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2 双子の姉妹


 屋敷に戻りベッドに潜り込んだエレナ。眠ろうとしても少しも眠くならない。夜会の興奮と高揚、そして落胆と諦め。ほんの少しの時間で感情が揺さぶられ過ぎたのかもしれない。

 日付けが明日に変わろうとする頃、ようやく馬車の音がして三人が帰って来た。賑やかな声が響く。使用人たちも大勢出迎えているようで笑い声や拍手が聞こえる。


(私が帰った時は誰も迎えてくれなかった。いつものことだけど)


 あの様子だと、リアナが婚約者に選ばれたのだろうとエレナは推測した。胸が、ギュッと掴まれたように痛い。


(クルス様……本当に素敵な方だった。ダンスして、お近くでお顔を見ることができて、それだけでも良い思い出だわ。そうよ、そう思わなくちゃ)


 明日の朝食でおそらく二人の婚約を聞かされるだろう。ちゃんと祝福しようと心に決め、苦手な笑顔の練習をした。お前の笑顔は気持ちが悪いと父にいつも言われているけれど。

 その晩はなかなか寝付けず、何度も寝返りを打ちながらようやく眠りについたエレナだった。


 翌朝、朝食の席で父母は上機嫌だった。


「エレナ。昨夜の夜会でリアナが王太子殿下の婚約者に選ばれたぞ」

「お妃候補などではないのよ。もうリアナ以外考えられないと仰ってね。国王陛下もたいそう気に入って下さって、すぐに婚約が決まったの。さすが、私たちの娘だわ」

「それはおめでとうございます。リアナ、殿下ととてもお似合いだったわ。おめでとう」


(上手く笑えたかしら?……父に怒られないかしら)


 いつもなら怒声が飛んでくるところだが、今朝の上機嫌は全てを忘れさせる効果があるようで父はニコニコ笑っている。

 リアナは頬を染め可憐な微笑みを浮かべていた。


「ありがとう、エレナ。私たち、お互いに強く惹かれ合ったの。一目で恋に落ちるなんて小説のようなことが本当に起こるとは思わなかったわ」


 恋する乙女とはこんなにも美しくなるものなのかとエレナは感嘆していた。ただでさえ美しいリアナが、今朝は神々しくすら感じる。


「今日からリアナは忙しくなるわよ。毎日王宮へ通ってお妃教育を受けることになったの。嫁入り支度も最高のものを揃えなければね」

「ワシらもいろいろと王太子殿下と話を詰めねばならん。婚約発表の時期や結婚式の日取りなどな。嬉しい忙しさではあるがな」


 二人が笑顔でいてくれるなら、エレナはそれでいいと思えた。ディアス家のこの慶事を、エレナも共に喜んでいいと言うのなら。


 でもそれはすぐに打ち砕かれた。


「ところでエレナ。殿下との結婚を進めていくにあたってお前のような者が家族にいるというのはどうにも都合が悪い。だから、お前には家から出て行ってもらう」

「えっ……?」


 一瞬、何を言われているのかエレナには理解ができなかった。


「前から言っていただろう。お前は田舎の貴族に嫁がせると。ちょうど、国の東端の辺境にいる老男爵が後妻を探しているらしい。そこと話を付けるから、お前はすぐにでも嫁いでもらう」

「そんな……私はリアナの結婚式すら見られないのですか?」

「当たり前だろう。お前みたいなみっともない妹がいるなんてリアナにとって恥だ。兄のアルフレッドも、お前と暮らすのが嫌で別の屋敷で所帯を持ったのだぞ。お前さえいなければあいつも妻子と共にここに戻って来てくれる。いいことずくめだ」


 エレナは助けを求めるように母とリアナを見つめた。だが母はツンとすました顔でサラダを口に運んでいてエレナを見ようともしない。リアナは無邪気な笑顔をエレナに向けてこう言った。


「まあ! エレナが先にお嫁さんになるのね! おめでとう、エレナ! 田舎は景色も綺麗でしょうし、エレナにぴったりだわ。本当におめでとう」


 心からの祝福を見せるリアナ。彼女はいつもそうだ。エレナが父母や兄、学園のクラスメイトに辛くあたられていても全く意に介さない。本心なのかそうでないのか、彼女の心はエレナには読めなかった。双子の姉妹だというのに。




 エレナとリアナは双子としてこの世に生を受けた。輝く金髪に紫色の瞳のリアナ。対するエレナは鴉のような黒髪に紫色の瞳。その見た目から天使と悪魔のようだと父母はリアナだけを可愛がり、エレナを忌み嫌った。

 リアナはそこにいるだけで人の気持ちを明るくさせる子供だった。誰もがリアナを好きになり、愛さずにはいられない。鳥や蝶までもが彼女の周りに集まってくる。そして彼女が触れると萎れた花でさえ元気を取り戻すのだ。


「きっとこの子の前世は聖女だったに違いない」


 ディアス家の者は皆、リアナを大切に扱った。

 一方のエレナはあまり誰からも構ってもらえなかったせいか、無口で無表情に思われていた。そして彼女が育てようとした花はなぜかいつも途中で枯れてしまう。


「この子の前世は何か悪いことをしていたのではないか」


 そんな風に思われ、使用人すらも彼女を疎ましく思いぞんざいに扱った。

 それでもエレナは捻くれることなく育った。誰からも相手にされない分、たくさん本を読んで知識を高めていったし、世の中には自分よりも辛い思いをしている人々がいることを知り、衣食住に不自由の無い自分が不満を言うなどおこがましいと思っていた。

 それでも。愛を求めてしまう気持ちは抑えられない。何度も縋っては撥ねつけられ、悲しい思いを続けてきた。さすがに思春期を過ぎてしまえばその気持ちに蓋をすることはできるようになったが。

 

 誰かに愛されたい。昨夜、一瞬でもそんな夢を見てしまった自分が惨めだった。家族にとって自分はやはり厄介者。結婚式に参列することすら許されない邪魔者。それならば一刻も早くこの家を出ることが彼らにとって一番いいことなのだろう。エレナは覚悟を決めた。


「わかりました、お父様。お話を進めて下さいませ」


 父は返事の代わりにフンと鼻を鳴らした。それでエレナの話は終わり、その後はリアナの話が延々と続けられた。




 そしてそれからひと月が経った。リアナは毎日お妃教育で忙しい。母は嬉々として衣装や宝石の準備を進めている。父と王宮の話し合いも順調で婚約発表は来月末、結婚式は半年後と決まった。

 父は平行して老男爵との話も進め、エレナはリアナの婚約発表を待たず来月中に辺境へ向かうことになった。二人の誕生日の翌日、十六歳を迎えてすぐにエレナはこの屋敷を去る。一度も顔を合わせていない、五十も年上の男性のもとに。


(どうか、優しい人でありますように。愛してもらえなくても、冷たくされなければそれで……それだけでかまわない)



 やがて迎えた十六歳の誕生日。屋敷では盛大に誕生日の宴が催された。未来の王太子妃の誕生日を祝うためにたくさんの貴族が訪れ、リアナは学園の友人に囲まれて幸せそうに笑っている。

 最初の挨拶こそ「リアナとエレナの誕生日にようこそ」というものだったが、それっきり誰もエレナに話し掛けることはなく、ポツンと一人壁際に佇むばかりであった。


(いつもは家族だけの誕生会だったから誰にも祝ってもらえなくても部屋に戻って本を読んで過ごすことができていたけれど……今日はそれもできないのが辛いわ)


 たくさんのプレゼントを両腕に抱えたリアナ。みんなに愛されているリアナ。ほんの少しだけ、羨む気持ちが湧いてくる。


(ダメよ。人を羨む気持ちは道を誤れば妬みに繋がる。リアナは愛らしいから愛されて当然なの。リアナと自分を比べて惨めになっちゃ……いけない)


 リアナが光なら自分は影。側にいるから眩しくて誰にも見てもらえないのかもしれない。遠くに離れたなら、もしかしたら愛されるかもしれないとエレナは自分を慰めた。



 パーティーが終わり、ようやく開放された。エレナは早々にベッドに潜り込んで辛い現実から逃れようとした。灯りを消すと、部屋の中は真っ暗で月明かりが感じられない。


(そうね、今夜は新月だから……月が出ていないんだわ)


 誕生日に漆黒の月。自分にはお似合いだ、と自嘲しながら目を閉じた。



 どのくらい経っただろう。もしかしたら眠っていたのかもしれない。何かの気配を感じてエレナは目を開けた。


「……!」


 暗い部屋の中にさらに黒い人影。


「誰……!」


 だがエレナにはそれが誰かはわかった。双子の姉、リアナだ。


「リアナでしょう? どうしたの、こんな夜中に」


 うっすらと見えたその顔は、仮面をつけたように無表情だ。そしてリアナはエレナの首に手を伸ばし、喉元を締め付けてきた。


(苦しい……! イヤ、やめてリアナ……!)


 必死でもがくエレナ。するとリアナは弾かれたように後ろへ下がった。


「ゴホッ、ゴホッ……」


 涙の溜まった目でリアナの姿を追うエレナ。


「リアナ、どうして……? なぜこんなこと……」


 だがそれには答えず、リアナはふらりと部屋を出て行ってしまった。パタンとドアの閉まる音が聞こえる。


(リアナ、なぜ……? そんなに私が憎いの? 明日には私はここからいなくなるのに……)


 今までリアナから憎まれていると感じたことはなかった。あるのはただ()()()。エレナが何をしていようとどう感じていようと、リアナが気にすることはなかった。顔を合わせれば会話はするけれど、一緒に遊んだこともほとんどない。もしかしたら、今のがこれまでで一番近い距離にいたと言えるのかもしれない。


(そうね……手を伸ばせば届く、そんな近くにいたことはなかったかも。不思議ね、私たち……双子として生まれながらずっと分かり合えなかった。きっとこれからも……)


 そのままエレナはまんじりともせず夜を明かした。リアナがもう一度やってくるとは思わなかったが、眠気は微塵も感じなかった。

 今日は結婚のための旅立ちの日。一週間の長い馬車旅だ。少しでも眠っておかなければ辛いはずだが寝ることはできなかった。


 明るくなるとエレナは起き上がり、慣れた手つきで一人で身支度を始めた。

 

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