月と明かりが照らす場所
「あれ?ここ、見覚えが……」
ポチが立ち止まり、お兄ちゃんが私を下す。
すぐそばにはガラス型の温室が建っている。
「うちの温室だよ。果物やハーブが中にあるよ」
「スーパーに並んだりするの?」
「家で使うのが中心かな」
パパとママの趣味でいろいろ育てているとお兄ちゃんは教えてくれた。
ポチを近くの看板につなぎ止め、温室周辺を見渡す。
入口周辺でにらみ合っていたネコたちが慌てて姿をくらませる。
「まったく。昨日取っ組み合いがあったって父さんから聞いてね。来て正解だよ」
お兄ちゃんは周囲を見てくると言って、ポチと一緒に私に背を向けて歩いていく。
にらみ合っていたネコがいた場所には、クローバーが倒れ荒れていた。
「ここで花冠作ったのかな」
「おそらくは」
冬の精霊さんに聞くと、首を縦に振って肯定した。
「春の精霊さん、近くにいるかな。ちょっと探してみるね」
私はそう言うと手袋を外し、魔法を唱えた。
「いる気がする」
「はい。感じます」
「なんだろう。なんでこんなにぼんやりして――」
ポチの鳴き声に私の声が上書きされる。
それでも冬の精霊さんとの会話で、近くにいることは分かった。
「中も軽く見ておこうか」
お兄ちゃんはポチを近くの杭につなぎ止め、温室のドアにカギを入れて開ける。
「おいで」
手招きして呼ぶお兄ちゃんに招かれ、私は温室の中に入っていく。
月に照らされた温室の中には、プランターや植木鉢があった。
スタンドやブロックで地面から少し離れた場所に置いてあるのもある。
お兄ちゃんはドアを閉め、ライトで温度計を確認すると、奥に向かって歩きだす。
私もライトをつけ入り口近くの植物を照らす。
「ローズマリー、バジル、タイム。イチゴ、モモ、サクランボたくさんありますな」
冬の精霊さんが光の当たった花や木の名前をひとつひとつ説明してくれた。
(今度明るいときに来よう)
低木に光を当てると、冬の精霊さんが花桃と教えてくれた。
花桃の低木は鉢植えに植えられ、手作り感満載の台車上にある。
ひな祭りに見かけて花とそっくりで、明るく大きな桃色の花が咲いていた。
「んー」
私は気になって、花桃の低木を注意深く見つめる。
「います!いました!」
冬の精霊さんが大きな声で教えてくれた。
一方私は何かいるとは感じるものの、花桃の低木だけが私の瞳に映る。
「そうだ、虫めがね」
お兄ちゃんから借りたカード型の虫眼鏡に魔法をかけ、もう一度のぞき込む。
「いた!」
私は叫ぶ。
カードタイプの虫眼鏡には、ぼんやりとした何かが映し出されている。
「どうしたの?転んだの?どこかケガした?」
お兄ちゃんが慌てて私のところにやってきた。