悪役=大量殺戮
少し長くなってしまいましたが、あと更新も遅れましたが。
よろしくお願いします!!
あ、あと元ネタ↓
「あなたは全きものの典型であった。知恵に満ち、美の極みであった。」
「わたしはあなたを油そそがれた守護者ケルブとともに、神の聖なる山に置いた。あなたは火の石の間を歩いていた。」
—エゼキエル書
ギルドの手から滑り落ち他短刀は魔法陣に深々と突き刺さった。
「構え!!撃……」
まるで地面が欠伸をするように、ゆらゆらと気味悪く揺れる。揺れは段々強くなり、やがてピタリと収まった。
「な、何だよこれは……!!」
ラジアの兵士達の慌てふためいた声を聞いて、ギルドは何か大変な事をしでかしてしまったのだと自覚した。
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「ギルド、こちらへいらっしゃい。」
「はい!お母様!」
ギルドは母の側に腰を下ろす。母は王太子妃の気品あふれる手つきでギルドの詰め襟の皺を伸ばした。
「後で来賓の皆様にご挨拶をしなくてはなりません、ここに座って。」
母は小箱から金色の竜をあしらったピンをつまみ出すとギルドの襟首に取り付ける。
「これは国章の金竜ですからね、絶対に無くしてはいけませんよ。」
ピンを付け終えた丁度その時、居室の扉が開きいた。正装をして、若干苛ついた父が自身の頭を撫で回す。
「やれやれ、建前と面子を気にしては話が進まぬというのに……。」
「あ、父上!!」
幼子のギルドは父の足に抱きついて抱っこを所望する。父は不満げな表情を隠すと、ギルドの要望に応じた。
「父上、母上が金竜をつけてくれたのです!でも、金竜って何?」
「エルドラは一方を除く、山で囲まれた盆地なんだ。エルドラの民は輪のような山々の中で狩猟をして暮らしていた。」
王太子である父は城の高台のテラスへギルドを連れて行く。王城を囲むようにそびえ立つ黒い山々は、ギルドにとって庭も同然の世界だ。父はその山の一つを指さした。
「一番奥の一つだけ色が薄い山があるだろう?金竜はあそこの山の中でずーっと眠っていて、百年に一度目を覚まして大暴れをする。」
「大暴れ?」
「そう。山から頭と尻尾を出して大暴れ。木々は燃えて獲物は焼け死に、人々は大いに困った。そこで勇敢な族長が山々に登って金竜を怒らせた。金竜は族長を殺そうと頭と尻尾を山から出した。」
「その族長は金竜に焼かれちゃうんじゃ……?」
「だが、金竜は百年に一度の大暴れを終えた直後だった。それに族長は恐ろしく足が速くてね、金竜の尻尾から逃げ切った。
その後、金竜が大暴れしないよう族長が時々金竜を起こしては逃げ切る【族長試し】というものをするようになったんだ。」
「今はそんなのないよね、ね?」
「はははっ、そうだな。最後にやったのは国王(父上)の子供の頃だから……七十年前だ。」
百年に一度……あと三十年くらいであの色の薄い山から、世にも恐ろしい金色に輝く竜が出てきて全てを焼き尽くす。
きっと想像もできないほど大きくて危険な存在なのだろう……。
ギルドは父の服に折り目がつくほど強く握りしめた。
「あとね、ギルド。この王城は盆地の底にある。金竜が起きたらすぐに王城から逃げ出して、金竜から遠い山の上へ登るんだよ。そうしなと金竜に捕まって二度と地上には戻って来れないらね。」
「王城と金竜の山はこんなに離れているのに金竜はここまで来るの?」
「ああ。……そう言えばアディ。金竜の封印について貴方のお父上に聞いておいてほしい。あの封印は手入れを怠るとすぐ壊れてしまって金竜が顔を出して来てしまう。」
「分かったわ、ランハルト。」
父と母の会話を聞きながら、ギルトは金竜の山を見つめる。黒黒とした山の下に金竜が眠っているようで、怖くて父の服に顔を埋めた。額に当たる固いものは自分と同じ金竜の意匠のピン。
先程聞いた身の毛のよだつ話が怖い。
嫌だ。
何でこんな怖いものを国の紋章にしたのか。
「金竜やだ!!金竜やだ!!見ない!!」
侍従が3人の子供達を引き連れて入ってきた。癇癪を起こしてぐすぐす泣くギルドを子供のうちの一人が誂った。
「なんだ、金竜如きで泣いているのか!弱虫だな!!」
「シリウス酷いよ。ギルド、服が汚れるからちゃんと拭いて。」
年上のファイはギルドの顔をハンカチで拭ってくれる。
「ファイがギルドを甘やかすから弱虫のまんまなんだよ!!」
「シリウス、これから外国の方との顔合わせに同席するのよ。お願いだからじっとして?」
ませたニュクスは、弟のシリウスを嗜める。
「ちぇっ……分かったよ姉さん。」
侍女達が子供たちの服装を細部まで整える。ギルドはハンカチで顔を拭うと、父を見上げる。
「ハミイル族のファイ。
ルーリー族のニュクスとシリウス。
それからエルドラ族のギルド。
未来の族長が揃ったね。
それじゃあ、行こうか。」
父は子供たちを誇らしげに見つめると、会食の場に4人の子供を誘った。
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(やば。)
ギルドは現在ラジアと取り引きする為にエルドラ最奥の山ーつまり金竜の巣にいる。
ギルドが足で踏みしめている地面ー白い石に描かれた緻密な魔法陣は短刀が刺さった部分からひび割れが走った。
(金竜の封印が解けてしまった……!)
ひび割れが金色に光り、地面の下にいる何者かが頭を擡げるように岩盤ごともこりと膨らむ。
「早く逃げましょう!!」
ファイの怒声がギルドを正気に戻す。兵士を押し退けて、脱兎の如く山を下る道へ駆け出した。
『金竜に捕まれば二度と地上には戻ってこられない』
「…………っ!!」
ギルドは金竜の短刀と鞘を回収すると、足を必死に動かして山を転がるように下る。ファイも金竜の恐ろしさは伝え聞いているようで、その顔面は蒼白だ。
「エルドラの王族が逃げたぞ、殺せ!」
状況の甚大さにまだ気づいていないラジアの兵士が背後で叫んでいる。
どうしようか、逃げろと叫んでやろうかと考えた表情をファイが目ざとく見つけた。
「あいつ等はもう手遅れです!!【族長試し】は迷った奴から死」
ファイの言葉が終わらない内に背中から轟音が響く。火山の山頂から空を覆うほどの金竜がー溶岩が柱となって吹き出した。赤くなっては金に輝き、時々紫の雷光が散る。
ラジアの兵士達は金竜に飲まれて間違いなく死んだ。人間など歯牙にもかけない金竜の恐ろしさは熱、光、音、揺れ、振動、硫黄の匂い全てが伝えてくる。
赤の礫の一つが飛来して、正面の大木に覆い被さる。木は身を捩って燃え上がる。
ドドドッ
そして今までの噴火が前座だとでも言うように、大きな揺れがギルドとファイを襲う。
地面が揺れとともに垂直に傾いていく。
(岩盤が崩れる……!)
ギルドは木にしがみつきながら、数秒かかってようやく理解する。後ろを振り返れば溶岩の川がすぐ後ろに迫って来ていた。
「ギルドッ!!」
ファイの声の方へ振り返ると、ファイはいつの間にか遠くにいた。そしてその間には地獄の入口のような谷が口を開けている。裂け目は岩盤の滑りと共に広がり、二人の距離がどんどん離れていく。
「飛んでくださいッ!!」
迷う暇など無かった。身体は躊躇わずファイに向かって飛んだ。
(ああ、何でこんな事になったのだろう。)
ファイが限界まで手を伸ばし、ギルドの手を握る。
ファイの握力はこちらの骨ごと握り潰すのではないかというほど強い。しがみついていた岩盤の雪崩が収まると、ギルド達は再び山の下へと駈け下る。
「俺達はどこに向かっている?」
「もう分かりません!!」
息が上がり、蒸し暑くなる空気が苦しい。懸命に走っているのにも関わらず、すぐ後方の木々が爆ぜながら燃える音がした。振り返れば高温の液体が数メートルの距離まで迫っていた。
「木に登れ!!」
ファイとギルドが目の前の巨木にしがみつけば、地面が金の絨毯で覆われる。ホッとしたのも束の間、溶岩で根元を覆われた木は徐々に傾いていく。
溶岩の上に倒れたら即死。悪足掻きと知りつつ、二人は傾いた巨木の先端までなんとか登る。
ギチギチと悲鳴を上げて、とうとう巨木が倒れる。迫ってくる地面はとうに溶岩で焼かれた山肌の上だ。
しかし奇跡が起きた。巨木の先端が倒れた衝撃で折れ、先端にいたギルドとファイは遥か遠くに飛ばされる。ごろごろと投げ飛ばされた先は、溶岩が到達していない空き地。ギルドとファイは九死に一生を得たとばかりに走り出したのだが。
「……崖だ。」
助かる見込みがないか、ギルドは入念に探した。しかし、対岸までは距離があるため、ジャンプしたとしても辿り着けない。最悪に最悪を重ねて、崖の下には溶岩が流れている。また異世界の万能ツールである魔法は、溶岩に含まれる魔力と反応してしまうため使用できないのだ。
「……観念したほうがいいかもしれないですね。」
ファイは遠くを見て寂しそうに笑った。そもそも、金竜が暴れ出したのは誰のせいだろう。
「俺のせいだ……!!巻き込んで本当に済まなかった!!」
ギルドは偶然金竜を起こしてしまった点について全力で謝罪した。
「誤って済むことじゃないのは分かっている。だけど……!!」
「貴方は優しい。」
予期していなかったファイの返答にギルドは首を傾げた。
「ギルドはラジアの人間を滅ぼす前に交渉のチャンスを与えたのでしょう?悪いのは、貴方の交渉を無視したラジアの方ではないですか。」
どうやらファイは、ギルドが意図的に金竜を起こしたのだと誤解している。
「違……」
「ファイ!それとギルド!!」
太く大きい声がギルドの言葉を遮って響いた。声の先を見ると、対岸に仁王立ちしているエルドラの女性、ニュクスが目に映る。
その隣ではニュクスの双子の弟シリウスが、姉の腰に丈夫な綱を結び付けていた。
その綱の反対側を握るのは、五十人程のエルドラの民達。
「受け止めてやるからこっちに飛べ!!」
ニュクスがやらんとしている事をギルドは理解した。しかし。
「この距離では無理だ!」
「信じろ!!!」
ギルドは隣のファイの表情を読み取る。どうやら、助かる確率があるのならゼロに等しいとしても実行するつもりのようだ。
「『いち』で飛べ!!いいな!!行くぞ!!」
ファイとギルドは崖から遠ざかると助走距離を稼ぐ。
手に汗がじわりと滲む。
「さん!」
ふと熱気を感じて振り返ると、金竜が再び追って来ていた。もし、今飛ばなかったら死ぬ。
「に!」
もう飛ぶしかない。
「いち!」
ファイと同時に駆け出し、崖から飛んだ。案の定、宙に浮いた身体は対岸に届くことはなかった。放物線を描く先には赤金の溶岩。死への焦りと浮遊感が重なって身体に震えが走る。
「行け姉さん!」
対岸の崖の上で大男のシリウスがニュクスを頭上から投げる。
「ファイ!ギルド!」
崖に身を投じたニュクスが輪投げの要領で綱をこちらに投げる。だが僅かに届かない。ファイがギルドを蹴る。ニュクスの縄を握りしめる。だが、ファイは溶岩へと落ちて……。
「ファイ!!」
ギルドはファイを見捨てたくなかった。
「ファイ!!!」
(俺に全ての民を守る運さえあれば!)
突然、溶岩が沸騰し爆発した。爆風でファイの身体が吹き上げられる。
「手を!」
ファイの身体が近づき、既のところで伸ばした手を掴んだ。
落下が止まり、3人は岩壁へ叩きつけらる。ファイの足元で溶岩が跳ね、ブーツを焦がした。
「早く上げてくれ!」
ニュクスが叫ぶと、縄が引き上げられる。ギルド含めた3人の族長達は絶壁をゆらゆらと揺れながら釣り上げられた。疲労困憊のギルドとファイ、登場早々アクロバットを披露したニュクスは草地に転がる。
自分たち3人を引き上げてくれたエルドラの戦士たちが綱を離して駆け寄ってくる。
(何を言われるのだろう、俺は国を捨てて今までずっと逃げていた。どんな事をしても償うつもりだが……でも。)
一番最初に辿り着いたシリウスがギルドの肩を鷲掴みにした。
「ギルド?!お前でっかくなったな!!ファイもだ!!よくぞ金竜から逃げたな!!!」
「挨拶はあとにしな。」
ニュクスが弟のシリウスを退けると、ギルドとファイに革袋に入った水を差し出した。
「すぐ洗わないと金竜の毒で死ぬ。」
ニュクスがうがいをして吐いた水は、吸い込んだ灰で真っ黒に染まっていた。彼女の言う通り、もし洗い流さず放置すれば早死する可能性が高い。
ギルドの顔にも、どす黒い泥が張り付いている。慌ててニュクスの差し出す水を口に含んだ。
「本当に壮観だよ。」
崖の下に流れる金竜を見つめた。
先程走り抜けた山中は、全体が金に輝いている。金竜の赤金の身体がラジアの支配するエルドラの都市へ雪崩れ下っていく。
時折感じる灼熱にギルドは身震いした。溶岩の河はもう誰にも、ギルドでも制御出来ない。取り返すべきエルドラの地を全て焼き尽くして、灰にするだろう。
「君がこの決断をしたのかな。王子になったギル坊君。」
いや。
俺はもとよりエルドラの市街を焼き尽くす気は無かった。
俺は短剣を落としてしまっただけ。
短剣は封印を解いただけ。
封印が解けた金竜は目覚めただけ。
意図も罪悪も無く、ただ摂理に従っているだけ。
全ては偶然の産物だ。
『俺が決めたわけじゃない。』
正直にそう伝えたらどうなるだろう。
ニュクスの横顔は冷たく蔑むようにエルドラの市街地を見ていた。恨みは相当根深いのだろう。
金竜が起こしてしまったのは偶然だったと伝えれば、『復讐は済んでいない』と再びラジアに復讐を企むかも知れない。
それは嫌だ。復讐だけは絶対に、これ以上誰も死んでほしくない。
「……そうだ。俺が、ラジアの人間に復讐するために金竜を呼び出した。」
ギルドは一つ大きな嘘を吐く。
ラジアの民には、エルドラは人知の及ばぬ天災によって滅ぼされたと認識させる。天災であれば誰もが誰かを恨むことはない。
エルドラの民には、ギルドが故意に金竜を呼び出した事にする。そうすればラジアへの復讐は済んだと溜飲を下げてくれるかも知れない。
ニュクスはギルドの返答を聞くと、腹を抱えて笑い出した。
「フフッフハハハッ…………!
あたし達の神を蔑ろにした罰さ。金竜の鎮め方も知らんラジアのクソ共が金竜に呑まれるのか愉しみだよ!!バーカ!!」
嘘も秘密も、持っていて心地よくなるものではない。だがそれで復讐の連鎖が止まるのであれば、嘘の一つや二つ余裕で吐いてやる。
ギルドはふと、エルドラの街の光景を思い出した。沢山の人々、家畜や動物や植物もあった。それらの殆どが、これから金竜によって焼き尽くされるだろう。
ラジア人とはいえ、今から何人が死ぬのだろうか。せめて救えるだけでも生き延びさせてやるべきではないのだろうか。
考えがまとまる前に動き出そうとした身体を、エルドラの民達の声がその場に縫い付ける。
「やった!!やったぞ!!」
「ラジアのくそったれどもが!ざまあみやがれ!!」
「殺された家族の恨みを思い知れ
!!」
駄目だ。
皆はきっと納得しない。
これからの禍根を除くためにも、見捨てるのがより民意に即した選択だ。
それ程、故郷を奪われた恨みというのは深く根強いものだ。
だけど。
「確かに自分を犠牲にすること無く復讐を遂げるのにとても良い手だったと考えます。ラジアの民は貴方に滅ぼされて当然ですよ。」
隣に立つファイが、ギルドの両目を真っ直ぐに捉える。
「私の家族はラジアの軍勢に着の身着のまま追い出されました。祖父も母も、エルドラに残ろうとしたものは皆殺しにされました。まるで害獣を扱うように。」
懐かしい感情だと思った。ギルドはファイのように両親を殺された恨みを必死で呼び起こそうとする。しかし、リリアナの前でぶちまけた強い感情は消えてしまったようで、どうしても思い出すことが出来ない。
「私は貴方に希望をもらいました。これでエルドラの民は、過去から開放され前に進む事が出来ます。」
エルドラの民たちがギルドに向かって口々に叫ぶ。
「金竜の落とし子よ!!我々を導いてください!」
「「エルドラの太陽に、祝福のあらん事を!!」」
「「「祝福のあらん事を!!!」」」
ギルドは眼下に広がる焼け爛れていく大地を静かに見下ろしながら、ヒュウヒュウと鳴る風に身を任せた。
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エルドラの火山が噴火し、そこに住まう民達が溶岩に埋もれほぼ全滅状態になった。その情報は瞬く間にラジア、アストリエの首脳に伝えられた。
死者、行方不明者凡そ10万人。
倒壊家屋は凡そ5万戸。
5千人の人間が命からがら脱出したが、彼らへの支援がラジアの財政を圧迫することになった。
ギルドの思惑通り、エルドラの土地は大規模な自然災害によって滅びたとラジアの民は納得する……事は残念ながらなかった。
ラジア及びアストリエの国内で次のような噂が実しやかに噂されていたからだ。
【地の底より現れた魔王が人間を皆殺しにしたのだ】と。
物語において、世界を滅ぼすというのは大体巨大魔術が一般的です。が、そんな面倒な設定を考えなくとも火山噴火でも人は大量に死にます。(地震等とは比べ物にならない数が)
過去の人類も火山噴火で何度か滅びかけているそうです。
溶岩がでろでろ流れるハワイ式火山を想定しています。
更新頑張ります。
宜しければお願いします↓