風の精は少女と共に-2
「…この街を?」
「はい。お願いします!この武器を作った理由も、この街を守るために…」
「貴女馬鹿?」
つっけんどんな言い草の少女の一言を聞いて、私は思わず口を引き攣らせる。
…まぁ確かに馬鹿ではあるけど、始めて出会った人に言われるのはかなり心外だ。
「…一つ聞くわよ?どうしてこの街を救って欲しいの?」
「それは…」
此処が滅んだら初期地点が草原になるから?…流石に運営でも其処まではしない筈だろう。
…じゃあ、NPCが全員居なくなるかもしれないから?…それなら他の街に行ってしまえば良いだけだ。此処に何時までも居る理由なんて一切ない。
「…それは。…それは」
「感謝されたいの?崇められたいの?…ハッ!本物の馬鹿みたいね」
「違う……私は…出会って間もない私に優しくしてくれた夫婦を…」
「…貴方は馬鹿ね」
小さく呟くのと同時に、私の目の前に剣先が突き付けられる。
…此処の判定が専用イベント地点らしく、もしこのまま剣を振るわれたら私は死ぬ。
そんな事を頭の片隅に置いておきながらも、私は少女の方をじっと見つめた。
「そんなの旅人に恩を売った方が得になるからに決まってるじゃない」
「……ぁ…そん、な…」
「この街は悪人しか居ないのよ。そうじゃなきゃ私はこの部屋に閉じ込められていないのだから」
その言葉に、私は何も言えなかった。
……唯、目の前で私を不安そうな表情で見つめる少女をじっと見返すだけ。
それ以外出来る事なんて無くて…それが辛くて泣きそうだった。
「……そんな顔しないでよ」
「…?」
「私だって、助けてくれた貴女を虐めたい訳じゃないの。だって…騙されちゃうのよ?こんな街救ったって、感謝すらされないのに……」
「……そんな事、ない…です」
「あるわよ。馬鹿…」
そのまま剣を壁に向かって投げ捨てるのと同時に、少女の身体に鎧が纏い始める。
…けれどその鎧は固い金属というよりは柔らかい布っぽくて…それを見て少しだけ嬉しそうに微笑んだ少女が…私の身体を抱きしめてから壊れた壁に向かって走り始める。
「…傷は、痛くないんですか?」
「痛くないわよ。風精が私の傷を全部癒してくれたから」
「……何処に、行くんですか?」
「一旦私の大好きな場所に行くわ。ちゃんと捕まってないと落ちるわよ」
そう言いながら私の身体を強く抱きしめてくれる少女を見て…私はまだ名前を聴いていない事に気付いた。
何時聴こうかな…なんて考えつつ、でももし名前を聴いたら迷惑かな…なんて迷いが生まれて…それを見た目の前の少女が困った様な表情で頭を撫でた。
「…私の名前はリンよ」
「リン?」
「そう。小さい頃から一杯暴れてたからね。嵐の様な少女で、リン」
「ハケとかじゃなくて良かったですね?」
「名前の感想其処なのね…じゃなくて、貴女の名前は?」
リンが困った様に笑いながら私に問いかけるのを聴いて、私はどういう風に名前を言おうか考える。
…普通に全部言えば問題になるだろうか?…いやならないだろう。確か良くある名前だって聞いてたし。
「私の名前はニーナ・クリエス・ミルファです」
「…ミルファ一族のクリエス信仰者のニーナ……ごめんなさい。寡聞にして知らないわ」
「いえ。これは私が唯名乗っているだけなので…直接的なつながりは一切ないんですよ。きっと旅人の中にもそういった人は多いと思います」
「そう……それならニーナって呼ぶわね。此処ではミルファの姓は危ないだろうから」
「…そうですね。お願いします」
その言葉と同時に私達は下を見つめて“街を見下ろす”。
「…え?」
「ふふ。私この景色大好きだったの…どう?綺麗でしょ?」
「ど、どうやって浮いているんですか!?」
「勿論内緒。でも魔法を使えば飛べるとだけ言っておくわね」
そう言ってから私達は雲の上に座って小さく息を吐く。
……凄い、本当にファンタジーなんだなぁ…なんて考えながらも…私は恐る恐る雲を触り…その触感が気持ちよくて思わず微笑んだ。
「ねぇ。街の外を見て」
リンの一言を聴いて、私はその通りに街の外を見つめる。
…小さな点が沢山ある。…もしかしてあれが全員プレイヤーだろうか?
光ったり動いたり煌めいたり…多種多様なエフェクトが目に入るのを感じながら…私は思わずリンの方を見つめた。
「…私はね。この街が嫌いだった」
「……騎士団、ですか?」
「そう。此処はお城を作って城下町とは言っているけど、実際は何もない空の箱。王様なんて飾りでしかないし、騎士団は自分の利益を求めて走っている馬鹿ばっかり」
「…でも、“風精”騎士団は街の警備を」
私がそう言うのと同時に、とても言い辛そうな表情でリンが私の身体を抱きしめる。
…本当は言いたくなかったなんて小さく呟いた後に…
「“風精”騎士団は街を守ってる訳じゃないわ。統率が取れないから此処に居るだけよ」
そう言って、街を見下した。
本当に唯呆れている様な表情で、もし私が居なければこの街を消しても良いんじゃないかなんて考えているくらいの怒りの表情を浮かべたまま……リンは喋る。
「…ねぇ。本当にこの街を守りたい?私は守らなくても良いと思う」
「……どうしてですか?」
「もし此処よりも良い所に行きたいんだったら、私が案内してあげるからよ。本当の王都はもっと凄いのよ?一緒に行って、其処で武器とか作らない?」
「…それは……」
良い考えかもしれないと、少しだけ思ってしまった。
…例えば私は攻撃する事が出来ないから、最初の街から出る事は出来ない。
もし移動できるんだったら。私は守らなくても……
「でも、それだったら……此処の街の人は…」
「死んじゃえば良いんだよ。全員」
「…え?」
「私を生んだ母親も私を育てた新しい両親も私を騎士団に放り込んだ奴等も才能を羨んだ馬鹿な騎士団共も全員全員全員全員、死ねば良いんだよ」
その一言を聞いて、私は思わず目をぱちくりとさせた。
……そんな私を見て漸く自分の発言を思い出したのだろう。ごめんねと呟いてから…それでもやっぱりと小さく喋り続ける。
「……だからさ。私は守りたくないんだよ」
「…生まれ故郷でも、ですか?」
「生まれ故郷だからこそ、だよ」
その一言を聞いて、私は小さくそっか。と呟く。
それを聞いたリンがやっぱり移動する?なんて呟くのを首を振りながら…私は上から街を眺める。
「…私達は、この街が生まれた瞬間を見たんですよ」
「……?」
「豊かな草原が森に変わり、其処を切り倒して街が生まれて……きっと、此処は滅ぶべき街なんでしょう」
「そうだよ」
「でも私が信仰している神様は創造と誕生の神なんですよ。物も人も、全ては誕生するからこそ存在するんです。だからクリエス様の声が聞こえる限り…私は生まれたこの街を守らなきゃいけない……なんて、元々無神論者ですけどね」
そう言って小さく微笑むのと同時に、リンが少しだけ首を傾げる。
…私でも何を言っているのか分からないけど、取り敢えず伝えたい事はたった一つ。
「…だから私はこの街から出ません。この街が滅んだら、私の力が足りなかった…それだけです」
「……貴女は、死んでも良いの!?」
「えぇ。私達には死は存在しませんから痛みだって……」
オプションを開き、私は痛覚制限を切ってから微笑んだ。
「あ。痛みはありました。死ぬときは同じ痛みを味わっちゃいますね」
「……」
私の一言を聞いて、リンが小さく目を逸らした。
…そのまま私は立ち上がって、街の外を指さす。
「…三時間」
「……え?」
「先行組が他の街を発見し、此処から殆どのプレイヤーが居なくなるのが三時間後です。もし逃げるなら今すぐ逃げる事をお勧めします」
多分他のプレイヤーはご飯に行ったりとか色々するだろうなぁ…なんて考えながらも、私はゆっくりと街の方に降りようと身体を傾け…そのままぎゅっとリンに抱きしめられた。
「待って!」
「…?何か他に御用ですか?」
「……貴女は旅人の中でも神様に認められた本物の作り手なのよね?」
設定上はそうだね。なんて言えればどれだけ良かっただろう。
…この世界で生きているNPC達に設定なんて言ってもしょうがないし、けれど認められたなんて本当にそうなのかなんてわからない。
「…そうなんですかね?」
『あってるよ?わたしのいとしごは、あなたひとり!』
「……どういう事、ですか?」
私が首を傾げるのと同時に、周囲の雲が何かを模っていく。
それは人の形の様に作られていき、私より少しだけ高い身長になった少女の姿を見て…私は思わず一礼した。
「……これ、って…」
『あーあー!声聞こえてるよね?』
「は、はい!聞こえてます」
『そんな警戒しなくてもいーよー?風精は私が創った精霊さんなんだから、子供みたいな物だよー?……まぁ、愛し子を傷付けたらどうなるかは言わないけどね』
最後の言葉だけは私には聞こえなかったが、リンにはしっかりと届いていたらしい。
…そのまま壊れた人形の様に首をガクンガクンと振るのを見て、雲で作られたクリエス様が嬉しそうに私の方に近づいた。
『…まだ其処まで高みに近づけてないから、こんな姿でごめんね?いつかちゃんと、本体で会いに行くから』
「……それは楽しみですね」
『…でも、ずっと見てるからね。もし浮気とかされたら……ね?』
「大丈夫ですよ。クリエス様一筋ですから」
他に信仰する神様も居ないしね。
そんな事を考えながらも、私は周囲の光景を眺めようとして……目の前にウィンドウが突然開き…
【警告】Eクエストが発生しました。【警告】
『あー。間に合わなかったかー』
小さく呟いたクリエス様の声が、風によって遠くに運ばれていった。