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7 緋色の魔女


 それから三人の旅は順調に進んだ。街道は避けて脇道を歩き、夜は野宿。時折、宿場町の市場で食料を仕入れながら南へ向かっていた。

 エレナはすっかり歩くことに慣れ、朝から晩までかなりのスピードで進むことができるようになった。野営では火おこしや料理を練習中だ。

 夕食の片付けが終わればウィルとの稽古が待っている。


「身を守る方法を知っておいて損はない」


 ウィルがそう言って少しずつ教えてくれるのだ。


「手首を掴まれた時はそこを支点にして肘を相手のほうへ回していくと外れる。後ろから抱きつかれた時は身体の力を抜いてストンと下へ落ちること。同時に相手の腕を持ち上げて下から抜け出せばいい」


 何度やってもなかなか上手くいかないけれど、毎日の練習で多少はマシになってきた気がする。


「ねえウィル。私、一人でも生きていけるかしら」

「今のところは無理じゃないか」

「ええ、そんなハッキリ」

「まだ金を稼ぐ方法が見つかってないだろう。用心棒も無理、料理もまだ下手、特技も何も無し、だからな」


 グッと言葉に詰まるエレナ。一人で生きていくには技能が無さすぎると言われているのだ。


(今の私に出来ること。これからの私に出来ることって何だろう……)


「まあ焦ることはない。農業の手伝いや食堂や宿の手伝いなど、今のお前でも出来ることは探せばあるんだ。一生懸命働くという気持ちと、あとは人間関係。定住すると決めた町で信頼される関係を作っていくことだ」


 ウィルの言うことはエレナの心に沁みた。まだ何もできない自分だけれど、ウィルやイネスとこうして関係を築けたように新しい町の新しい人たちとも繋がりを作っていこう。エレナはそう思った。


「ありがとうウィル」


 笑顔を向けてそう言うとウィルはエレナの頭に手を置いて髪をボサボサに掻き回した。


「もう! また!」


 ウィルは笑いながらイネスのところへ向かう。火の番の交代だ。火の番はエレナにはまだ無理なので、油紙とマントに包まって先に眠る。二人とはかなりの体力差があるから夜の間に少しでも回復に努めておくことが肝心なのだ。冷たい地面で眠ることにももう慣れ、五分もしないうちにエレナは眠りに落ちた。



「随分楽しそうですね、ウィル様」


 エレナが寝るとイネスがすぐにからかってくる。


「そうか? 妹がいればこんな風に接していただろうなとは思うが」

「ふふ、きっと猫可愛がりしてたでしょうね。それにしてもこんないい子が家族に嫌われていたというのが、今だに信じられません。やはり魅了が原因なのでしょうか」

「だろうな。エミリオの報告では、リアナに会ったことがある人間は全員彼女の虜になるそうだ。そして先日の婚約発表後、王都ではパレードが行われた。そのパレードを見た者、また王宮バルコニーでの『お手振り』を見に行った者も全て取り込まれたらしい」

「そんな……そんなに広い範囲に魅了の力を及ぼすことができるのですか」

「信じられんが本当らしい。だから、『緋色の魔女』はリアナだという可能性もある。王都中の人間に影響を及ぼすとなれば、それは恐ろしい力だ。ただの人間ではないだろう」

「でもエレナにも魔女の可能性はあるのですよね」

「ああ。あの時の黒いオーラに間違いはない。もう一度、あのオーラを確認することができたら確実なのだが……」


 すやすやと眠るエレナの寝顔を見ながらウィルはため息をついた。もしもエレナが魔女であるなら、コンテスティ帝国へ連れ帰らなければならない。そしてそれはエレナが処刑されるということを意味する。

 


 三百年前に現れたという伝説の魔女『緋色の魔女(ストレーガ・ロッサ)』。黒髪に緋色の瞳を持つその魔女は流血を好んで争いを起こし、一つの国を滅ぼした。そしてその土地に呪いをかけ、草一本生えないようにしたという。それがこの国、カレスティア王国の前身だ。長い間、この国は生き物の生息できない土地になっていたのだ。

 だがようやく緑が息を吹き返し始め、人々が戻り、カレスティア王国が再び興った。王政が安定し大陸に平和が訪れたと周辺諸国が安心したのも束の間。またしても魔女の再来を表す星が現れたと帝国の星読みが皇帝に告げた。


『再び世を混沌に陥れる緋色の魔女を捕らえよ』


 ウィルの父であるコンテスティ帝国皇帝アダルベルトは三人の皇子に言い渡した。


『魔女を帝国に連れ帰った者を皇太子とする。さあ、行け、我が息子たちよ』


 第一皇子フェルナンドは部下を派遣して魔女を探させた。自らが危険な目に遭いたくないからだ。

 第三皇子ロレンソは幼いためゆっくりとしか進めず、まだ帝国内に留まっている。

 そして第二皇子ウィルフレド。彼は身分の低い女性から生まれたため、周りから蔑まれて育った。だが彼はそれを気にすることなく武芸に精進し、早々に軍に入って野営の体験も積んだ。それが今この旅に活かされている。

 ウィルフレドが幼い時から仕えているエミリオとイネスは、母の身分の低さゆえに皇太子に一番遠いと思われていたウィルを何とかして引き立てたいと思っていた。ウィルこそが皇帝に相応しい気質の持ち主だと信じているからだ。そのためにこの旅に同行し、彼のために働いている。

 他の皇子よりも先に魔女を見つけ出して捕らえ帝国に連れ帰ることが目標。そして幸運にも、この国に潜入してすぐに魔女候補に出会うことができた。すぐにでも帝国へ連行すべきところだが、ウィルが迷っていることをイネスは感じている。


(……伝説の魔女というものがこんな普通の娘だとは思わなかった。できれば間違いであって欲しい。俺はエレナを処刑したくなどないんだ)


 悩ましく思い惑うウィルを、イネスはじっと見つめていた。



 一方その頃、カレスティア王宮にて。


「エレナはまだ見つからないのですか」

「は、はい、リアナ様。東から北へ向かったという情報を得て捜索中ですが、未だ足取りは掴めておりません。申し訳ございません」


 美しい王太子婚約者の前で、王宮軍の総司令官はただただ頭を下げるばかりだった。


「クルス様。私のたっての頼みだというのに、この者は叶えてくれません。私は悲しい」


 目を伏せて悲しげな表情を作るリアナ。


「リアナ、泣かないでくれ。もっと王宮軍を投入しよう。小さな町にまで兵士を派遣すればすぐに見つかる。遠出をしたこともない令嬢がそう遠くまで行けるわけがない」


 クルスは本気で焦っていた。愛するリアナを悲しませることなどあってはならない。エレナ・ディアスを早く見つけ出して命を取ること。それがリアナの望みなら叶えなければならないのだ、絶対に。


「行方不明になってもう半月以上。この司令官は無能なのではないですか」


 リアナの冷たい言葉にクルスの背を冷や汗が伝う。この総司令官は部下からの信頼も厚く優秀な人間だ。


「無能な人間は処分せねばなりません。処刑するのがよろしいかと」

「リ、リアナ! 処刑などとそんなことは許されない。きちんとした裁判もなしに処刑などできないし、そもそも罪状がない」

「私を悲しませた罪、ですわ」


 リアナが真っ直ぐにクルスを見やる。するとクルスも魅入られたように頷いて書面にサインをした。


「父に奏上しよう。リアナ、一緒に来てくれるか」

「ええ、クルス様」


 司令官は真っ青な顔をして下を向いていた。普通ならこのような暴挙にはきちんと反論するところ。だが彼もまた、リアナには逆らえない。リアナの望みが自分の死であるなら叶えなければならないと思っているのだ。


 そしてこれ以降王宮では毎日のように誰かが命を取られていた。処刑場には必ずリアナがクルスを伴って現れ、微笑みを浮かべて処刑の様子を見ている。隣にいるクルスにはとても正視できない恐ろしい情景であるにも関わらず。

 それでも、王都の民はリアナを責めることもなく「リアナ様は兵士や政治家の不正を暴いてくれているんだ」と熱狂的に崇拝していた。この国の誰も……国王でさえも、リアナの言うことに異を唱える者などいなかった。



(なんと恐ろしい……これこそまさに、流血を好むという緋色の魔女に違いない)


 エミリオはツバメを呼ぶと、ウィルへの伝言を伝えた。だが飛び立ったツバメは力無く落ち、エミリオの手の上で姿を消した。


(くそっ、もう一度……)


 別のツバメを呼ぶ。このツバメはエミリオの魔力で作り出した使い魔だ。必ずウィルのところへ飛ぶように作られている。がしかし、またしても飛んで行くことはできなかった。


(まさか魅了の力……?)


 エミリオはウィルから渡された魔除けの指輪をつけているため魅了にかかっていない。だが小さなツバメではその力に抗うことができないのかもしれない。


(リアナの魅了の力はどんどん強くなっている。このままではウィルフレド様と連絡が取れない。一旦王都の外へ出なければ)


 潜入した時は美しかったカレスティア王都。だが今は妖気に満ち溢れ澱んだ街になっている。エミリオは足早に関門へと向かった。

 

 


 


 


 



 

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