何の用?」
(マシな話題、何かねぇかな、どうしよ。)
「その……」
「待って。……あなたは王家の影ではない。そもそも、王宮に勤める人間の振る舞いではないわ。賞金稼ぎもしくは冒険者でしょう。とすると、侵入手段は非合法ー特殊スキル持ちなのね。隠密魔法の使い手に黒装束、ギルドメンバーで該当するのは……あなたは【漆黒のハイエナ】?で、何の用?」
図星。そして月明かりが差す中、こちらを見上げるリリアナはとてつもなく可愛い。
(やべぇ、何か言わねーと。えーと惚れさせないといけないから……。)
『女を口説くときは素直に言葉にするんだ。』
女関係に長けた悪友の言葉を思い出し、ギルドはコホンと咳払いをすると直球で言葉をぶつけた。
「お、おれは、あなたにほれました、いっしょににげてけっこんしませんか。」
(やらかしたーー!!)
棒読み、ぎこちなく不自然な挙動、引き攣った笑顔、そもそも隠密魔法で覗き見していたという後ろめたさ。黒装束に目以外を隠した顔。変質者以外の何者にも見えない。
汗がギルドの顎にたらたらと伝う。
つまり、最悪だ。物語の美女に執着するゲス並みの条件が我らが主人公にピンポイントで揃っている。ギルドは愛想笑いを浮かべて、リリアナに助け舟を求めたのだが。
「寝言は寝てから言えば?」
リリアナは眉根を寄せ、絶対零度の嫌悪と生ゴミに対するような侮蔑の表情を浮かべた。リリアナが桶を足で蹴飛ばすと、飛び出した水が勢いよく岩の上を滑り、ギルドのブーツのつま先を濡らす。
「それとも、目覚まし用の水が必要かしら。」
リリアナは桶を水路に蹴り込み、再び水を汲む。
(ひええええっ!さっきの看守たちみたいにぼこぼこにされる未来が見える!)
「ひ、必要ない。今のは、その、寝言だと思って忘れてくれ。」
「分かったわ。全部水に流すわね!」
水路から鉄格子を越えて、水がぶち撒けられた。
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「んで、命からがら逃げてきたって訳だ。へっくちっ!……くそ、風引いたな。」
翌朝、城の中核におかれた保安局。そのうちの情報事務官執務室の鼻紙がまた一枚、屑籠に捨てられる。
書類が山積みになった部屋で不機嫌そうなギルドと、ゲラゲラ笑い転げ床をばたばたと蹴る保安局員セノイがいる。
セノイとギルドは職業柄顔馴染だ。年が近いこともあり、俗に言う悪友という間柄である。ギルドはセノイに相手がリリアナであるという事実を隠して事の顛末を話していた。
「おま、お前、初見の女の子に開口一番、で……結婚してくれとか……!今どきそんなンいわねーぞ⁉」
ヒーヒーと苦しそうな呼吸の下からまた笑い声が響く。ギルドは流石に舌打ちをかました。
「いい加減にしやがれ、くそ警官。おめーの忠告通りにしたらこうなったんだ。」
ギルドは微妙に鼻声で唸った。セノイはそれにまた吹き出すと、よろよろと椅子に戻り机をバンバン叩く。
「ははははっ!いつの時代の王子様だよ、どんな眉目秀麗な男だって棒読みでそんな臭いセリク吐かしたらそら女の子逃げるわ!」
ギルドはぐっと詰まり、彼を睨むが言い返せない。臭いセリフをリリアナに初見でぶちかましたのは事実なのだ。
「俺だって、時間が巻き戻せるならセリフ吐く前の自分を殺しに行ってる。」
あからさまにしゅんとなったギルドに気を使ったのか、セノイは話題を変えた。
「で、その女の子はどんな子なんだ?どこに惚れたんだ?美人か?気立てのいい子か?」
ギルドはなんでもない顔をしながら頬杖をつく。月明かりが当たったリリアナは確かに綺麗だった。
「まぁ、超絶美人……だな。うん。」
「……え?それだけ?お前それだけで惚れたのか?その子の性格とか好きな仕草とか好きなものとか知らねーのか?」
(性格、好きなもの、か。)
「うーん……まぁ、性格はキツいな。あと、桶を蹴り上げる動作、あれはマジで綺麗だった。好きなもの……ゲスい男をしばくのは好きなんじゃね?」
全く正直すぎる素敵な回答である。
「まともな女じゃねーのはよーく判った。」
セノイは机に突っ伏して小さく早口でぼやく。
「悪い女、それも超絶悪質なのに引っ掛かってやがる。それは、男を足蹴にして喜ぶタイプだぞ?絶対やめといたほうがいいって。ギルドは面食いなんだなー。ギルドを花街に連れていって性癖直さねーとやべーのに引っ掛かる気がする、やっぱ恋をするべき女は勉強しねーと。」
「丸聞こえだぞくそ警官。花街には行かねぇって何度も行ったはずだくそ警官。ふぇっくしゅっ。」
鼻紙を差し出しながら、セノイは同情的な視線を送ってくる。
「ああ、お前は女苦手なんだった。酒もアレルギーで呑めねーし。人生の大半損して過ごしてるぞ?まじで女と酒は人生変わるからな。」
ギルドも年頃の男、当然興味がある。だが、昔の約束のために流されるわけにはいかない。流されないために、女性には一歩たりとも近づかない。出入り口で、ギルドは立ち止まってセノイを一瞥した。大抵の悪人が気絶するレベルの威圧をその目に宿して、保安官にぶつける。
「黙れ、脳みそ真っピンクふしだら警官が。お前は彼女に浮気がバレて半殺しにされるか結婚詐欺に引っ掛かって穴の毛まで毟られろ。」
「悪口はすらすら出てくるんだな、ま、そのちょーしで彼女口説けよー!」
欲求不満の切れ気味ギルドに手拭いを振って応援するセノイは、なかなか図太い性格をしているようだ。
「あ、そうだった、ギルド。」
「あ?」
「レンタル婚約破棄の件は知っているよな。その仲間と思しき人物を早急に捕らえるように保安局は動いているんだが。お上は一般市民にも密告権逮捕権が与えようかと画策中だ。」
セノイは書類をびらびらと振った。その案はいつの時代も国王が繰り返す愚行である。
「魔女狩りで沼ること確定じゃねーか。止めとけって、お堅い制服さんは動きが鈍いくらいが丁度いいんだ。」
「そこで、沼る前にお前が捕まえたらどうだって提案だよ。こないだの奴隷市場ぶっ潰したのも全部お前の手柄。手腕からも十分信用できるし偉いさんはこの一件を揉み消そうと躍起になってる。運が良きゃあ叙爵されるかもな?」
酒場で出逢ったあの老婆を売る。そうすれば一生困らない金が手に入る。ギルドにはそれが出来るスキルを持つ。
だが、ギルドにとって爵位や報奨は、さらなる危険にさらされるだけのリスクの塊でしかない。
暫しの逡巡を、セノイは皮算用と受け取ったらしい。
「興味がありゃあ、明日ぐらいにもっかい来てくれ。」
金にしか興味がない賞金稼ぎ【漆黒のハイエナ】を演じる身としては、明日も脳みそ真っピンク警官に会いに来るしか無さそうだった。
あーあ、リリアナさん……初対面の人に少しやりすぎです……。
あと、ギルド。コロナも落ち着いてきたので、告白する時くらいは覆面外しましょうね。完璧に変質者です。
読んで頂きありがとうございます!




