言い忘れていた、眠り姫、大丈夫、死んでも生き返る、心配しないで
やはりここまでの方が切りが良いなと、一先ず投稿します!
よろしくお願い致します!
「なぁ、返事をしろ!なぁ!どうせまた嘘ついているんだ!誂っているんだろ!」
リリアナの心臓は止まっていた。いくら揺すっても、大凡それらしい気配はない。ギルドの目から涙が溢れ、月明かりを含んでリリアナの頬に落ちる。だが、物語のように姫は生き返らない。
「どうして死んだ……!」
罰かもしれない。王子という事実を隠してリリアナに近づいたから。リリアナの為でなく自分自身の心を満たすために彼女を振り回したから。
ギルドは衝動的に、リリアナの腰から短刀を抜き、リリアナがそうしたように首に当てた。
「もう嫌だ。どうして人生はこんなに、辛い……。」
引けば斬れる。引けば全て終わりに出来る。恐らく一瞬で片が付く。あの世でリリアナに会えるかもしれない。父さん達にももう一度。
(全部、終わりに出来る。)
『ファム・ファタールって知ってるかい?男を破滅させる女の事だ。』
セノイの言葉が蘇った。確かにその通り、ギルドはリリアナによって破滅を選ぼうとしている。
「……もう何が正しいのか……。」
リリアナの顔を見つめた。綺麗という他ないが死体は二三日で腐る。ギルドはエルドラの民のように屍を鳥に突かせる気は毛頭なかった。古代遺跡の真ん中辺りに丁度よい窪みがある。リリアナを岩の台から持ち上げる、力のない遺体はありえないほど重たかった。
窪みに運んで丁寧に横たえた。そのまま埋める前に、花で胸の焼印を隠してやろうと思い付く。崖の縁まで行けば真っ白な百合が咲いていたはずだ。
痙攣を起こしかけた手で短刀の鞘をリリアナの腰から取り戻す。未だ包まれていた鞘の革が独りでに剥がれ落ちた。
宝石をあしらった雄渾な金の龍がもう一柱、月明かりを受けて輝いた。かなり乱暴な扱いをしてきたのにも関わらず、傷や凹み等は一切ない。この短刀は間違いなく王位継承者の証だ。
革の裏には黒い文字で単語が綴られていた。
「大人になった息子へ 好きな道を」
唐突に思い出した。記憶で途切れていた映像の破片が蘇り、ぴたりとはまる。
『復讐など考えてはいけない!』
一頻りギルドを叱りつけたあとの一言。ずっとずっと思い出せなかった、もう一つの遺言。
『もしも、ギルドが余の言葉よりも大事にしたい人が現れたのなら、それはギルドが自分の意思を貫き通せるほど強くなったと言う事。俺たちの願いに依らず、自らの人生を生き好きなように死ね。……お前に幸せが訪れることを、心の底から願っている。
父はお前を愛しているよ。』
そう言って、父はギルドの頭を撫でたのだ。
「記憶を封印していたのか。わざわざ魔法で……親父。」
ギルドの指が探るように、竜の装飾をなぞった。この短刀はギルドのもの。あの時の父は短刀の秘密を知ったギルドへ向けて語りかけていた。
ギルド自身に好きな道を選べと。
この短刀を捨てるのも持ち続けるのもギルド次第だと。
エルドラの王子に戻るのも、ただのギルドとして人生を終えるのも、復讐をするのも、全て。
「何を今更……遅い。全部全部遅い!」
(あんまりだ!)
「俺がずっと大事にしていた遺言は遺言じゃない、俺が未熟なまま死ぬのを止めるためだけのもの、そういうことか!今までの葛藤は全部無駄ということか!あの時の俺を全く信用してなかったということか!」
誰よりも何よりも大好きだった父。なのに、その思い出が頭を巡る度に嫌いになっていく。
「どういう事だ!答えろ!父上!!」
さあっと吹く風の中に僅かに違和感を感じて、ギルドは短刀に手を掛ける。
(誰かに見られている。この距離で気づかなかった?俺が?
殺気あり、城からの追手か?だったら丁度いい。俺の憂さ晴らしに付き合ってくれ。)
リリアナの為だけに外した鎖帷子をベルトを手甲を丁寧に装備し、鎖鎌と短刀を持つ。小さなナイフや暗器の確認も怠らない。このままこの場所を離れられるよう魔術で痕跡を消す。
思い掛けない方から何かが飛んでくる。短刀で弾くと同時に、認めた人影を睨む。魔術攻撃を準備した矢先に、人影は両手を挙げ抵抗の意志のないことを示す。
「ギルド=フォン エルドラン御本人様ですね。ご無礼を致しました。万一にも人違いがあっては困りますから。」
エルドラの言葉。誰だと睨めば長身の男は片膝をつく。
「エルドラのハミエル族の長子ファイにございます。」
ハミエル族のファイ。ギルドの一つ年上で、十三にして武芸秀逸と名高かったはずだ。
「この日のため、エルドラより逃れ各地を流浪し祖国を取り返さんと尽力して参りました。若き太陽、エルドラの王の子に祝福のあらんことを。」
ファイは首に下げた袋から小指程の金の塊を取り出した。手のひらに載せたそれは宝玉を抱える竜の像、エルドラ来客用広間に置かれた置物。竜の口から光が飛び出しギルドの短刀へ吸い込まれる。
「この光を追ってここを突き止めました。間もなく、エルドラ王復活の兆しが金の竜の意匠を持つ者へ伝わることでしょう。皆、この日を待ち望んでいたのです。エルドラの賢き王の子よ、我らが名を憎きラジアに轟かせるのです。」
だが、想定していた相手とは違ったことでギルドはファイに対する興味を失くした。半ばファイを無視するようにして、リリアナの側へ戻る。ファイはしつこくも追い縋ってくる、どうしてそこまで一生懸命なのか。
「実は、この国へ逃れたエルドラの民は暗部にて集結しています。」
この金の竜の意匠にはお互いを認識する作用がある。それを使ってネットワークを形成して復讐の機会を狙っているという事だろう。
ギルド手の届く範囲に、黒百合が咲いていた。三つ咲いた花は頭を垂れて、風にそよぎじっと耐え忍ぶ。
「近日中に訪れるラジアの大使の首を挙げ、復讐の狼煙といたしましょう。十二年に渡る雪辱を晴らしましょう。」
ギルドは黒百合を認めて手折った。
「そんな事をすればこの国が灰になる。」
「我らが雪辱の前には大事の前の小事でございます。」
ちらりと振り向けば、ファイはリリアナと同じ目をしている。静止の声は届かない。皆が皆、そうだろう。
三つの花の一つを摘み取り保存魔法を掛ける。
「……勝手にすれば良い。その行は聞き飽きた。」
遺体を踏まないよう窪地に飛び降り、胸の前で組み合わせたリリアナの指に黒百合を握らせた。ファイが興味深そうに覗き込むのが鬱陶しい。
「恋人が亡くなったのですか?」
ギルドは答えず魔法を使い、付近の土で穴を埋める。その間ファイは辛抱強くじっと待っていた。
「……復讐に生き急いで自滅した人間だ。」
「それで、一緒に来ては頂けませんか?貴方様が居れば……」
ギルドはファイの言葉を遮って、低く唸った。
「お前らを仕切っているのが誰かは知らないが、過去ではなく未来を見ろと伝えておけ。何も成さぬまま無駄死にしたくなければな。」
ファイがごくりと唾を飲み込んだのが、背中越しに分かる。二つの花を付けたままの黒百合を拾い上げ、ファイを置き去りにして街へと下った。ファイが追いかけてくることは無かった。
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ギルドは街に降りて、酒場にある老婆の痕跡を見てから追跡スキルを発動させる。容易にリリアナの住んでいた場所を特定しその扉を叩こうとして、止めた。
打ち明ける義理など無いと思った。
何も変えられなかったから。
老婆と同じ末路を辿ったから。
リリアナが好きだったから。
リリアナの最期の思い出くらいは独占させて欲しかったから。
その扉の前に保存魔法を掛けた黒百合を置いた。ポストに刺さった茎は風で靭やかに揺れる。少し迷って二つの花のうち虫食い穴が空いた一方を摘み取った。
これからどうしようか。
百合の茎を手のひらで挟んでくるくる回す。雄しべを突けば黒い花弁に黄色い花粉が散る。
十二年ぶりに会えた知り合いは、見違えるほど逞しくなっていた。が、頭は曇っていた。復讐心でまともにものが見えていない。ギルドは親父の遺言は消えた。今なら念願を果たせるかもしれない。どんな事をしても復讐の名の下にすべてが許される。馬鹿騒ぎをするなら今の内だと心が騒ぐ。
けれど。
「……俺は間違っていない。」
自尊心の為だけの復讐なら、得るものより失うものの方が多い。リリアナから学べる事はそれだけだろう。
「今からしたいこと。復讐してでも取り返したいもの。」
エルドラだ。国に帰りたい。こんな平地じゃなく、壮大な山が囲むエルドラの地に帰りたい。代々培ってきた文化があって、人々が笑って、なんでもない日常が送れるような。
「なら、やってみせよう。」
失うものは何もない。未来の為、復讐の力に頼ることなくエルドラを取り戻して見せよう。
そして、
「俺が正しい事を証明する。」
隠密魔法をかけたまま玄関の呼び鈴だけ鳴らす。手にした黒百合の花にも隠密魔法を掛け、ギルドは朝焼けの中に消えた。
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「おや、誰も居ないのかい?」
老婆は朝日に目をしょぼつかせて、ポストに差された黒百合を認めた。
取り上げて反射的に『鑑定』を行う。
『黒百合
学名:Fritillaria camschatcensis
花言葉:『恋』『復讐』
状態:保存魔法あり、枯れることはない。
オトエット遺跡近郊に咲く。』
「何でまたこんな陰気な花が……届けたのは一体何処のどいつだ。」
『花:三輪 他二輪の所持者『ギルド フォン エルドラン』『リリアナ ヘンダーソン』』
「リリアナだって!?」
老婆は叫ぶと、途端に顔が綻んだ。指に嵌めた茶の指輪を確認すると、朝焼けの街を走り、オトエット遺跡へと駆け出した。遺跡に到着したのは昼前であったが、リリアナの墓を容易に探し当てる。魔法を使って掘り起こせば、土まみれではあるが傷一つ無いリリアナの遺体がある。老婆はリリアナが握らされている黒百合を外し、代わりに自身が嵌めていた茶の指輪を指に通した。
「こいつで最後だ、リリアナ……戻ってきてくれて、ありがとう。」
指輪は砂のように砕けた。
ドクンとリリアナの心臓が脈打つ。
オトエット遺跡は古代の結婚式場でした。ちなみに由来は『ロミオとジュリエット』から『ロミジュリ』の言葉を抜くと『オとエット』→『オトエット』です。
黒百合の花言葉は『復讐』と『恋』。
それぞれ戦国時代のお姫様とアイヌの恋のおまじないに由来するんだとか。
断じてギルドが女だったとかそんな意味では御座いません。
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