とある喫茶店
日常系は初めてですが、よろしくお願いします
とある小さな街に、一軒の喫茶店があった。前払い式で紅茶とちょっとした食事がお手頃な価格で買える。栄えている、とまではいかないが常に店内にお客がチラホラといる。そういうお店だ。
カウンターの後ろで少女が本を読んでいる。綺麗な金髪でいわゆる髪型はミディアムヘア。17歳くらいの少女だ。彼女の名はカミラ。この店の店長を任されている。
ドアベルの音が鳴ると、彼女は立ち上がりレジへと向かった。
「いらっしゃいませ」
お客は30代の男性。表の看板でメニューを見たのだろう。彼はすぐに注文をした。
「ミルクティーをホットで。それとビスケットを」
「かしこまりました」
彼女は男性からお金を受け取ると注文をメモに書き、数字の書かれた紙を男性に渡した。
「代金、ちょうどお預かりします。お好きな席に着いてお待ちください」
そして、店の奥の厨房へとメモを持って行った。
「ユーリア、ホットミルクティーとビスケット」
「ええ。今回はすぐ出来そうよ」
「じゃあ、よろしくね」
厨房ではユーリアと呼ばれた黒髪で眼鏡を掛けた少女が準備をしていた。彼女はこのキッチン全般の仕事を任されている。歳はカミラと同じくらいだ。
ユーリアに注文を伝えるとカミラはまたカウンターに戻った。基本的に彼女はここに居て、接客やレジを担当している。
「ねぇカミラ」
「なに?」
彼女が椅子に座ると、隣にいた少女が声をかけた。彼女もまた、この喫茶店で働いている。茶髪のボブヘアーで、少し背が低い。カミラ達より、若干年下だ。
「さっきのお客さんの、私が持って行くよ」
「じゃあ頼むわね、アメリア。私はここで暇を謳歌してるわ」
アメリアと呼ばれた少女は厨房の方をチラリと見た。
「まだかな?」
「流石にまだでしょ」
この店で働いているのはカミラ、ユーリア、アメリアの3人だ。別に店のオーナーがいるのだが、店舗はこの3人が任されている。
カミラは何気なく立ち上がり、カウンターの後ろにある棚の整理を始めた。装飾品や茶葉の入った瓶などが置いてある棚で、彼女は暇な時ここの整理をしている。「少し横を向けた方がいいかな」と思って装飾品に手を掛けたとき
「できたわ」
とユーリアの声が聞こえた。
「本当に早いわね……」
「言ったでしょ?すぐ出来るって」
トレーの上には湯気のたつミルクティーと、シロップのかかったビスケットが乗せられている。
「32番のお客さんだよね?」
「そう。あそこの人よ」
アメリアがトレーを受け取り、お客の所へ持って行く。お客の男性は彼女の足音に気付いて文庫本から顔を上げた。
「お待たせしました。ホットミルクティーとビスケットです」
「ありがとう。これは美味しそうだな」
彼はそれを受け取ると、まずは一口紅茶を飲んだ。
空になったトレーを持ってアメリアがカウンターへと戻る。これが彼女らの基本的な仕事だ。彼女ら3人は上手く仕事を分担できている。この店は3人だとやや広く感じるが、分担によってそれをカバーしている。人手不足は、そんなに感じない。
「こんにちは、カミラ」
ドアベルが鳴り、1人の少年が店に入って来た。彼はそのままカウンター席に座り、カミラと向かい合う形になった。
「いらっしゃい。今日もココア?」
「うん。少し濃いめで」
彼とカミラは慣れた様子で注文のやり取りをした。
「はい、今日の分」
彼は丸めて持っていた新聞をカミラに渡した。彼女はそれを受け取り、一面を軽く読んだ。
「また税金上がるの?」
彼女が驚いた声を上げた。
「隣の州だよ。うちじゃなくてよかったよね」
「そうみたいね。よかったわ。あ、いつもありがとね。トビー」
その少年はトビーと呼ばれた。歳はカミラと同じくらいだ。彼はこの近くに住む少年で、雑貨店で働いている。毎日昼過ぎ頃にやって来て、新聞を渡している。
「そうだカミラ。近くに新しいレストランが出来たみたいだよ。次の休みにでも一緒に行こうよ。お客を奪われない為に、調査するんだ」
「うーん……いいかな。他のお店と張り合う気は無いし。それと、口説きたいならもう少しいい言葉を用意して来なさい」
彼女はトビーの誘いを断った。彼はよく、カミラをデートに誘う。だが、基本的に彼女は断る。何度か食事をしに行った事はあるが、ほとんど断っている。
「作戦失敗か。まあいいや」
彼は頭の後ろで腕を組んだ。カミラもトビーもこのやり取りはいつもの事だ。トビーも、そこまで本気ではない。
「ココア、出来たわ」
「お、ありがとね」
奥からユーリアがココアを持ってきた。
「濃い方が美味しいな」
「そう?じゃあメニューに加えようかしら」
「だったらさ、もっと細かい注文が出来る様にしてみない?濃さとか甘さとか」
アメリアが立ち上がり、楽しそうに提案した。
「それいいわね」
「僕も賛成」
カミラとトビーも乗り気だ。
「私は却下ね。毎回そうしたら大変だもの。作るのはほとんど私よ」
ユーリアが冷静に言った。
「賛成の方が多いから可決だよ」
「民主主義なら、少数派も大事にするべきよ」
得意げに言ったトビーに、ユーリアが静かに反論した。
「確かに、ユーリアの仕事が増えるのは良くないわね。と言うわけで、この話は無かった事に」
「間違えてお客さんに怒られちゃうかもだしね」
「でも、僕には濃いめで入れてくれたよね?」
トビーが少し嬉しそうにしている。
「そうね。仲のいいお客さんにはそうやる事もあるわね。暇な時に」
「……カミラ、トビーにあれ、試して貰わない?」
ユーリアがカミラの肩を叩いた。
「あれ?」
「そう。アメリア、取ってきてくれる?」
「うん。わかった」
カミラとトビーは首を傾げているが、アメリアは分かっているようで、キッチンの方へと向かって行った。少しして、小さな瓶に入ったお菓子を持って来た。
「いつものお茶屋さんがくれたお菓子だよ」
「……ああ、あのお菓子ね。会社の新製品だっけ?」
彼女はそのお菓子、クッキーを小さな皿に乗せ、トビーに渡した。
「お客さんに試食して、よかったらメニューに載せようと思って」
「なるほどね。では」
彼はそのクッキーを口に運ぶと、しばらく頬張り、よく味わった。やがてココアを飲むと、味の感想を言った。
「バターと塩気がいい感じだと思うよ。ここのは甘いクッキーだから、しょっぱいのを置いてもいいんじゃないかな」
「お、好感触」
「早速メニューに載せよう!幾らにする?」
「そういうのは閉店後よ。でも、貴重な意見、ありがとうね」
ユーリアがアメリアを軽く嗜め、トビーに礼を言った。
壁掛け時計がチャイム時間をを知らせた。閉店の時間だ。
「よし、みんな今日も一日お疲れ様」
カミラは立ち上がって伸びをすると、店内を確認した。今、店の中にお客はいない。彼女は入り口の方へと向かう。静かになった店内には、彼女の靴音がよく響く。
(やっぱり、あの靴じゃないとそこまでいい音はしないわね)
自分の靴音を聴きながら店の扉を開け、表の駐車場に置いてある看板を抱え、店内に仕舞った。「営業中」の札も「閉店」に変えておいた。
「アメリア、先に上がっていいわ」
「いいの?」
「うん。たまには店長らしい事したいなって」
カミラはそのまま雑巾を持って、テーブルを綺麗に拭いた。カウンターではユーリアが今日の売り上げを計算していた。彼女は数学が得意だ。だからお店の経理も担当している。
「今日の売り上げはどんな感じ?」
「いつも通りよ」
「そっか。でも、今日はお客さん少なくなかった?」
「そうね。その代わりに、高額注文のお客が多かったわ」
カミラは店内の掃除をしながらユーリアと話していた。
「私も手伝うわ」
計算に区切りが付いたのだろう。ユーリアもモップを手に取り、床の掃除を始めた。
やがて掃除が済むと、店舗部分の電気を消した。
「よし、今日は終業ね」
暗くなった店を後に、カミラは奥へと歩いて行った。
これが、彼女達の一日だ。朝に店を開け、昼過ぎに休憩があり、夕方に店を閉める。後は彼女達の時間だ。夕飯を作って食べ、シャワーを浴び、余暇時間を過ごして寝る。週2回の定休日を除いて、こんな日々を過ごしている。カミラはもちろん、ユーリアもアメリアも不満を言った事はない。むしろ、満ち足りた生活だと感じていた。
夕食後の会議で、昼間トビーに試食してもらったお菓子の値段を決めた。驚くほど簡潔に会議が進み、値段は既にメニューにあるのと同じ値段になった。仕入れ値も、さほど変わらない。
「私はオーナーに連絡するわね。一応、新メニューだし。」
「了解。じゃあ、私はもう寝るわね」
「今日は早いのね」
「なんか眠くて」
カミラがユーリアに「おやすみ」と言って部屋のドアを閉めた。アメリアはもう先に寝ている。この喫茶店は2階建てで、2階部分に彼女らの私室とシャワールームがある。カミラの部屋には机と椅子、ベッド、本棚、そしてクローゼットがある。彼女はドアを閉めると電気を消して、そのままベッドへ向かった。毛布を掛けると、自然と眠気が降りて来た。カミラは毛布の温もりが好きだ。だから彼女はそれに包まれて、静かに眠りへと落ちた。また明日も、穏やかな1日が始まる。
ありがとうございました。今後も一話完結の形で進めていきたいと思います。