東側の窓
暑い夏の午後、ママ友の二人が部屋で話していた。やや年季の入った木造の住宅で、そこかしこのドアも障子も開けられ、さらに家の方々窓が開け放たれて部屋の中を時折風が吹き抜けてゆく。
「あなたの家にはエアコンは無いのね。それでもずいぶん涼しい。いいわねー」
初めて招かれた彼女が通された居間を見渡しながらお世辞では無い羨望の声だった。確かに家中に自然な涼やかさが漂っていた。
「ウチはね、あの東側の窓を開けると、とってもいい風が入ってくるのよ。だから快適なの」
この家の女主人は、自分の気持ちをよくぞ汲み取ってくれたという調子で弾むように、その、東側の窓を指さした。窓の向こうには名は分からないが緑の葉をいっぱいに茂らせた木が一本二本立っているのが見えていた。
「へえ~。ウチはここと近いけれど、窓を開けてもこんないい風は入ってこないわ」
友人が不思議そうに、残念そうにそう言うと、
「この家は中古で買ったの。買った時、あの東の窓は、なぜか理由は分からなかったけど板で塞いであったのよ。板を外してみたら、とってもいい風が入ってくることが分かったの。……でも、風だけじゃ無くて、その風に乗っていろんなものが入って来るのよねぇ。それはチョット嬉しかったり、困ったりするんだけど」
彼女は友人に透明な茶碗で冷たい緑茶と茶菓子を勧めながらそう言ったが、その声は尻下がりに少し自信を失うようにトーンが下がって行った。
「いろんなもの?」友人は少し頓狂な声で聞いた。そして早速、出された冷たい茶をおいしそうに一口含んで味わうようにじわりと飲んだ。
「そうなの。「風に乗るもの」っていうのかな、まず紙類よね、当たってる宝くじとか、一万円札とか……」
「うそ!?そんなものなら大歓迎じゃないの。羨ましいわ」
「いい物だけってワケじゃ無いのよ、息子が密かに始末しようとした点数の悪いテストだとかあるし、どっかのスーパーのチラシとか。まあ、知らなかった安売りが知れて嬉しいことは嬉しいけど……あとは、渡り鳥とか、大きなカブトムシとか……カブトムシは息子が喜んで捕まえてたけど。他にも風に乗るものは何でもっていう感じで、あの窓から飛び込んでくるの」
彼女の語気にはあまり思い出したくないという気配が漂っていた。。
「すごいわね。渡り鳥なんて、飛び込んで来たらわたし絶叫して走り回ってしまいそう」
「まあ、何もしなければ……ほら、あっちの西側の窓あるでしょう?あそこからすぐに外へ出て行くの。だから、入ってきたときにうまく捕まえないと、どんなものも目の前を通りすぎて飛んで行っちゃうんだけど」
「そうなんだぁ。……今までに捕まえたもので一番いいものって何だった?」友人は興味をむき出しに、彼女の方へ前のめりになって聞いた。
「そうねぇ、今のダンナかしら。いい男だったから必死で捕まえたわ」
彼女は、クスリと笑って、茶菓子を口にほおばった。
「ええ?男が風に乗って来るの?」それは友人の想像力を大いにかき立てたようだった。『男が風に乗って窓から飛んで入って来る』とはどんな光景か、それはいい男だというし。ぜひともこの目で見てみたかった。するとそこで、
「そうなの。風任せの風来坊ってヤツよ……ほらまた!」
東側の窓から一際強い、けれど爽やかな果樹園の香りに乗ってしゃれた風体の男が風の中を泳ぐように入って来てソファに座る二人に手を振り微笑みかけながら目の前を吹き過ぎてゆく。それをこの家の女主人は楽しそうに見、友人は呆気にとられて見送った。
「すごいわ……アレならわたしも捕まえたい。でも、前のダンナさんはどうしたの?」
「ウフ。前のダンナはね、糸の切れた凧みたいな人だったから、西の窓から風に乗せて飛ばしちゃったぁ」
友人の女性はそれを聞くと女主人の手を思わずしっかり握りしめて、訴えかけるような目で見つめるのだった。
タイトル「東側の窓」




