プロローグ
「……これ、なんですよね」
小さく呟きながら、私はとあるゲームのパッケージを見つめる。
…其処に書いてあるのは“新作VRMMO”とか、“抽選販売実施中”とか…色々書いてあるテーブルだ。
当たりと書かれた画面とゲームコーナーを見続けながらも、私はこれが夢や幻じゃない事を確認して……そして何も素知らぬ振りをして適当な中古の本を持ってから店員さんの下へ向かった。
「いらっしゃいませ!商品お預かりしますね!」
「はい。…あと、こちらをおねがいします」
「ん?……成程、おめでとうございます」
私の画面を観てちゃんと悟ってくれた店員さんが、私にウィンクをしてから小さな声で嬉しい言葉を掛けてくれた。
そのまま外からは見えない袋に商品を入れつつも、私はゆっくりとそれを見つめ……そしてその視線に気付いた店員さんが微笑ましそうな目で見つめたのを見て、私は思わず目を逸らした。
「…ふふ。因みに私も今日当たったんです」
「そうなんですか?おめでとうございます!」
「……その反応は珍しいなぁ」
私がしっかりと先程言われた言葉を返すと、彼女は少しだけ驚いた表情を浮かべてから苦笑した。
…その言葉を聞いて私は首を傾げるが…それには特に何も言われず、商品の代金を支払ってレシートを袋に入れられてから微笑まれた。
「では、良いゲーム生活を」
「ありがとうございます。店員さんも良いゲーム生活を」
「ふふ。もし出会ったら色々お手伝いするからね?」
そう言いながら最後にもう一度ウィンクをした店員さんに苦笑しつつ、私は自宅に戻る。
片道五分が十分にも十五分にも感じられ、私は自転車を漕ぐ足を必死に動かした。
…帰ってセットアップしなきゃ。でも時間はまだある筈だし、先に情報の確認かな。でもスキルとか選択するなら早い方が……
「…っ!?」
「っと?!」
そんな事を考えていると、目の前の女性にぶつかりそうになって私は思わずハンドルを横に捻る。
壁にぶつかり私は息を呑むが、籠が無事な事を確認して小さく安堵の息を吐いた。
「御怪我は!?…あっ、ごめんなさい。考え事をしてて前を見てませんでした!」
「大丈夫大丈夫!私も急いで走ってたから!それよりも中身は大丈夫だった?」
「えっと…はい!傷とかも無いので大丈夫です」
「それなら良かった!私も前見てなかったからお相子お相子!それよりも……んー?」
ニコニコと微笑みながら私の方に近づいてきた女性を見て、私は思わず口を引き攣らせる。
…何か、駄目な事でもあっただろうか?
「…ふふ。そっかそっか……」
「…え、っと?」
「ううん!何でもないよ!それじゃあまたあとでね!会えたら会おう!」
そう言いながら走って行った女性を見つつ、私は思わず首を傾げた。
…あの人は初対面の人に対してさよならという文化を知らないのだろうか?
もしかしたら全部またねとかで済ませていたのかもしれないという考えに至りつつ、私は自分の家の駐輪場に自転車を止めて…そのまま袋を持って自宅に入った。
手洗いうがいをしてから急いで部屋に戻りつつ、私は袋からゲームを取り出してそれをゲーム機にセットして……そして時計を見た。
時間はまだ10時12分程、ゲームが始まるのが13時くらいなので今から設定をしなくてもかなり余裕がある筈だ。
「…まぁでも、折角ならスタートダッシュ決めたいですし…うん」
誰に言い訳をするでもなく、勝手に口から零れた言葉に私は苦笑し…そのままゆっくりとゲームを起動し始める。
…静かな起動音と共に意識が薄れていく感覚、この何とも言えない感覚と視界の端から白く染まっていくその感覚が少しだけむず痒い。
――Welcome to SSW!
「…っ!?」
――What you a name?
→__________ OK!
此処は確かプレイヤーネーム…つまりゲームで使う名前を打ち込むらしい。
因みに名前被りは無しらしいので、設定や名前から拘る人は買ってきたタイミングで直ぐに起動できる状態にしているとか何とか。
「…音声認識。えっと……ニーナ・クリエス・ミルファ」
――プレイヤーネームの被り...無し。不適切な単語...発見できず。
――その名前はプレイヤーネームとして利用できます!(おすすめ度:中)
「……おすすめ度?」
浮かび上がった文字に疑問を覚えつつ、私は取り敢えずOKボタンを押してから次の設定に移った。
…次はメインを生産職にするか戦闘職にするかの選択。此処は私の望みの為に生産職一択だ。
そのままサブ職業の選択に移る。此処で戦闘職を選ぶとどうやら生産職に幾つかの制限が掛かってしまうらしい。……つくづくMMOの生産職の不遇が分かるシステムだ。
取り敢えずデメリットスキルの選択を先に行いつつ、私はひっそりと笑みを浮かべる。
“戦闘スキルを取る事が出来ない”“戦闘による経験値の取得不可”“システムアシスト不可”“敵の索敵が不可能”“戦闘スキルの経験値が全て0に”“プレイヤーとのパーティー時、戦闘経験値が0に”“戦闘中HP・MP・SPの自然治癒が0に”“戦闘時攻撃と防御が1/2”“戦闘時被ダメージが2倍”“戦闘時与ダメージが1/2”“戦闘時STRが1/2”“戦闘時INTが1/2”“戦闘時DEXが1/2”“戦闘時VITが1/2”“戦闘時LUKが1/2”“戦闘時全ステータスが1/2”“戦闘時与ダメージが1になる”
デメリットスキルはその名の通り自分のデメリットになるスキルの事だ。因みに付けてても殆どメリットはない。
じゃあどうしてこのスキルを付けるかというと、どうやらこれを付けると初期のスキル選択で有利に働く様になるらしい。
…因みにこれよりは少ないが生産時に~といったデメリットスキルもあるので、一概にこれが正解だとは言えない。…まぁ、戦闘一切やる気ない人なんてほんの一部だろうしね。
因みにこのデメリットスキル達の制約からして一つあたり+5程度だろうか?とすると…+85に本来の初期スキル選択ポイントの+15を合わせて…丁度100だ。
「一応見ながら決めましょうかね?」
一番大事なのは“全ての生産スキルが一纏めになる”か“素材によるダメージを喰らわなくなる”だろうか?
でも正直“生産に掛かる時間が1/2になる”系を進化させるのもありな気がするし、“生産時に付与される効果が強化される”系の進化もかなり良い。
しかし全部のスキルを取るにはポイントが足りないし、素材によるダメージを切るべきだろうか?
でもステータスパッシブは欲しいしなぁ…うーん。
「……って、桁違いのスキルがありますね」
“戦神の加護”が-15で“戦神の祝福”が-30……“戦神の寵愛”に至っては-50ポイントとかいうえぐいポイント制。
…そして悲しい事にスキルの詳細が一切分からない。試しに加護とか押してみたら“戦いの神の加護が得られる”としか書かれてないし、そもそも“戦神の加護”は私の初期スキル欄に入らなかったし。
やはり神様に愛されないと入らないのかなぁ…なんて考えながらも、私はゆっくりとスキル欄をスクロールして……
「あ」
このスキルが最近流行りのスキルです。
↓
“クリエスの溺愛”-40ポイント←おすすめ!
↑
絶対に手に入れた方が良いよ!
とても胡散臭いスキルがあった。
…いやまぁ確かに生産職って少ないよ?それにクリエスって名前は“創造と誕生の神”として崇められているけど……此処まで運営がプッシュしてくることある?…まぁ、名前に入れる位好きだからスキルは入れるけどさ。
因みにクリエス様は身長低い事をコンプレックスに感じる白髪金眼の女神らしい。でも設定欄見たら実際には私の方が身長が低かった。…凄い悲しかったですね。
「……というか40ポイントって。戦神より少ないんですね。……まぁ、戦神だと纏められてるから人数差でって事なのでしょうか?」
取り敢えず100ポイントから60ポイントに変わったのを見つつ、私は後悔しない様に幾つかの選択を取る。
先ず初めに“生産時に付与される効果が強化される”と“生産に掛かる時間が1/2になる”の強化は終わらせておきたい。確か合計で30ポイント必要だった筈だ。
とすると残りは30ポイント、此処で“全ての生産スキルが一纏めになる”を選択するとポイントは完全に消えてしまうので選択しない方が正しいのかな。
「むむむ……どうしましょうかね」
『…ふふ』
「…?」
私が悩んでいる時に、誰かの笑い声が聞こえた気がして私は思わず振り返るが…其処には誰も居なかった。
…どうやら幻聴まで聞こえてしまったらしい。取り敢えず早めに決めておこう。
そんな事を考えながら約40分が経ち……私は最終的に苦渋の判断でOKボタンを押した。
――初期保有スキルは“クリエスの溺愛”“生産時に付与される効果が凄く強化される”“生産に掛かる時間が1/10になる”“生産時に全ステータスが2倍になる”“メイドが一人付いてくる”で宜しいですか?
「…はい」
――それでは次にアバターの設定を行います。
―初期アバターにしますか? YES NO
「YES」
――髪色だけを変えてアバターを決定します。好きな髪の色をお選びください。
取り敢えず適当な色に設定してOKを押す。
…色はクリエスと同じ白髪にしてみた。お揃いになった事に少しだけ感動しつつも、私はゆっくりと笑みを浮かべた。
――それではゲームが始まるまで今しばらくお待ちください。
―ログアウトしますか? YES NO
現実の時間を見ればもうそろそろ始まりそうだったのでNOを押しつつ、私は笑みを浮かべたまま……新しいゲームの始まりを待ち続けた。