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第9話 愛国者連盟

 ――街の雰囲気とは違って一段と陽気な異形達が民謡らしきものを歌っていた。


『戦場へ行ったあいつが帰ってきた』

【万歳、万歳】

『男たちは笑い、女たちは涙を流した』

【万歳、万歳】

『けれども底を割った酒瓶で闘ったジョセフは帰って来なかった』

【大万歳! 大万歳!】

『戦場へ行ったあいつが帰ってきた』

【万歳、万歳】

『老人らが語り継ぎ、子供らは夢を見る』

【万歳、万歳】

『けれども敵の足首に嚙みついて闘ったクリスは帰って来なかった』

【大万歳! 大万歳!】


 一人のボーカルの声が歌を豊かに広げ、それに続く形で入る合いの手はこの合唱をより富ませている。元の世界でスポットライトに当たるような合唱ではないが、これはそういったものと全く違う土俵で最高のパフォーマンスを僕に魅せてくれた。

 気づけば僕はこの野生の合唱団に拍手を送っていた。


「なっ……!」


 そして、その場にいるおおよそ十人であろう異形達はぎょっと僕とユニティに視線を送らせるのだ。

 

 その突然の出来事に、たちまち僕は自分の使命を思い出して気まずくなり、講談師が聴者に語り掛けるように彼らに手を伸ばすと、

「あっ……、どうも」

 それに対して彼らは無言で回答し、やがて一人のワニ顔の異形が小さな声で、

「大変な客が来たぞ……」

 また、別の異形がすっとんきょうな声で、

「バルボアさーん! バルボアさーん!」

 と叫び、そのまま通路の奥の方へ駆けていった。

 僕とユニティは啞然とし、互いに顔を見合わせると同時に首を傾げた。恐らく、僕と同じことを思ったのだろう、「何が起こってる?」と。


 長くない時間が経つと、さっきすっとんきょうな声を上げて駆けて行った異形と共に二人の異形が僕たちの所へやってきた。一人は2メートルはあろうかという巨躯の持ち主で、この地下に造られた場所では窮屈そうだ。簡素な鎧を着ており、胸には飾り気のない装飾が付いている。また顔は『チェ・ゲバラ』のような髭を生やしているものの半獣半人といった感じだ。そして、もう一人は『スレンダーマン』のような身体が軍服を着ている……というより、軍服に着せられているようなギャップを持っている。

 半獣半人は顔に似合わず間延びした口調で、

「おぉ……、信じられねぇ、たしかに貴族階級の甲冑だ。そんな方がこの掃き溜めにいらすとは」

 なるほど、そういうことか。とんでもない甲冑を選んでしまったものだ。

「それで……、いや、聞くまでもないかもしれねぇが、一体何用で?」

  ユニティが半獣半人に向けて例の紙を差し出す。

「やっぱりそうだよなぁ。いやぁ、本当に信じられねぇ。じゃあ、ちょっとこっちに来てくれ」

 僕たちはその言葉ともに背を向けて歩き出す半獣半人の後をついていく。

 そして、再び異形達が民謡を歌いだす。

 

『戦場へ行ったあいつが帰って――』



 僕とユニティは地下牢獄と見まがうような簡素な部屋に連れてこられた。暗くじめじめしており、常に天井から音が聞こえてくる。人が快適に暮らすことができるのはどんな部屋か、というアンケートで得た結果の全てを逆にしたかのような一室だ。

 半獣半人と僕、ユニティは壊れかけの椅子に座り、スレンダーマンは部屋の扉の前に立った。そして、半獣半人がおもむろに口火を切る。

「ようこそ、俺たち()()()()()へ。歓迎する」

 へぇ、そういう組織名なんだ。てっきり、()敵な革命を()こすイリオ()人のための()、略して『SOS団』とかかなと思ってたよ。

「そして、俺とあいつがここを仕切っているが、俺がバルボア、あいつがゼー……」

「私はゼークトではない、フォン・ゼークトだ!」

 スレンダーマンことゼークトことフォン・ゼークトは食い気味に力強く言った。

 たしか、『フォン』というのは上流階級の異形の名前に絶対付いている称号みたいなものだったな。つまり、ゼークトは上流階級出の軍人というわけか……うわぁ、此の分だとエリート意識とかが強そう。

 などと考えていると、ユニティが僕に耳打ちしてくる。

「バルボアさんにゼークトさんも聞いたことがある名前です。方向はクルセイダーと参謀という形で違いますが、二人とも東部前線で活躍した軍人です」

 僕は軽く頷いてユニティに返事をする。

「それで二人の名前を聞いてもいいか?」

 バルボアは口調に似つかわしくないほど腰を低くして僕たちに尋ねた。

 僕は軽く咳をすると堂々たる態度で、

「私はヴォルフだ」

 ユニティは少し控えめに、

「私はユニティ・ハーミットです。よろしくお願い致します」

 そして礼儀正しくお辞儀をし、それにゼークトだけが反応して同様に頭を下げる。あぁ、これが育ちの差か、ユニティとゼークトよ。


 ゼークトは頭を上げると、僕の頭部を指さしながら、

「それで、その立派な兜を外して、顔を我々に見せていただけないだろうか」

「……はい?」

 僕の心臓が一挙に冷たくなり、そして変な汗が額から滲み出る。

 まずいっ! そんなことをしたら素性がばれるじゃないか! 反革命組織の面々だから素性を明かしてもいいというわけじゃないんだぞ、情報っていうのはどこから漏れるか分かったもんじゃない! 例えば、放課後に体育館裏で気になっていたあの娘にこっそりと告白したはずのに、翌日学校に行ったらクラスメイト全員にばれていたことなんてよくある話じゃないか! いや、この例えは少し古いか……って、そんなことはどうでもいい! 問題は反革命組織以外の人間に素性がばれるリスクを考えると、兜を外したくないということだ。

 そして、BGMとして『グルメレース』が脳内に鳴り響く僕は意味の分からないことを口走る。

「あ、いや、甲冑姿のキャラクターは創作物の王道ではないか!」

 すると応酬は予想通りか否かこの場の三人の冷めた視線であり、ゼークトはやや引きつった声で、

「顔を見せられない相手を信頼するというのは無理な話なのでね……」

 くっそ! 顔が無いあなたがそれを言うか! 

 すると、バルボアが立ち上がり、僕に両手を伸ばしてくる。

「まぁいいじゃねぇか。兜を盗もうって話じゃない。ただ、ちょっと顔を見せてほしいだけだ。もし、憲兵隊から送られたスパイだったりしたら困るしな」

 だったら、人を集める方法をもっと工夫すべきでしょ!

「なっ、やめろ、私は許可を出してないぞ!」

 僕はバルボアの腕を掴んで押し戻そうとするが、これがもう凄い怪力で僕の抵抗は無に等しく、やがてなすすべなく僕は兜をすぽんと脱がされる。


 そして、バルボアは機械のような反応で一言、


「ハインツ・オゥルゲン!」

 

 僕の顔が見えると同時に勢い良く立ち上がり、右手を高く掲げてそう言った。また、ゼークトも一瞬身体をビクッと震わせると、無言でバルボアと同じ姿勢を取る。

 すると、頭の回転が一度止まったのだろうか、数分沈黙が流れた後にバルボアが突然ぺたりと椅子に座り込む。

 バルボアはわなわなと震えながら僕に兜を丁重に返還し、両腕を見つめる。ゼークトに目をやると、既に右腕を下げており、特に何も思っていないようだが、見ての通りのポーカーフェイスなので本心は分からない。

 そして、僕はというと部下の失態で面倒くさい仕事が増えた上司のような面持ちでそれを見つめている。

 やれやれ、どうしようか。バルボアとゼークトが何を考えているかわからないけど、とりあえず口止めだ。口止めをしないといけない。まぁ、僕もといイシュメールとの約束をこの二人が破るとは思えないし、そこは大丈夫とは思うけど……、できれば懸念事項を増やしたくなかった。

 すると、バルボアがかすれた声で、

「……陛下、俺の首一つで大丈夫でしょうか」

 どうやら一国の王がこの場にいることへの驚きより、自分がしでかしたことへの罪悪感の方が大きいようだ。まぁ、僕がその状況だったら「なんでも致しますので命だけは!」と地面に頭をこすりつけて言うだろうから、バルボアはその重厚な体格に見合った肝を据えているよ。

「そんなことをする必要はない。むしろ、もっと早くに私自身がそうすべきだったのかもしれないのだから」

 しかし、結局この体は他人のものなので僕も言いたい放題だ。

「そんな……。いや、駄目だ。忠義を尽くしている方に俺はこんなことを……」

そううなだれながら言うバルボアの手を僕は取り、声に温かみを含ませながら、

「その忠義を尽くされている私が必要ないと言っているのだから、必要ないのだよ。それどころか、君の行動は勲章ものだ。敵地でこうして革命を起こそうとしているのだから」

 すると、バルボアは調子の外れた声で、

「勲章?……、陛下、少し一人の兵士のつまらない話を聞いていただけますか?」

 僕は即座に、

「是非とも聞かせてくれ」

 バルボアは少し間を置き、歴史の秘話を語り継ぐストーリーテラーのように、

「俺はまともに教育を受けたことがない無学の馬鹿野郎です。それでも、この俺のちんけな人生の中でも一つ誇れることがあるんです。俺が誰からも認められずに生きているか死んでるか分からないような状態で毎日を送っていたころ、先の戦争が始まりました。そしてほんの興味で軍に志願すれば、そこではみんなが、国が、俺を必要としてくれているんです。だから俺は無我夢中で戦いました。矢が尽き、剣が折れようとも戦いました。そしてこれをもらったんです」

 バルボアは自分の首から下げている小さな勲章を僕に見せる。

「この勲章をもらったとき、俺は国に尽くし、国の象徴たる陛下に尽くすことの喜びを知りました。そして、それ以降も多くの勲章をもらい、今ではクルセイダーなんかにされましたが、俺にとっての誇りはこの勲章をもらっときに抱いた思いです。俺はあなたに命を捧げる覚悟を持っています。ですから、この愛国者連盟をどうかよろしくお願いいたします」

 そう言い切るとバルボアは再び頭を下げる。


 このとき、僕の心は九割九分の感動と一分の焦りの下に置かれた。

 イシュメールを僕は名君とは思えない。恐らく、この考えはイシュメールのシンパからすれば簡単に論破できるものだろう。何せ、僕なんだから。しかし、いくらロジックが成り立った正論で論破されようと僕がこの考えを改めることはないだろう。また、イシュメールに献身したもの全てを悪く言う気も全く起きない。だって、ユニティが言っていたじゃないか。「意志は同じところにあるのにやり方が違うだけでお互いに軋轢が生まれるって……そんなの残酷です」と。正にそういうことなんだろう、このバルボアも。彼はすごいよ、自分を初めて認めてくれたものとはいえ、それに命を投げ出すことすらできるなんて。

 僕はバルボアの顔を持ち上げ、

「君は愛国者だ」

 そして、ゼークトにも目をやり、

「もちろん君もだ」

「……光栄ですな」

 そして、再びバルボアに焦点を合わせると、

「ありがとう、私は君のことを忘れない」

 僕がそう言うと、バルボアは再び勢い良く立ち上がり、

「ハインツ・オゥルゲン!」

 僕はそれに微笑む。

 さて、そろそろ一分の焦りの内容のお披露目といこうか。

 僕は肺に目一杯酸素を取り込ませると、


「私にこの愛国者連盟を任せたいとな?」

 

 バルボア、ゼークト、そしてユニティまでもが僕の問いに頷く。

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