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喫茶店少女達の日常  作者: 夜狐
7/11

ユーリアと墓標

「出かけてくるわ。長くても、2時間くらいで戻る」

「いってらっしゃい。雨、降るかもよ」

ユーリアはカミラに見送られ、立てかけてあった傘を持って店の裏口から外に出た。

今日は休日だ。しかし、外はあいにくの曇り空で、カミラは外へ出かける気が起きなかった。だから今日はラジオを聴きながら1日家にいるつもりだ。アメリアは朝から本に夢中になっている。その一方で、ユーリアは散歩に行くらしい。

外に出たユーリアは、まず近くの花屋に行った。そこで数輪が束ねられた白い花を買い、ある場所へと歩き出した。こんな天気だからか、出歩いている人は少ない。

彼女が向かったのは、町外れの広場だった。そこまで広くないそこには簡素なベンチがあり、中央に石碑が建てられている。「全ての犠牲者に安らかな眠りを」と彫られた黒い石碑の前に、ユーリアはさっき買った花を添えた。この石碑は、この周辺での戦没者を弔うために建てられた。敵味方問わずにだ。ユーリアは頻繁にここを訪れ、花を添える。寂れたこの広場に花を置くのは、彼女ぐらいしかいなかった。

「おう、今日も来たのかい」

すると、石碑の後ろの方から声がした。その方向のベンチに、1人の男が座っていた。歳は60歳程で、服装からして、お世辞にも裕福とは言えない感じだ。彼は容器に入れた酒を一口飲むと、ユーリアの方へと歩いて行った。

「頻繁に花を添えて、勤勉なやつだな。あの時と変わらない」

「……そうする事で、少しでも彼らの魂が……いえ、結局は私の心が安らぐからかも知れません」

ユーリアはこの老人と何度も会った事がある。彼もまた、よくこの広場を訪れている。

「何もお前さんが気に病む必要はない。お前さんは、当たり前の事をしたまでだからな」

俯いた彼女に、男はそう言葉をかけた。

「お前さんは一番勤勉だったよ。戦場でもな」


ユーリアは戦時中、狙撃手として活躍していた。ボルトアクションライフルを持って敵が通りそうな場所に2人1組で隠る。1人は狙撃、もう1人は護衛や観測を担当する。敵が近づくと数人を射撃して、反撃される前に素早く逃げる。敵の壊滅ではなく、戦力の削減や、士気を下げる心理的効果を狙った作戦だった。この手法を使い、彼女は30人以上の敵を殺害している。負傷や、未確認のものを含めるとその数はもっと多くなるだろう。ユーリアの他にも、同年代の狙撃手は何人もいた。彼女らはほとんどは、ユーリアが広場で会った、あの老人から狙撃の手解きを受けていた。

「今思えば、お前さん達を逃してやる方が良かったのかも知れんな」

「え?」

「車1台かっぱらって、何度も田舎とこの辺を往復する。訓練と手間は同じくらいだったろうよ」

彼はタバコに火を付けると誰にとなく口にした。

「ですが、私たちはあなたのお陰で生き残る事が出来ました。それについては、感謝しています」

ユーリアは頭を下げた。事実、彼女は狙撃の腕で何人もの仲間を助けた。もちろん、自分の身も守る事が出来た。だから、彼女は彼への感謝を忘れた事はない。彼女の中の、命の恩人の1人だ。

「あの時の俺は躍起になってたんだ。死ぬ気で戦って戦争を乗り越えたが、もう一度戦争する事になって、挙句には、最初の戦いを生き抜いた友達が死んで……。愛国心だか復讐心だか知らんが、俺は自分の代わりに敵を殺して欲しかったんだろう。今になって分かったよ。本当にすまなかった」

彼は石碑の近くに座り込むと、酒を一気に飲み干した。ユーリアは、何も言えなかった。確かに彼に感謝している気持ちもある。でも、彼女は狙撃手だった自分が嫌いになる事がある。今でも、スコープに映った敵の最期の顔が夢に出る事がある。戦後すぐは幻聴が聞こえる事もあった。一撃で仕留め損ねて、苦しみながら死んだ敵の最期の叫び声が耳に残っていた。終戦からしばらくは自己嫌悪と罪悪感から精神を病んで、医者に通っていた程であった。

だから彼女は頻繁にここを訪れている。殺した相手、死んでしまった中間、そして自分の心を慰めるために。

「戦争は異常事態だ。殺しが当たり前にあるからな。その状況下だ。誰もお前さんを責めたりしないよ。それに、お前さんは真面目過ぎるんだ。もう少し、気楽にやった方がいい」

「……でしたら、あなたも気に病む事はありませんよ。何度も言う通り、生き残れたのはあなたのお陰ですから。感謝しています」

老人は沈黙し、長くタバコの煙を吐いた。

「俺には責任があるんだ。一度、戦争を経験しているからな……いや、この話はよそう。まあなんだ、達者に暮らせよ。お前さんはまだ若いんだから。じゃ、俺はもう行くぜ」

そう言うと、老人は立ち上がって歩きだした。

「天気が悪い日は外で飲んでもあんまり美味くねぇや」

独り言を言いながら歩く、その曲がった背中に向かってユーリアは言った。

「あまり、お酒を飲み過ぎないようにしてください」

肯定か否定か、老人は無言で酒の入った容器を上げて見せた。

その老人もまた、戦争に責任を感じていた。自分の手で、多くの少女を人殺しにしてしまった事に。彼がここを訪れる理由は大体ユーリアと同じだ。死んだ仲間と敵のため。そして、自分のために……。


「ただいま」

ユーリアは店の裏口から戻って来た。

「お帰り。雨、降らなかった?」

「ええ。運がよかったみたい」

カミラと少し会話をし、彼女は夕食の準備をしようとキッチンへと向かった。

カミラは、ユーリアがどこへ行っているのか知っていた。そして、あの慰霊碑の所に行った後は、いつもより口数が少ないことも。カミラはその場所にあまり行った事がない。もっとも、彼女の戦場はこの街ではないからだ。だからその場所に用は無かった。

(ユーリアにとって、戦争はどう言うものだったんだろ?)

カミラはふと、そんな事を考えた。アメリアにとって戦争は悪い記憶だ。今もそれに苦しみ、大きな音や暗闇を怖がる。ではユーリアはどうだろうか。彼女は戦争の事を話したがらない。でも、彼女が狙撃手だった事、使っていたライフルは手放してしまった事。そして、狙撃手だった自分を嫌っていることは知っていた。

(じゃあ、私は?)

彼女はふと思い立ったように、自分の部屋へと向かった。クローゼットを開けると、薄暗がりの中にある、それらが目に入った。棚に置かれた拳銃、弾丸、古い写真。コート掛けには帽子からブーツまで揃った戦闘服。そして、散弾銃が立て掛けられている。勿論、弾薬も。その凶悪な姿は、今も命令を待っているようだった。その他にも、色々な物がある。

彼女は、戦時中の物をほとんど残していた。手放す事が出来なかった。

(私にとって戦争って?私はまだあそこにいるの?)

カミラは自分に問いかけた。何度目にもなる、その質問を。彼女も戦争で辛い思いをした。それでも、戦争は彼女にとって懐かしくもあった。思い出だった。

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