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ある王国での駆け引き〜幕間〜

彼女の家は死へ落ち込んで行き

その道は死霊の国へ向かっている。

彼女のもとに行く者はだれも戻って来ない。

命の道に帰りつくことはできない。

—イザヤ書

この作品の元ネタより



下町の一軒家の日照条件は非常に良くない。辛うじて差す西日がリリアナの部屋を照らした。


当のリリアナは、ベッドに寝転んで大量に積まれた手紙を読んでいた。机の上に置かれた時計の砂がゆっくり確実に下に落ちていく。


『…陛下殿下がいらっしゃる前であの様な無礼で失礼極まり無い態度を取るなど、国の恥晒』


リリアナはどうでも良さげに手紙を放り投げた。


「お前の筆跡真似た卑猥な恋文をストーカーに送り付けてやろうか?」


コンコンと鮮やかな赤茶の木の扉が叩かれる。リリアナは手紙を撒き散らしながら飛び起きた。入ってきた老婆はお盆を机の上に置き、ミルクの入ったカップをリリアナにそっと差し出した。


「熱いから気を付けな。」


リリアナは毛布越しにカップを握り、老婆の表情を観察する。リリアナの赤みが差した頬に、涙が伝った。


「おばあさまが優しい……」


ぐずっと鼻を啜ると、ミルクをゆっくりゆっくり口に含んでいく。嗚咽のせいで飲み込むのに苦労しながらも、熱くもなく温くもない、お砂糖と蜂蜜がちょびっと足されたミルクを味わった。コップの縁には、蜂蜜が底で固まらないようにかき混ぜた痕跡さえある。


「……おばあさまの嘘つきーー!!」


老婆がビクッと硬直する程の声量でリリアナが怒鳴った。


「……あたしがっ……死んでる時だけデレデレになってるとかっ……誰が思うかこんちくしょー!……」


鼻を啜って、ミルクを飲み干す。まだ温かいコップを膝に挟んでからクッションを引き寄せて顔を埋め込んだ。しばらくして顔を上げると、いつものすました顔に戻っている。


「どうやって私を見つけたの?」


老婆は二つの黒百合を差し出した。


「この茎付きの花が家に届いた。この花が生えていた場所に向かうとリリアナが埋葬されていた。綺麗に整えて、この花を胸の前で握っていた。」


ギルドはリリアナが死んだと勘違いしているのだ。リリアナは黒百合の花をくるくると回し、じっと見つめていた。


「リリアナ、生きてることを彼に知らせてやらないのかい?」


「そう簡単に言ってくれますけどねぇ……初対面で王子様の棒演技かました冒険者がモノホンだったとか、誰が受け入れられます!?真実発覚して以来殺意と好感度が殺し合ってたんですよ!!」

「だが鑑定結果を見る限り」

「誰が王子なんか好きになるものですか!!!!!」

「あのなあリリアナ。あたしにゃ嘘は通用せんのだ、つまりその……二人の間で何が起こったのか大抵知って……おっと……!」


リリアナが握るクッションが老婆に向けて振り下ろされる。老婆は老人とは思えぬ元暗部の俊敏さで躱した。


「人を勝手に鑑定するな!!」

「ああ、若いもんはいいねぇ甘酸っぱくて。あたしにも任務以外で男性と懇ろになる機会があったら良かったのに。あ、あたしも若い頃はすごい美人」

リリアナはクッションを老婆に投げつける。

「骨格見れば大体推測できてます!

そして今!!

それとこれとは関係ない!!」


リリアナは老婆を捕まえると、布団へ柔術の技を使って投げる。


「リリアナ!!あたしゃもう年寄りなんだから腕拉ぎ逆十字は止めとくれ!リリアナは総じて力強いんだから!」

「王子様に負けるくらいか弱い女ですが何か?!おばあさまがきちんとしごかないからですよ!」

「あ、あたしゃ内部工作専門だったから力になれずすまん!!」

「そんなのただの言い訳です!……げほっ……!」


眠り姫が眠る前の発作だ。机の上に置かれた砂時計はとうに砂を落とし切っている。リリアナを目覚めさせるために使った指輪の効力が消えたのだ。


「リリアナ!」

「そろそろお別れみたいですね。」


リリアナはずっと敬遠してきた老婆に遠慮なくしがみつく。老婆はおっかなびっくり、その頭を撫でた。


「止めときゃよかったんだ、復讐なんて。そしたらあのネックレスも取り上げられることが無く、生きられてたのに。

あたしはリリーの幸せを願っているんだがな。」


「永遠に続く未来を一人でですか?そんなのはあんまりでしょう。

……化けの皮が剥がれたおばあさまに会えた。お母様の復讐も遂げたし、少しだけだけど恋も出来た。これほど幸せなことは無いでしょう?」


老婆は戸惑い、やがてリリアナを抱き締め返した。


「おばあさま、私の名前の由来をご存知ですよね。」

「知っているさ。死産で生まれたリリアナをリリスは女神の元へ送ろうと、賛美歌を歌った、するとお前は産声をあげたんだそうだ。リリスはその四節の頭文字を取って名前にした。

リリー。ずっと言えなくてごめんねぇ……。愛している、この世で一番。」


老婆は胸の内にしまっていた言葉を、躊躇いなく捧げる。


「私も。愛しています。」


()と別れ大海を一人で渡る

()を歩き痩せた大地の枯木に杖を振る

()あ懐かしき、ふるさとよ

()れ星に願いを込めて

……おやすみなさい。」


眠り姫の意識は、奈落へと落ちていった。老婆はその手に黒百合を握らせ、あどけなく眠るリリアナの頭を冷たくなるまで撫で続ける。


「生まれてきてくれて、本当にありがとうねぇ。」


✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡


夕暮れ、階下で玄関の扉が叩かれた。傷心の老婆が居留守と無視すれば、扉は爆発によってこじ開けられる。


薄暗い階段に、蝋燭とは違う柔らかい光が登ってくる。


『……リリアナ……』


階上に現れた光を纏った半透明の人影。その心臓辺りには例のネックレスが椅子に乗って浮遊している。老婆はそれが昔救ったリリアナの母だとすぐに気が付いた。


「……リリス……。」


半透明のリリスの紫色の目は老婆を無視し、眠るリリアナに注がれる。そして聖母のように、穏やかに微笑んだ。

老婆は立ちはだかり、リリアナを背中へ守りリリスへ向けてバリアを形成する。


「リリスもうやめてやれ!寝た子を起こすんじゃない!」

『リリアナ』


リリスからスキル無効化の光が飛び散り、老婆の防御はいとも簡単に崩壊した。


「娘を開放してやれ!復讐は終わった、何が不満だというんだ!」


リリスは老婆など存在しないかのように振る舞う。リリアナを目覚めさせる為だけに現世に留まる膨大な魔力。思考と感情を有しないシステムには、老婆の言葉は届かない。


『リリアナ 愛しているわ』

「リリス!やめろ!!」


リリスはネックレスをリリアナの胸に置くと、光と化してリリアナを包み込んだ。


リリアナの胸が上下し指先が震え、ゆっくりと生者の世界へ戻って来る。


「……今は……いつ……?」

「……アストリエ歴五百六十年、十月十日、六時二十五分。……済まない……リリスを止められなかったっ!」


リリアナは呆れたように笑った。


「結局、真実の愛を止められるものはこの世に居ない、ということね。

ふふふっ、当事者が幸せにならない愛なんて愛と呼べるのかしら。」


寝起きで半開きの紫色の目は、階段から悠然と一部始終を見ていた人物へと向けられた。リリアナは枕元で泣く老婆の手を握り、不審者に注意を向けさせる。

出入り口を身体で塞ぐようにして保安室室長セノイが魔術式の銃をこちら見向けている。


「レディの部屋に勝手に上がるのは失礼よ、色男さん。」


「リリスが宿るネックレスを王国に回収させ、自身の生涯に幕を引く。それがお前の復讐であり秘密だったんだろう。効率的に王室の権利失墜までもを狙って成功させた手際は見事だった。」


セノイは銃口を移動させ、床に座り込む老婆に突きつけた。


「十九年前の聖女脱獄幇助、暗部からの逃走、任務の放棄、復讐の種(リリアナ)を産み育てた罪。

元王家の影、ハンナ=サリエラ。今回の復讐活劇の全責任を負ってもらう。」

「おばあさまは関係ない!」


「その言葉が真実か否か。お前自身は耐えられた苦痛を、彼女に与えて試してみるか。」


セノイが魔術を展開する。展開した魔術は契約者の片方が死ねばもう片方も命を落とすというもの。それをセノイは老婆と結ぶ。


「リリアナが俺を裏切ればハンナは死ぬ。

ハンナ、お前が逃げたり自殺すれば制御不能となったリリアナは研究狂いの魔術団団長に引き渡す。死なない実験台(モルモット)は貴重だからな。

……ようやく捕まえた。」 


この場の支配者はセノイである。リリアナと老婆が冷たく睨みセノイの一挙一投足を観察する。


「死体が二つ、人間が一つ、足りないんだ。死体一つ目はお前、二つ目はお前の父。それから、諜報に長けた不死身の人間。

悪い話ではないはずだ。困った時は協力がしたい、その申し出だ。」


リリアナには全てを諦めセノイに差し出すしか、道は残されていない。リリアナはセノイを睨んでから、その手にある銃を奪い取る。


「脅すの間違いでしょう。」

「決してそういう意図は無いんだが。」

「まあいいわ。私は不老不死だもの。」


リリアナは握っていたネックレスを老婆に預けると、銃を自らの頭に突きつける。


「先ずは、一つ目の死体ね。」


銃声が響いて、リリアナは地面へ崩れ落ちる。


✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡✡


「報告がございます。脱獄したリリアナの自宅を先日特定致しました。しかし当人が激しく抵抗したため、やむを得ず射殺することに相成りました。遺体は検死した後火葬致しました。」


円卓の席で、セノイははきはきと報告する。いつものサボり魔の面影は微塵もない。


「公爵が突然()()した件に関しましては代理のものを変装させ穏便に偽装死をしてもらうことと致しました。この事によりラジアへの国民感情の爆発は避けることが出来るでしょう。」


おお……と感嘆の声が上がる。その気が緩んだ者共をセノイは視線で制する。


「依然としてラジアの動向は看過出来ません、各々、くれぐれもご注意を。」


国王がゆったりと頷く。セノイは謹んで受け止めながらも、王太子妃マリーが嵌めている婚約指輪を睨んだ。


賛美歌の件英語でやろうかと一瞬悩んだのですが、調べているうちに時間がかかるということを認識しました。

のでヨーロッパ風の舞台ですが賛美歌は日本語です。

あと頭文字揃えるために選んだ言葉なので賛美歌っぽくないのですが、そこは見逃して下さい。


これまでのセノイが不憫過ぎたと思い、活躍シーンねじ込みました。報部隊仕切ってるのに目の前で友人と罪人が出来てて、んで最後まで気付かない。物語の都合上酷いことしたなと思って……


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