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喫茶店少女達の日常  作者: 夜狐
9/11

不運な1日

崩れかけの石壁に寄り掛かり、カミラは散弾銃に弾を込めた。スライドを引き、装填されたのを確認する。手に馴染む銃をしっかりと握り、足音を殺して歩き出す。ボロボロの小屋を迂回して薄暗い路地に出る。前方、大通りの方からは足音と話し声が聞こえる。カミラは木箱の影にしゃがんで潜む。この位置からなら、簡単には見つからない。銃口をその声と音の方向に向けた。照準を合わせ、待機する。少しして、そこを通る人があった。一目で分かる。敵軍の兵士だ。彼女は照準と標的が重なった瞬間に躊躇わず引き金を引いた。破裂音と反動。そして、男の悲鳴。

(まずは1人!)

彼女は素早くスライドを操作し、排莢と装填を行う。敵が何かを叫んで路地に突っ込んで来る。少し腰を浮かせて狙いを合わせ、敵の顔を撃った。顔面から血飛沫を上げて後ろに倒れるのが見えた。即死だ。

(そろそろ引き時ね)

彼女はまたスライドを操作し、牽制として狙いを付けずに路地の壁を撃った。急いでその場から走り去り、なるべく複雑な経路で逃走する。後ろの方から敵の声、そして銃声が聞こえる。窓枠を越え、家を突っ切り、塀を乗り越えて距離を稼ぐ。合流地点に到達すれば、味方が機関銃で追跡者達を皆殺しにしてくれる。それまで、彼女は走り去り続ける。背中に恐怖を感じながらも、彼女はなぜか興奮していた。

だが、その脚が突然止まった。物凄い衝撃を背中に受け、前に倒れる。踏み止まろうとした拍子に脚を滑らせ、一回転して仰向けになった。

(くそ!撃たれた!)

血が滲んでいくのが分かる。しかし、なぜか痛みは感じなかった。時間がゆっくり流れるように感じられた。倒れる最中、ライフルを構えた敵兵の姿を認めた。彼はボルトを操作し、自分の方へ向かって来た。床に身体が叩き付けられ、追い付いた敵と目が合う。青い目をした、若い男だ。

「わ……悪く思うなよ……」

彼は震える手で小銃をカミラに向け、引き金を引いた。閃光と共に弾丸が放たれ、カミラの額に接近する。その鉛の弾頭が、彼女の頭を貫く………。




着弾と同時に、カミラは上体を起こした。息が荒い。目の前には、薄暗い自分の部屋が広がっている。

「夢…………」

彼女は自分の額と胸、背中を触り穴が開いていない事を確認した。戦時中の光景を夢に見ていた。久しぶりにだ。それでもまだ、弾丸に貫かれた感覚が身体に残っていた。襲って来るかも知れない痛みに怯えながら、彼女はベットから立ち上がった。だが、いつまで経っても痛みは来ない。

(本当に夢だった……。よかった………)

彼女は安堵のため息を吐き、廊下へ続くドアを開けた。それでもまだ、彼女の身体には恐怖と緊張が絡み付いていた。

(でも私、興奮してた………どうして……)



「どうしたの?なんか元気無いけど」

「はぁ……なんか今日はね。色々あって」

カミラはカウンターに腕を付いてトビーと話していた。表情は曇っていて、トビーのジョークへの反応も薄い。

「変な夢見るしお皿割るし、飲み物溢すし。午前中だけでこれよ?もう嫌になるわ」

「そんな日もあるよ」

ため息混じりに、彼女は話していた。

「あの〜……」

「ん……あ、今伺います!」

控えめな女性のお客の声を聞き、カミラは慌ててそっちへ向かっていた。会計の時、彼女は釣り銭を床に落としてしまった。

「朝からずっとあんな感じよ。彼女らしく無いミスの連発」

「大変そうだね……。原因に心当たりは?」

トビーはレジにいるカミラを見ながら、ユーリアと話していた。

「変な夢見た、とは聞いてる。……もしかして、あの日が近いからかも」

ユーリアは何か心当たりを思い出したようだった。

「あの日?」

「ええ。確か来週だったかしらね」

「で、それって何の日なんだよ。すっごい気になる」

トビーは誤魔化すような言い方をするユーリアに焦ったく感じた。

「……リール街攻防戦。市街地での大規模な戦いよ」

それだけ言うと、ユーリアは厨房へと戻って行った。去り際に「この事、カミラには言わない方がいいわ」と忠告を残した。


「私、この仕事向いてないかも」

俯き、カミラが言った。

「そこまで落ち込まなくても……」

苦笑しながら、トビーが宥める。

「だってさ、この後に及んであんなミスよ?……やっぱり、塹壕にいた方が良いのかな……」

「そんな事ないって!カミラはこの仕事向いてると思うよ。今日はたまたま調子が悪いだけだよ」

慰めるトビーに、アメリアも加勢する。

「そうだよ!お客さんの評判も良いんだから!明日になれば戻るって!」

「2人ともありがとう……はぁ。今夜は久しぶりに飲もう。そうしないとやってられない」

いくらかマシになった顔を向け、彼女は呟いた。

「飲むって……お酒はダメだよ?年齢的に」

「お酒じゃないわ。レンワーズ社製のジュース。化学調味料たっぷり。病的な甘さ」

カミラが言っているのは、少しお高めのジュースの事だ。砂糖をたっぷり加えた果実の様な甘さで、美味しくはあるが、健康に悪そうだった。だから彼女は滅多に飲まないようにしている。でも、今日ばかりは飲まないとやれそうに無かった。


カミラの調子は悪かったが……なんとかこの日の営業は終了した。

「あ……」

夕食の支度をしていたユーリアが呟いた。彼女の手には空に近い砂糖のケースがあった。

「カミラ、砂糖買って来てくれる?明日乗り切れそうにないから」

「ん?分かった。ジュース買うついでに行ってくるわね」

「私も行こうか?」

料理の手伝いをしていたアメリアが顔を向けた。

「いや、私1人で大丈夫よ。……多分」

言いながら、彼女は少し不安そうだった。

「あなた今日は色々アレだから、車には気を付けてよ?」

「分かってるわ。蒸し返さないでよ」

大きなため息を吐くと、彼女は部屋に上着を取りに向かい、それを着て外へと向かった。街は既に暗く、微かな街頭だけが頼りだった。彼女は両手を上着のポケットに突っ込み、足速に店へと向かった。

幸い、無事にお店へ辿り着き、目当ての砂糖とジュースが手に入った。目的を達成した彼女は、帰路に着いた。薄暗い道を歩きながらふと思い立ち、カミラは自分の髪を結んでみた。

(ここを通れば近道よね)

彼女は薄暗い路地を抜け、時間を短縮しようとした。街灯の灯りの入らないその道は、真っ暗な穴の様にも感じられた。でも、髪を結んでいると「あの時」を思い出し、さほど不安にはならなかった。彼女は早足でその道へと入った。道の中程で彼女は小さな灯りを目にした。それは、タバコの火だった。暗闇から3人の男が現れ、彼女の前に並んだ。

「お嬢ちゃん、どこ行くんだ?」

タバコを手に持った男が声を掛ける。

「どこでも良いでしょ。……通してくれる?」

彼女は目を合わせないようにして、横の隙間を通り抜けようとした。

「おっと、そうはさせねぇぜ」

だが、3人の1人に道を塞がれてしまった。

「お嬢ちゃん、可愛い顔してんな」

最初に声を掛けた男はタバコを捨て、カミラの肩を掴んだ。

「いや、離して!」

「俺たちを楽しませてくれたら家に帰してやるよ」

彼らは笑みを浮かべて彼女を取り囲む。カミラは必死に抵抗するが、大人の男の力には敵わない。

「大人しくしろ!」

彼はカミラを力づくで壁に押し付けた。身を捩っても、抜け出す事が出来ない。

カミラは、以前にも似た経験があった。戦時中、敵兵に押し倒された記憶だ。地面に押さえ付けられ、必死に暴れるも彼は離れなかった。その時の恐怖が蘇り、身体が震える。このまま殺される、もしくは酷く凌辱される。或いはその両方……。

だから、カミラはあの時と同じ方法を取った。あの時と同じく、事態を打開するための、単純な行動。右手を上着のポケットに突っ込む。彼女はその手に馴染むグリップを握り、引き上げる。

その手には、回転式の拳銃が握られていた。

「離れろ!!」

カミラは鋭く叫び、冷たく凶悪な銃口を男の額に向ける。

「お、おい、それ……」

「狼狽んな!どうせオモチャだろ?」

取り巻きの1人が後退るが、カミラを掴んでいる男が睨んで黙らせた。

「だったらその汚い顔で試してみる?」

男の力が緩んだ隙に抜け出し、銃を構え直す。

「……やれるもんならやってみろよ…」

彼女の気迫に押されてか、男はやや威勢を無くしていた。

「アンタ1人を殺すくらい、簡単なことよ」

彼女は人差し指に力を込め、引き金を少しだけ引いた。連動して、撃鉄が持ち上がる。あと半分力を込めれば、発砲する事ができる。

「……もういい。クソが。お前ら、帰るぞ。……死んどけ、クソ女」

しばらくの沈黙があり、男はカミラに背を向けた。取り巻き2人も彼に続いて、薄暗い路地を後にした。

「今度同じ事をしてみなさい!その時こそ頭を吹き飛ばしてやるわ!!」

3人の背中に向かって、カミラは罵声を吐いた。撃鉄の半分起きた、拳銃の筒先を向けたまま。

やがて男達が消えていくと、カミラは静かに拳銃のハンマーを倒し、仕舞おうとした。無意識に手を腰にやり、ホルスターを付けていない事に気が付いた。

(ホントに今日は、最悪な1日だったわ)

彼女は拳銃を上着のポケットに仕舞い、今度は真っ直ぐに、明るい道を選んで帰路を急いだ。

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