女神=始まりの挨拶
お久しぶりです!
よろしくお願い致します!
女神。
それはこの世界で最も多く信仰されている存在である。
勇者には力を、
聖女には加護を、
悪人には不幸を、
もたらすと信じられている。
国教でもあり昔話にも登場する女神は、リリアナの祖国の聖なる泉に住まう架空の存在だと信じられている。
しかしアストリエのごく少数の聖職者達は知っていた。女神には御神体があるのだ。
泉の中の祠に祀られた、金色の光を放つトランプのカードのようなもの。
リリアナがアストリエを離れた日のこと。聖職者が御神体の手入れをしようと泉の祠を開いた。
御神体は忽然と姿を消していた。
教会は騒然となり国の上層部は大混乱。
管理不行き届きとして聖職者のトップが更迭された後、セノイに【御神体を早急に回収せよ】との命令が下された。
だが、セノイにはその仕事を後回しにした。御神体などただの飾り、リリアナが報告してきた投資詐欺の件の方が重要と判断したためである。
御神体、いや、金のカードが自由意志を持っているとは思い至らず……
✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡
先述した通り、金のカードには女神としての自覚と意思がある。リリアナの母国、アストリエの地下牢に舞い降りた。
牢屋には一人の男が処刑を待っていた。頭のてっぺんの毛をぶっちりと毟り取られたこの者は、物語冒頭でギルドに捕獲された奴隷商人の一味である。女神はその男の前にふっと姿を現した。
「だだだだだだ誰だてめぇ!!」
宙に浮く美女、半透明に透けた姿、金色の後光を帯びる姿はどこからどう見ても女神そのものである。
「私は女神よ。」
驚く男に、女神は自信たっぷりにそう言うと男の手を取った。真剣に男を見つめ、涙混じりに訴える。
「お願いがあるの。【魔王】を倒して世界を救って。」
「魔王……って誰の事だ?」
つばを飲み込み尋ねる奴隷商人に、女神は幼子に言い聞かせるように答えた。
「金眼のエルドラ人のことよ。」
奴隷商人はエルドラの名を聞くと恐怖に震え上がり、女神を突き放した。
「エルドラ人だと!お断りだ!!肌が浅黒くて野蛮な戦闘民族だろ!下手すりゃ殺される!絶対に嫌だ!!」
女神は当初、男の怯えようをきょとんと眺めていたが、やがて長い溜息をついた。
「あーあー、こんなへなちょこでは無理ね、仕方ないわ、あんまりこの手は使いたくないんだけれど。人格ごと入れ替えてしまいましょう。えい!」
女神が力を男に注ぎ込むと、男は気絶した。待つこと数秒、男は目を開け、周囲を興味深げに眺める。
「ここは……?俺は一体……確かスクランブル交差点にいて……トラックがぶつかってきて……それで、ここは日本じゃない……もしかして、転生……とか?」
目の前に佇む女神を完全に無視して独り言を呟く男に女神は痺れを切らした。
「お〜い!!」
「お!!」
男は満を持して女神の前に仁王立ちする。
「女神様……つまり、ここは異世界……?!ネット小説とかによく出てくる中世ヨーロッパを基調とした異世界か!」
「……ごめんなさいね、ちょっとしたトラブルで貴方を死ぬ運命にしてしまったの。話が早くて助かるわ、この世界の魔王を倒して欲しいの。」
「魔王?」
「そう。世界を滅ぼそうと企んでいる男がいるの。その男は金眼を持ったエルドラ人よ。そいつを倒せば」
「世界が救われるんだな。」
トントン拍子に進む話に満足したのか、記憶の形成が上手くいって安堵したのか、女神はにっこりと頷く。男は一息つくと、女神を上目遣いで見上げた。
「なぁ女神様。チートスキルとかはなんかない?女神の手違いで死んだと言うならそこら辺色付けてくれないと。」
「いいわよ。」
女神はまったり微笑む。女神は未来の知識を使い、奴隷商人の身体や顔、魔力器官を組み替える。
「貴方のチートスキルは【時間停止】。頑張ってね。」
女神は金のカードに滑り込むと、眠りにつく。男はーいや、新たな主人公は魔王を倒すべく拳を突き上げたのだった。
女神は早速牢を抜け出していった勇者を見送った。
「これでいいの。けれども相手は魔王、油断は禁物ね。味方は多いに越したことはないわ。」
女神はふわりと宙に漂う。
街灯が煌めくリリアナの祖国、アストリエの城下町を見下ろすと穏やかに微笑んだ。
その夜。
「キャーー!」
ベッドの中の令嬢は、絶叫を上げて飛び起きた。
駆け寄る両親に、令嬢はたった今タイムリープしてきたかのように悲惨な未来を語った。
「魔王が、魔王がこの世界を侵略しに来ます!」
最終的に目的を達する力を常人の5倍程度持つ。
✡
狭量でわがままな令息。その頭の中の記憶を女神は書き換える。
科学の発達した日本、君はそこでうっかり死んで転生して今この身体だ。お詫びと言っては何だが、チートスキルを付けておいてあげよう。
人格を更生し直された令息は、二つ返事で状況を飲み込んだ。
✡
ヤンデレ系の令息は、何故か徹底して避けてくる意中の女性を問い詰める。まあ、そんな経験をしたと男女両方の記憶を書き換えたのは女神なのだが。
「何故僕を避けていたのか教えてくれないかな?」
女性はあっさり白状した。
「実は私、前世が日本っていう国で、乙女ゲームやっていたんです。トラックに跳ねられて死んだんですけど……それで貴方は魔王に殺されます。」
令息は熱り立って魔術を学び始める。
✡
彼ら三人だけに留まることはない。
「キャー!お嬢様が頭をぶつけなさったわ!」
「キャー!旦那様!ご子息が部屋を爆発させました!」
「旦那様!奥さまが魘されておいでです!」
「キャー!屋敷が浮いています!誰ですの!!」
「お父様!!お姉様がうわ言を!」
「旦那様!引き籠もりだったご子息が、庭で素振りをなさっています!」
「おばあさましっかりしてください!餅なんか食べるから!」
魔王を殺すことに助力出来るであろう人間の記憶を、女神は全て書き換えていく。
「公爵令嬢が階段から落ちたわ!」
「公爵様が、公爵様が急に得意げに魔法を!」
「男爵令嬢が目をきらきらさせながら年月日を尋ねておいでです!」
「え?」
「なんですって?」
「別人の記憶が宿っている?」
「チートスキルがある?」
「実は人生三回目!?」
「神様から天啓を頂いた?!」
「「「魔王を殺さなければ世界が滅ぶ!?ですって!!!」」」
「魔王って誰の事?」
「名前は?」
「「「分かりません。でも」」」
「はっきりしていることが」
「ちゃんと見たんです」
「魔王は」
「「「明星のような金の眼を持つエルドラ人」」」
こうして、この世の中に【魔王】という概念が誕生した。
ああ長かった、書きたかったというか、書いてたのに長い間お蔵入りしていたエピソード……
やっと、やっと御目見です……!!
目指せ完結!