やんちゃな骨格
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ん〜? どうしたつぶらやくん。いきなり顔をしかめたりして。
――肩甲骨のあたりが、痛くて仕方ない?
ああ、ときどきあるねえ、私も。
原因はいろいろ考えられて、特にお腹まわりの下半身が凝っていることが多いらしいよ。お腹の筋肉と背中のあたりの筋肉は連動しているって聞いたよ。
よくさ、「自分の体のことは、自分が一番わかる」というセリフを聞くじゃない? けれど厳密に分かっているのは「自分の体の痛み具合」くらいだと思うんだよね。
「こうすりゃ痛い、ああすりゃ辛い」の度合いは分かってもさ、原因や対策なんてちんぷんかんぷん。こんなパターン、多いんじゃなかろうか。
本当は治療を受ければ回復するのに、素人判断で「俺はもう長くない……」とか言い出すようなら、知ってる人にはギャグにしか思えないだろう。
学校時代、理科室に置かれている人体模型や骨格標本。目にしない人はまずいないだろう。でもそこから関心を持つべき、身体のシステムなど多くの人が理解できていない。違うかな?
役目を果たせず置かれているなら、ただのゴミ。そうなりかねない彼らが、どうして学校に配され続けているのか。
実は以前に、これをめぐって不思議な経験をしたことがあるんだ。つぶらやくん好みの話だと思うが、聞いてみないかい?
私が中学生になったばかりのときだ。
怖い話好きだった当時の私は、さっそく入学した学校にまつわる七不思議を集めだしたんだ。
その中のひとつに「やんちゃな骨格」というものがあった。
この理科室に置かれている骨格標本は、実はスペアがたくさん存在する。ここの骨格標本はひと気が少なくなる夕方から夜更けにかけて、校舎内外を駆けまわるらしい。
それだけなら、他の学校で聞く人体模型、二宮金次郎と大差ないが、ここの骨格標本はいささかやんちゃが過ぎるらしい。
元気に動き回った結果、身体のどこかをぽっきり破損してしまうことがあるんだ。それがあまりに大きい場合は取り換えるが、小さければ何かしらでカモフラージュし、引き続き理科室で立ち続けるようにしている……という内容だ。
――ちょっとは面白いことがあるといいんだけどなあ。
冒険に憧れる年ごろの私は、話を聞いた日から理科室の骨格標本に意識を向けるようになる。
さすがに授業中や休み時間に動き出すという、アクティブな真似は見られなかった。学校帰りに「やんちゃ」姿を張ればそれいいだろうが、私には個人的に気になっていた部分がある。
「小さい破損はカモフラージュし、骨格標本が引き続き理科室に立つ」という一節だ。
どうしてシンプルな怪談に、このフレーズが加わったのだろう。何か裏があるんじゃなかろうか?
私はまず、この標本のカモフラージュの跡とやらを、確かめてみようとしたんだ。
理科の時間の前後、私は怪しまれない程度に骨格標本へ近寄って、様子をうかがってみる。
正面から見て分からなければ、わざとポケットに差しておいたシャーペンを落としてかがみこみ、スケスケの身体を下から眺めることもした。
この相手が肉をまとい、服をまとい、スカートを身に着けていれば、わいせつ行為にランクアップするんだ。逆にいうと人間、すべてを取っ払えば、サイズはともかく皆がこの姿になる。
なのにどうして、この骨相手にはわいせつが成り立たないんだと、若かりし私はぼんやり考えちゃったものだ。
当然というか、表立って私を咎める者は現れず。さらには、掃除分担の候補に理科室があったのも渡りに舟。これでもっと骨を調べられるぞと、私は半ばウキウキしながら、清掃時間を待っていた。
掃除に取り組むかたわら、注意深く骨を観察して数日。私はようやくそれを見つけた。
胸椎の裏側。教室の壁とのわずかなすき間からのぞくと、12対目のろっ骨の真横にばんそうこうが貼られていたんだ。
骨格標本に合わせた黄土色だったが、完全に溶け込むことはできていない。更によく見てみると、星くずのようなきらめきが、ばんそうこうのところどころに散りばめられている。
私は周囲を見回し、みんながこちらへ目を向けていないことを確認。そっと壁との間に指を突っ込んで、ばんそうこうをはがしにかかったんだ。
貼り付いている部分を、コリコリと数ミリだけ浮かし、爪の先ではさんで持ち上げた。糸を引いて離れる接着面。
その下から見える骨は、他の部分と同じ。ばんそうこうよりもやや黄色みを帯びた表面だったが、綿棒の先で突いたような小さいへこみが確認できたんだ。
「ダン!」と理科室の外に面する窓が叩かれた。
びくっとしたよ。さすがに注意されたと思ってね。ばんそうこうを戻して、そちらを見やる。水道場の近くにいた面々も、一様に視線をそちらへ向けていた。
窓のひとつにドッジボールをぶつけたような、白い汚れが浮かんでいる。この理科室は一階にある。ボールをぶつけようと思えば簡単だ。
問題は、窓の向こうは駐輪場で、そこにはボールはおろか、それを人の気配すらまったくなかったということだった。
不可解なできごとは、その後も続く。
私の学校は掃除のあと、5コマ目と6コマ目の授業が行われるのだが、その最中にも窓にボールがぶつかる音が響いた。
私、生徒、先生方も目を見張り、やはり窓には白いブツの跡がついている。
5コマ目は3階、6コマ目は4階の特別教室で行った。地上からぶつけたにしては、いささか正確過ぎて、力も強い
授業の終わりに、先生が私たちを見回し告げる。
「今日、理科室の標本をいじった奴。放課後でいいから、素直に職員室へ。ほっかむりは許さんぞ」
私以外のクラスメートはきょとんとする発言だったと思う。
で、当の私はというと、雷を落とされる恐れのあるかたわら、どうやら推測が当たっていたらしいことに、心の中でほくそ笑んでいた。
先生がこうまで真剣にいうなら、話にも期待できるかも、とね。
職員室へ向かった私は、書類棚の向こう側。応接用のスペースに通されて、しばらく待っているように言われた。
他の先生方は部活に顔を出しているようで、ほとんどいない。電話応対をするはずの教頭先生すらおらず、部屋には私だけとなった。案内の先生が戻ってくる気配もなく、いすに腰掛けたままでうとうとしていた私。
そういえば、外の部活の音が聞こえてこない。いつもなら野球部なり、サッカー部なりの音が響いてくるのにと、運動場側を振り返りかけて。
ダン! とあのボールがぶつかるような音。更に振り返った先には、あの骨格標本が手に触れられそうな位置に立っていたんだ。
思わず椅子から立って、後ずさりしてしまう。先ほどまではこんなもの、影も形もなかったはずなんだ。
職員室を飛び出る。先ほどまで夕焼けが差し込んでいた空は、いつの間にか暗くなっていた。それは日暮れというより、カーテンを引かれたような暗さで、外の建物の影がまったく確かめられない。
先生が席を離れたのはほんの数分前。その時間で、窓を真っ黒に塗りつぶすなどできるはずがない。
――昇降口……!
さっと向きを変え、走りかけたところで私は固い何かと衝突。身体中をしたたかに打って、尻もちをついてしまう。
骨格標本。先ほどまで室内にいたそれが、私の後ろに立っていた。その片腕は私のいる方へ伸ばされ、押されたんじゃないかという錯覚を覚えたよ。
私は立ち上がり、標本の脇を抜ける形で先を急いだが、どうもおかしい。職員室の隣は昇降口のはずなんだが、いつまで経っても見えてこなかった。それどころか、廊下に並ぶ教室の名前を見て、驚いたよ。
美術室。4階にあり、6コマ目に授業を受けたそこが、1階の職員室と地続きになっていたんだから。
かといって止まることもできない。少しでも足を緩めると、後ろから追突してくるものがあるんだ。
件の骨格標本さ。かわして差をつけたにもかかわらず、私の後ろへぴっちりくっつき、せっついてくるかのよう。くわえて外に面した窓側からは、私を追いかけるようにボールのぶつかる音が続く。
前に進んでも、後ろへ進んでも続く道は同じだ。
4階の美術室、3階の視聴覚室、2階の音楽室の前を通り過ぎ、やがて曲がり角の突き当たりに、教室のドアが見えてくる。
1階の理科室。進んでも、振り返ってもだ。骨格標本らしきものの押しも強まり、もはや絶え間なくつっぱりを食らっているみたい。つんのめるどころか、前方へ吹き飛ばされそうな勢いだったよ。
理科室のドアは開き、窓の外と同じような真っ黒い口を開けている。。もし勢いに押され、角を曲がれなければ、中へ放り込まれてしまう……!
そうして角まで来た時、つっかえ棒のように角から飛び出してきた腕がある。
ブレーキなど考えていない僕は、それに絡め取られ、引っ張られて角の向こうへ連れてかれる。
そこにいたのは先生だった。いつの間にか学校には、また窓から陽がさすようになっていて、廊下がだいだい色に染まっている。
やはりここは理科室の前。けれど、開いていたドアはひとりでに閉まり、また「ダン!」と強い衝撃を受けてドア全体が揺れるのを見たよ。
先生は話す。標本のばんそうこうは、怪我しているからではなく、サインなのだと。
どうもこの学校。特に理科室は色々なものに人気があるらしい。相手が人でなくっても。
彼らが利用する合図として使うのが、あのばんそうこう。彼らが利用するとき、ばんそうこうはひとりでにはがれ、窓を大いに揺らすものが現れる。
それを合図とし、ほどなく標本たちはお客様を「お迎えに」あがるんだ。
でも、それが起こるのは夜の話。見回りの先生が気づき、普通は生徒が関わらないものだと。
それを今回は私がはがしてしまった。ゆえに私はお客様として、標本に案内されたらしい。
更に先生がいうところによると、私はホームルームが終わった後、ちらりとも職員室へ姿を見せていなかったそうなんだ。