鏡よ鏡
「たのもーー!」
「!た、たのもーーっ…」
随分離れまで歩いてきたような、でも目新しくて長く感じてるだけのような道程を歩いた。黒い木製の、それでやけに縦長い建物の前までたどり着くと、ウィル先生がやあやあーって言いながら扉を開けた。
先生の真似をしながら向こうを大きな背中越しに覗き込むと、そこには。
「…お帰りなさいませ、御医者先生。それと…かわいらしいご客人。」
黒い艶やかな髪を括った、見た目だけじゃ男性か女性がわからないような…ウィル先生より少し背の低い、でも長身の…男の人だ、たぶん。だって声が低い。彼は燕尾服を正しながら恭しくお辞儀をした。
「も〜っそんなに畏まらなくていいんだって〜!そうそう、今回はこの子の話で…」
「ええ、お部屋の方ご用意させていただきました。」
「…えっ!?まだ来たのも話してないよね!?」
「お嬢様、どうぞ此方へ。中へお入りください。貴方の一時のお宿で御座います」
「待って待って!話が早すぎるってば〜置いてかないでよぅ!」
何食わぬ顔で差し出された手の先に進むか迷って、そうしたら手を取られた。乙女の手をそんな気軽に触るかな!?
「あの!?」
「さあ、ご遠慮なく。」
「こ、こらぁ〜っ!女の子を触るのはやめなさ〜いっ!」
ウィル先生に彼の手は剥がされて、こら!こら!ってされてる姿を見ながら、案内された奥の部屋に入る。ホテルのロビーみたいになっていて、ウェルカムドリンクはないけど椅子や机もちょっとならあった。
私はそこに座らされて、先生とその男の人が説明とかお願いとかしているのをあんまり聞かずに、本棚の端っこに題名のない本があるのに気付く。それを手にとって読んでみる。酒場での会話が並んでいる。ギルド、魔物、知らない食べ物。私は夢中で読み込んでいた。
「ごめんっ、待たせちゃったね〜!とりあえずここのね、合同なんだけど無料部屋に入れてもらえることになったから…!」
「あ!ホントですか、ありがとうございます!」
「ええ、後のことでしたらどうかこの私めにお任せを。私が御相談をお聞きしましょう」
「ごめんね、僕これからだ〜いじな用事があるからさ〜!そう、この人怖く見えるけどそんなに怖くないから!あの、ちょっと…ちょっと大分怖いけど…そんなには怖くないからねっ!もし怖かったら逃げておいで!」
「御医者様?」
彼が微笑みを讃えている。なんだか有無を言わせないってすごい圧を感じる…!
「えへへっごめんごめん!じゃあまたねっ、ずっとついててあげたかったんだけど他の患者さんがいるからね〜…!明日の夕方またお話しにくるまでがんばれそうっ?」
「はぁい先生!ばっちりです!」
「よぉしいいお返事だ!じゃあお互いがんばろー、おーっ!」
「おーっ!」
先生は私とぱちん!とハイタッチをするとドタバタと走り去っていった。取り残された私は黒い男の人に見治ってみる。彼は私の視線に気付いたように目を細めて、クス、と笑う。
「…ええ、後のことやお気になさることがありましたら、どうぞこの私めにお任せを。私が御相談をお聞きしましょう。いかがです?」
…この人なんでこんなに怪しいんだ。