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学園闘争  作者: 竜王宮ロナ
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0話

 薄暗い部屋。灯りの類はなく、部屋の壁に書かれた文字が薄く光輝いているのみ。床の中央はどうやら巨大な鏡になっているようで、わずかに反射した壁の光がその存在をぼんやりと映し出す。

 その鏡の傍にひとつの人影があった。フード付きのローブをまとい、右手には背丈より高い杖——錫杖しゃくじょうのようだ——を持っている。フードは目深に被られているため、表情も性別もわからない。だがフードは常に鏡の方向を向いていた。

 どのくらい経っただろうか。静寂を破り、鏡面にぼんやりと映し出されていたわずかな光が不自然に歪み、歯車が軋むような甲高い音を立てながらゆっくりと回り始めた。まるで彫刻のように佇んでいたその人影が身じろいだ。鏡の速度は次第に上がり、甲高い音も激しさを増す。


 シャンッ


 甲高い音が何かの悲鳴にすら聞こえ始めたとき、傍らの人物は右手の杖をわずかに持ち上げ、地面へと下ろした。錫杖の先の遊環ゆかんが身をぶつけ合い、高い音で鳴く。鈴ようなその小さな音は部屋中へ響き、鏡の甲高い音を飲み込むように虚空へ消えた。そしてまた静寂が戻った時、周囲を淡く映し出していたはずの鏡面は墨汁を垂らしたように黒に染まっていた。


 シャンッ


 先程と同じ音色が部屋中に響き渡った。その澄んだ音色は黒い鏡面を波立たす。波紋は鏡の中央から広がり、縁へぶつかり、また中央へと返る。それを繰り返して、波紋はいつの間にか消えた。鏡面を揺らす黒い波紋が収まったとき、鏡面には黄金の文字が浮かんでいた。

 フードの人物はその様子を声もなく見つめ、小さく呟いた。



「————神託が下った」


 ◆


 穏やかな光が差し込む通路を二人の人物が歩いている。斜め後ろを控えるように歩く短い髪の少女が、手に持った紙の束を落とさないように、前を歩く女性に伝える。

「各学園の代表はすでに到着して、会議室に集まっているみたい」

 前を行く女性はその絹のような金色の髪を遊ばながら、歩みを止めることなく問い返した。

「今度こそ、生徒会長たちはみんな集まったのかしら?」

「いいえ。相変わらず、呪恨道じゅこんどう幻夢都げんむとは代理を立てたわ」

 そう、と前方の女性は気に留めた風もなく答えた。そのまま2人は言葉を交わさず歩いていく。

 やがて二人の歩く通路の先に荘厳な造りの扉が見えた。歩いてくる少女たちを見て、扉の前に控えていた屈強な男が一礼する。

「どもっす、会長」

 ご苦労様、という女性の言葉に頷きつつ、男は扉を開けた。

 扉の向こうはやはり同じような荘厳さで、所狭しと飾られていた。部屋の中央には丁寧な飾り彫りが施された巨大な机が鎮座し、その周りには同じ飾り彫りが施された椅子が12脚。向かい側の壁には来客者用の大きな扉があり、壁に飾られた曇りのない剣や槍は、天井に吊るされたシャンデリアによって美しく煌めいていた。

 部屋にはすでに四人の人が椅子に座り待っていた。彼らはひとつに固まらず、互いを牽制し合うように座っている。女性たちが扉を閉めた音が部屋に響き渡ると、奥の方の席の人物が動いた。

「お、やっと来たか」

 言い終わらないうちに大きな欠伸をする。どうやら椅子に座って寝ていたらしい。

「遅くなってごめんなさい」

「別にいいさ。ここの椅子は柔らかいからよく眠れた」

 男は椅子から落ちそうになっていた体を戻しながら飄々と答える。その言葉に嫌味は無い。

「何言ってんだ。柔らかすぎるぜ、これじゃ」

 二人の会話を聞いて、男の三席ほど隣に座る小柄な男が悪態をついた。

「相変わらず、ただの会議室にも金をかけやがる。流石は天下の希聖院きしょういんサマだな」

 皮肉に満ちたその言葉にも女性は穏やかに答える。

「今回のように各学園との協議でも使う場ですから。皆様に失礼の無いように少々凝った造りにしてあります」

 少女の言葉に小柄な男は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「少々凝った? これが? じゃあ、生徒会長サマの部屋はどれだけ凄いことになってんだろうなぁ。床も壁も純金で出来てんじゃねぇの?」

「貴様、いい加減にッ——!」


「いい加減にしろ」


 食ってかかろうとした屈強な男の言葉を別の言葉が遮る。小柄な男の前に座る目つきの鋭い男が小柄な男のことを睨みつけていた。

「少々などと言うのは謙遜に決まっているだろう。そんなことも分からないのか」

 男の硬い声に小柄な男はおどけたように肩をすくめる。

「おいおい、なにキレてんだよ。ただのジョークだろ? そんなことも分からないのかよ?」

 男の言葉をまねるように嘲る目つきの鋭い男のまなじりが吊り上がり、椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がる。

「お止め下さい」

 少女の凛とした声で目つきの鋭い男の動きが止まる。

「話合いの場での戦闘行為は禁止です」

 少女の淡々とした忠告に、目つきの鋭い男は無言で椅子へと戻る。

「残念だったな」

 小柄な男はこうなることが分かっていたかのように下卑た笑みを浮かべながら目の前に座った目つきの鋭い男に声をかけた。向かいに座る男は聞こえていないように振る舞う。

 少女はそれらの喧騒が収まったのを確認すると手前の椅子へと腰を下ろす。その様子を確認して、ショートカットの少女が部屋中に凛とした声を響かせた。

「それでは、各学園の代表が揃ったので、ただ今より緊急会議を始めさせていただきます。本日の議題は――」

「『神託』の件だろ?」

 少女の言葉に続くように飄々とした男が答える。金色の髪の女性が頷き、ショートカットの少女に替わって答える。

「ええ。通常であれば神託はそれぞれの学園で処理されるものです。しかし今回の場合は一度集まり話し合う必要があると感じました」

 その言葉を飄々とした男が拾う。

「たしかに今回の神託は変だったな。なんだっけ?」

「今一度、神託の内容を転記したものをお渡しします」

 女性の言葉に答えるようにショートカットの少女が来訪者たちに紙を配る。


『曇った金剛石六つ

 研磨し輝くもヒト次第 磨り減り無くすもヒト次第

 その輝きはヒトを惑わし その硬さはセカイを砕く

 信じて使うも 疑い捨てるも ヒト次第』


「何度読んでもわかんねえや、こりゃ。『金剛石』ってなんだよ」

「ダイヤモンドのことだ。……それでも本当に生徒会長か?」

「解析はいつも任せてんだよ」

 目つきの鋭い男の言葉に飄々とした男はきまり悪そうに目を逸らす。二人の話を聞いて、小柄な男が口をはさむ。

「要は金だろ? それぞれの学園で使えばいいじゃねえか」

「いえ、『神託』は比喩で表してあります。金剛石と書かれていても物資とは限りません」

「……『ダイヤの原石』か」

 飄々とした男が困ったように女性の方を見る。

「つまりどういうことだ?」

「すごい才能を持った人が来るかもしれないということです」

 飄々とした男の目が輝く。

「そういうことか! ヒーローが来るってことだな!」

 男の言葉に、「餓鬼かよ」と小柄な男が笑う。

「ヒーローってどんな奴なんだ? 羽とか生えてんのか?」

 その言葉に女性の後ろに控える屈強な男が吹き出したが、女性は構わず続ける。

「この神託が物か人かは分かりませんが、少なくとも吉報の類だと思います。今までの神託では悪いことは災害などで例えられてきたので」

「六という数字からして、全ての学園に『金剛石』が分配されるのだろうな」


「おいおい。そりゃあおかしいだろ」


 目つきの鋭い男の発言を聞いて、小柄な男が素っ頓狂な声をあげる。

「全ての学園なわけねぇだろ? 『浄音寺じょうおんじ』はもう潰れたんだからさぁ」

 小柄な男の言葉には下卑た笑みが含まれている。目つきの鋭い男は射殺すように睨みつける。

「潰れてなどいない。浄音寺は――」

「潰れたんだよ。校舎も焼かれ、校地も占領され、生徒は散り散り。おまけに生徒会長は生死不明だ。こんな学園が機能してるって言えるか? なぁ?」

 目つきの鋭い男の威圧に動じた素振りもなく、小柄な男はゲラゲラと笑いながら、目つきの鋭い男の言葉を遮る。

「やめてください。ここは話合いの場です」

 目つきの鋭い男の目がさらに鋭くなったのを見て、髪の長い少女が止めに入る。その言葉には有無を言わせなくする重圧があった。二人はすぐに静かになる。

 彼女は小柄な男の方を向いて続ける。

「それ以上相手を刺激するような発言をするなら、暴力行為とみなします」

 おお、おっかねぇ、と小柄な男が肩をすくめる。

「つーかさぁ、俺より先にキレるべき奴がいるだろ? 浄音寺を潰した張本人がよぉ」

 そういって小柄な男は来客者用の扉へ顎をしゃくる。扉に最も近い席には話に加わらず本を読んでいる青年がいた。髪も服もすべてが闇のように黒い。青白い顔だけが宙に浮いているようだ。

「お前のところはいいよなぁ、浄音寺の分まで資源取り放題で。今回の『金剛石』とやらも二つもらえるんじゃねーか?」

 小柄な男の皮肉めいた言葉に彼は本から顔も上げずに答える。

「申し訳ありませんが私にはわかりかねます。全ては主が決めますので」

 青年の感情が感じ取れない口調に、ショートカットの少女が言葉を重ねる。

「その主はどうした。またも欠席のようだが」

「主からは、『お前らの考えなど聞かなくてもわかる』との伝言を預かっています」

 またか、とショートカットの少女はあきれたように呟く。

「あ。ウチの生徒長サマもいつも通りだぜ。『わざわざ自分の命を危険にさらすような真似はしない』ってよ。だからこそ俺が来ているんだが」

 思い出したように小柄な男が付け加える。その顔はどこか誇らしげだ。

 コホン、と髪の長い少女が小さく咳払いをして話し始める

「この度の神託はきっと過去に類を見ないほどの吉報だと、共通認識は出来たと思います。それが生徒であれ、物資であれ、その扱い方に特に制約は設けてはいけないということも」

「……『ヒト次第』ということか」

 はい。と頷き、女性は続ける。

「その『金剛石』を使うか捨てるかは各学園の判断にゆだねたいと思います」


 一呼吸おいて、ただし、と続ける。


「『六学園協定』は継続します。『金剛石』を得たからといって各学園のバランスは崩してはいけません。一歩的な領地の侵攻などは行わないこと」

 言葉の重みが違う。飄々とした男も小柄な男も真剣な表情で黙りこくる。ショートカットの少女が畳みかけるように問う。

「希聖院は今回の神託に対して以上のような提言を行う。異議を唱える者があれば挙手を」

 彼女の言葉に異議を唱える者はいない。飄々とした男が満足そうに頷く。


「それでは本会議はこれで解散します。各学園までお気をつけてお帰り下さい」


「はぁ、面倒くさ」

 少女が言い終わるが早いか、小柄な男が立ち上がり、扉の方へと向かう。

「おい、雑魚。忘れ物だ」

「あ? 誰にむかって――」

 鋭い目の男の言葉に、歯をむいて小柄な男が振り向く。するとその上半身がずるり、とずれ、床へと落ちる。その様子に飄々とした男と、屈強な男が目を剥く。

「なッ――!」

 床に倒れ、自分の身に何が起こったかに気付くと彼は叫び出す。

「痛ぇ! 痛ぇよ! チクショウ! ××××ッ――!」

 叫びのたうち回る小柄な男の体がドロリと溶け始める。全身の色素が消え透明な塊になり、やがてそれは水たまりとなって床の上に広がった。それに合わせるように、カチンと目つきの鋭い男の腰に吊り下げられた刀が鳴いた。

「会議は終わっていた。咎められる謂れはない」

 男の言葉に、女がニッコリとほほ笑む。

「ええ、問題ありません。」

「床を汚した。すまない」

「こちらで片付けますから、お気になさらず」

 失礼する、と言い目つきの鋭い男は来客者用の扉から出ていく。気付けばあの黒い青年もいない。騒ぎの間に出ていってしまったようだ。

「相変わらず、すげえな、アイツの居合。刀が見えねえんだもん」

 飄々とした男が親しげに屈強な男に話しかける。まったくだ、と屈強な男が相槌を打つ。

「じゃあ俺も帰るとするよ。早く帰ってこいって怒られてんだ」

「次に会うのは七月の模擬戦か? それまで達者でな」

「俺を誰だと思ってんだ。そんなにヤワじゃねーよ」

 二人は拳を合わせ、楽しげに笑う。じゃーな、言い残して飄々とした男も来客用の扉から出ていった。


 来客者たちがいなくなった部屋で髪の長い少女が呟く。

「……私ね、何か変わる気がするの。この神託でね」

「変わる?」

「ええ。『金剛石』よって、ね」

 眉を寄せる少女をよそに、髪の長い少女が立ち上がる。

「さて、私たちも行きましょう。入学式の準備だとか、やることはいっぱいあるのだから」

 彼女が出口へと向かうと、その後ろに少女もついて行く。屈強な男は既に床の掃除を始めている。

 女性が通路へとつながる扉のノブをひねるとき、彼女は小さくつぶやいた。


「――『セカイを砕く』」


 ドアの開く音にかき消され、少女には届かなかった。


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