プロローグ ~アウスデュッセロより~
「勇者よ、そなたに勅令を下す。必ずや魔王ルドギュースを退け、世の安寧を取り戻してくれ……」
「はいっ! 勇者エルオーラ・ナイク、拝命をたみゃ…たま…、たまわりまち…ました!」
「…………うむ…」
――◆―◆―◆――
ここはアウスデュッセロ帝国が帝都、ファレンタース。
ファレンタースの領土半分を有する皇城敷地内は緑豊かで、敬意を込めて大森林の城とも呼ばれていた。
そして皇城の顔とも呼べる華美過ぎず堅牢過ぎない清廉なるアウスデュッセロ城の正門をくぐり、長い廊下を通り広い庭園を抜けると重厚な扉の向こう、広いフロアと謁見の間があるアウスデュッセロ第一皇城で通称アンバー宮が鎮座する。アンバー宮の他、敷地内には様々な宮が点在し、皇帝や皇后、家臣や兵達の住居も多数構えている。
そのアンバー宮は謁見の間の更に奥、最奥にある皇帝の執務室にて、皇帝アーロン・ジェス・アウスデュッセロは家臣達を前に執務机に突っ伏して頭を抱えていた。威厳もなにもあったものではなかったが、できる家臣達はなにも言うまいと揃って唇を真一文字に結んでいた。
「なんでなんだ、神はちょっと酷すぎると思わぬのか? あんな幼子に勇者としての力を覚醒させ、旅立たせるなど……余の良心がしくしくというよりザクザクと痛むわ!」
ぎりりと奥歯を噛み締めたアーロンは帝国民に慕われ、子供好きにして子煩悩である事でも有名である。
「魔王も魔王よ、よりによって余の治世で現れよって、なんの嫌がらせなんだ! 漸く一番酷かった地方領地四ヵ所の治安を底上げして整地し視察報告を受けたばかりだというのに! これから税率を整え養護院の建設を増やし迷える子供達の安寧を守る礎が出来上がる矢先であるのだぞ、あまりな仕打ちだ!」
肩を震わせてそう言い切ったアーロンに、忠実なる臣下の一人である騎士団総長ネロ・ハーバライトが一歩前へ出た。
「陛下、恐れながら……勇者が幼子とはいえ、すでに騎士団と互角以上に戦える才をお持ちです。魔王も顕現したばかりと聞き及びます、きっと魔王を退け戻って来る事でしょう。その為に勇者エルオーラには我が騎士団の若き副団長マース・アドン他、大神官の未来を約束されたセイグリッド・ミルロに英霊ユランの加護を受けた魔導士アーシェリー・トーラ、そして神童の拳闘士イルート・メレフェンロード。この精鋭達を供に付けております」
そう頭を下げながら発言するネロを、アーロンは眼光鋭く睨みつけた。
「強ければ良いというものではない。教育上良くないだろうが。魔物達を切り倒し骸の上を歩くのは誰だ? 幼い身で血生臭い酷路を強要され、人型の魔族とも対峙するだろう。命を掛けて戦う事だって少なくなかろう、油断すれば呆気なく命を落とすのが人間だ。如何にセイグリッドの回復魔法が優れていても、消えた命の灯は再び灯す事叶わぬのだぞ。勇者だけでない、神童と呼ばれるメレフェンロード公の末息子も十四歳……まだまだ子供だろう。子供達の精神に陰を落とす事になるのが心苦しい……。いっそ代わってやれたら………む、そうか、代わってやればよいのだ! 第一騎士団と変人は多いが無駄に腕の立つ第四魔導士団、それに神聖国の聖騎士団を派遣してもらおう、勇者バーティーに付ければ魔王軍など一気に攻め落とせようぞ!!」
椅子が倒れそうな勢いで立ち上がったアーロンは、良い事を思いついたとばかりにキラキラと目を輝かせた。
すぐに伝達せよと控えていた従者へ目を向けると、それまでアーロンとネロのやり取りを見守っていた宰相ラントルが慌てて止めに入った。
「何を言っているのです陛下! そんな目立つ軍勢に進軍させれば魔王軍とて黙っておりますまい。魔王の居城へ辿り着く前にもし総攻撃を受ければ勇者の負担が大きくなる事でしょう、それを陛下はお望みであられるのですか!? 国盗りじゃあるまいし、せめて勇者が魔王城を見つけ出すまでは軍を動かすことはなりませぬ!」
「ぬぅ………そんな目くじら立てずともよいだろう……」
「目くじらたてられるような事をしでかそうとするのは、陛下ではありませぬか」
「……はぁ、わかったわかった。では宰相、せめて隠密を二人追わせよ。勇者一行の様子や魔王軍の動向を報告させるのだ」
「――御意に」
ほっと静かに息を吐いた多くの臣下の後方で、無駄に腕の立つ変人と言われた第四魔導士団の団長が、解せぬという目で佇んでいた。
――◆―◆―◆――
一方その頃
勇者一行はファレンタースを出て一刻も進まぬすぐの花畑で、のんびりと大蟻の群を殲滅していた。大蟻はおおよそ大人の拳三つほどの大きさで、更に成長すれば中型犬ほどの大きさになるという。普段は地中に籠って秋の中頃に出て来ては農家の果物や野菜に被害を出し、時には人間を襲う事もある。しかし今は春の季節……魔王が顕現した事で活発化したらしい。農家の皆さんにはいい迷惑である。
大蟻の鎌のような歯牙や分泌物は錬金術の素材になる為に良い値段で売れるらしい、とは魔導士アーシェリーの発言である。庶民であるアーシェリーはたとえ十分な支度金に路銀を賜っていても、守銭奴ではなくとも心配なのだ。
なにせ勇者エルオーラは幼子であるから除外としても、他の三人の男共は貴族である。騎士マースは伯爵家の次男坊、神官セイクリッドは神聖国猊下の孫、そして拳闘士イルートは公爵家の三男坊である。とことん金銭感覚に不安を憶えている次第だった。
因みに勇者エルオーラはド田舎辺境伯の末娘である。
初めてオリジナル創作を書かせていただきます。
短めの連載になると思いますが、よろしくお願いします!