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幽霊劇場  作者: ぶちくそ
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第五話 演技の天才

いつものように事務作業をしていた桜子は、レッスン生の名簿を見つけ、支配人からレッスン生の補充について話を聞く。その翌日、公演が終わった後に加入した幽霊の少女を見て何か気づいたことがあったのだが…。

 ある一人の少女がいた。その少女は幼いころから子役としてさまざまなドラマや映画、舞台に出演し、芸能界をにぎわせた。子役ながらもその演技力はベテランに匹敵するほど真に迫るものがあり、さらにその才能に加えて、子どもとして愛嬌のある姿、立ち居振る舞い、性格の素直さが揃っていた。テレビに出ればその番組の視聴率は急激に伸び、雑誌に載ればその雑誌は瞬く間に売り切れになるほど、日本中がその子に夢中であった。芸能界に咲く一輪の花は、見る者の心をつかんで離さず、誰もが輝かしい将来を期待せずにはいられなかった。

 しかし、その人気の最中、突如として少女は舞台からいなくなってしまう。理由は単純なもので、働きすぎによる過労死。周囲の期待にその小さな体で応えようとした結果、仕事の合間に倒れてしまい帰らぬ人となった。期待をかけていた人間はみな悲しみに暮れたが、それも時の流れとともにだんだんと忘れられていく。可憐に咲いた花はもう二度と表舞台に現れることはないのだった。



「おっはようございまーす!」

「朝からテンション高いな…」

「おはようございます、桜子先輩。」

「おはよう。」

梅雨が明けて、朝からたっぷりの日差しが差し込む食堂で、私は元気に挨拶をする。やっぱり太陽が出て明るい朝は気持ちがいい。思わず気持ちも晴れやかになる。

「今朝は、和って感じのメニューだね!慧ちゃん!」

「はい。玉子焼きに焼きサワラ、お味噌汁とお漬物です。」

「俺、漬物って苦手なんだよな…。実家思い出す…」

「好き嫌い言ってたらダメですよ、支配人!」

「ふーん?この前、納豆は出さないでって慧に頼んでたのは誰だったかしら。」

「えぇー?そ、そんなこと誰が言ってたんですかぁー?」

「ほぉ、お前裏で手を回してるのか?」

「い、いやぁ、何のことですかねー?ね、慧ちゃん?」

「…。」

だれの味方をすべきか迷ってすっかり縮こまってしまった慧ちゃん。よく見ると少し泣いてる?

「あぁ、ごめんごめん!泣かないでー!私が悪かったから。」

「あんまり人をからかうもんでもないぞ、竹下。」

「最初に漬物嫌いって言ったの支配人じゃないですか!慧ちゃんに謝って!ほら!」

「す、すまん、梅野。つい口が滑った。」

「はいはい、さっさと食べましょ。冷めちゃうじゃない。」

 慧ちゃんをなだめて、朝食を済ませたら恒例のミーティング。公演も無事終わってまた平常営業に戻っていく。私と慧ちゃん、支配人の三人は事務作業で、京香さんはレッスンメニューの見直し。夕方になるとまたレッスンだ。


 支配人室で書類整理をしているとき、ふと気になる資料に目が留まった。中身を読んでいて気になったことを支配人に質問してみた。

「支配人。」

「なんだ?」

「前から思ってたんですけど、レッスン生の名簿、あるじゃないですか。これ公演の直後は人数が減ってるのはわかるんです。何人かは成仏しちゃいますから。でもすぐに増えて前と同じくらいになりますよね。これってどうなってるんですか?」

「レッスン生の補充…か。そうだな。ここが未練を残した少女の幽霊が集まる場所だってのは前説明したよな。」

「はい、最初に聞きました。」

「集まった幽霊の中でも実際レッスンに参加してるのはごく一部で、残りは実体になれず待機してるんだ。成仏の順番待ちってところだな。」

「そうだったんですか。」

「あぁ。実体化してレッスンに参加し、成仏できた分の空席ができると、待機してる次の幽霊が入ってくる。ここではそのサイクルを繰り返してるんだ。」

「レッスン生が不足することってないんですか?」

「幸か不幸か、今までそんなことはなかったな。どんなに医学が進んでも、人が死んでしまうのは誰にも止められないし、いつ死ぬのかも誰にもわからん。お前くらいの年で急に逝っちまうことも、まあよくあるんだ。」

「悲しいことですけど、この現状が事実ですね…」

「こういう劇場は少ないほうだが、全国で見ると他にもいろいろ未練を残した幽霊のための施設があるんだ。みんなそれぞれの夢をあきらめきれずにこの世に残っちまうんで、うちみたいな物好きが夢を叶えるための場所を作るのさ。」

「幽霊のために行動してくれる人がほかにもたくさんいるんですか?」

「まあな。そのうちどっか連れて行ってやるよ。いい刺激になるだろうし。」

「わぁ、楽しみです!その時はみんなで行きましょう!ね、慧ちゃん。」

「…え?あ、はい、ぜひ!」

慧ちゃんは何か考え事をしているようだったが、私は善意を持った人たちが全国にもいることを知り、少し感動していた。私たちと同じように、誰かのために尽力している人たちが今も活動していると思うと心強かった。



 その日のレッスンは、新しく見る顔がいくつかあった。その中の一人を見たとき、何か引っかかることがあったが、それが何なのかは思い出せなかった。どこかで会った、いや見かけたことがあるような…。

「はい、今日もレッスン始めるわよ。みんな、よろしく。」

「よろしくお願いします!」

いろいろ考えているうちにレッスンが始まってしまった。あっという間に前半の全体レッスンが終わり、後半のパート練習に入った。新しい子たちのパート分けは事前に京香さんが済ませている。さっき気になった子は上級者コースにいた。直接話すのはかなわないけど、後で京香さんに様子を聞いてみようと思いつつ、自分の担当パートへ向かった。


 レッスン後、自分のほうの片づけを手早く終え、京香さんのところへ行こうとすると、先に誰かと話している様子が見えた。その相手は何やら怒っている様子で、

「冗談じゃないわ!!」

近くに行ってみると、ものすごい剣幕で京香さんに詰め寄る少女がいて私は驚いてしまった。

「はぁ、あなたじゃ埒が明かないわね。上の人間を呼んでくれる?」

少しためらっている様子だったが、京香さんは意を決して、支配人のもとへ歩いて行った。その間少女は近くの椅子に座り、手持ち無沙汰に長い髪をいじっていた。少し時間が経って、レッスン室に支配人が駆け込んできた。

「いったいどうしたんだ?」

「あなたがここの支配人?来て早々で悪いんだけど、私の事務所に連絡してくれるかしら。」

「事務所?どこの?」

「わからないの?もしかして私のことを知らない?」

困った様子で頭をかいている支配人の傍らで私はあることに気づく。

「あーっ!!やっと思い出した!この子、天才子役の法天院明衣ちゃんですよ!」

「ほ…?誰だ?」

「知らないんですか?劇場の支配人なのに?」

「いや…その、役者のことは全く知らん。」

「ちっちゃいころからテレビとか映画によく出てて、もちろん舞台にも引っ張りだこで、演技の天才、って言われる超有名な女の子なんです。私もファンで、いろいろ雑誌集めたりしてました!一番心を打たれた演技はやっぱり明衣ちゃんが当時11歳の時に新宿の劇場で観たあれが…」

「わかったわかった、もういい。で、その天才子役様は事務所に連絡してどうしてほしいんだ?」

「すぐにここから出してほしいの。どうせまた、親が私の知らないうちに手を回したんでしょうけど、さすがにこんな程度の低いレッスンを受け続けるのは我慢ならないわ。」

一瞬、京香さんの眉がピクッと動いた気がした。私が知ってる天才子役の明衣ちゃんは、こんな毒舌な子じゃなかったのに…。

「レッスンのことは置いといて、それはできない相談だな。」

「どうしてよ?」

「えっと、落ち着いて聞いてほしいんだが、君は一度死んでいる。もう事務所に戻ることはできない。」

「は?あんた、何言ってるの?ちょっと言ってる意味がわからないわ。」

支配人の言葉を信用できず、あきれた様子の少女。私はきちんと理解してもらうために加えて説明を試みる。

「明衣ちゃん、一番最近仕事したのっていつ?」

「え、今年の一月だけど?」

「カレンダー見て。今日は七月二十二日。もう6か月くらい経ってるの。普通こんなことってありえないよね。」

「嘘…。何かの間違いでしょ?私はまだまだこれからなのよ!小さいころから両親の操り人形で、そこから抜け出すためにずっと我慢してきて…。いずれ必ず自分の力ですべてを手に入れてみせるって心に誓って今までがんばってきたのに。やっとそのための足掛かりができ始めてきて、これから私の人生が始まるはずだったのに…!」

表舞台では何不自由なく華やかにふるまう少女が、胸の内に秘める感情を吐露した姿は痛々しくもあり、どこか儚げで美しくもあった。誰も声を掛けられないでいると、少女は逃げ出すように部屋を出て行ってしまった。

「あ、待って!」

私は思わず走っていく少女の後を追って行った。


 レッスン室を出て劇場の外へ出ると、そばにあるベンチにその姿があった。悲しみに暮れて俯いてしまっているようだ。私もその隣に座ってしばらくどう声を掛けようか考えていた。

「明衣ちゃん、あのね?私も最初は死んだことが信じられなくてここから逃げ出してたんだ。でもやっぱり舞台が好きであきらめきれなくて戻ってきたの。明衣ちゃんもそうじゃない?」

「そう…だと思う?」

私の言葉に帰ってきた声の調子が予想外に高くて、私は驚いた。

「えっ!」

「ざーんねーん!」

さらに驚いて隣を見ると、いたずらっ子のように無邪気に笑う女の子の姿があった。ついさっきまでの悲壮な雰囲気は微塵も感じられない。

「私の演技、どうだった?本気に見えた?こういう演技は結構得意なんだからね、私。みんな私の才能を褒めてくれたけど、それを聞いてる素直な私が演技じゃないなんてだーれも思ってないの。笑っちゃうわ。」

「さっきの…演技だったの?」

「ええ、そう!上手に演じるコツはね?演じようとするんじゃなくて、その人生になりきっちゃうことなの。さっきのは、無理やり子役をやらされてひたすら我慢を続けてきた少女の人生。私自身は別に我慢なんてしてないし、好きで子役をやってたわ。他人の人生になりきれるなんて他の職業じゃ絶対できないことで楽しいわよね!」

「死んじゃったことはショックじゃないの…?」

「あー、まあちょっとだけね。でもそれよりようやく解放されたんだーって嬉しい気持ちのほうが強いかな。他人の言うとおりに演じるのって疲れるのよね。あなたも幽霊なんでしょ?こっちの世界ってどんな感じなの?」

年相応の好奇心に満ちた目を向けられ、私はこれまでのことを語って聞かせた。


「ふぅん、自由になるには契約してここで働かないといけないんだ。ちょっとがっかり。でも裏の仕事に関われるのは面白そうね!私が主役の舞台を私の手で作れるなんて、最高じゃない!」

「でも、支配人とか京香さんに相談しないと…」

「大人の言うことなんてどうでもいいじゃない!舞台なんて私さえいれば成り立つんだから。」

「それは言いすぎだよ。みんなの力がないと公演は成功できないんだよ!」

「え、桜子さんは私の味方じゃないの…?」

直前までのキラキラした目から一転して悲しみに潤ませた目をして、子犬みたいに小さく震えている姿は、本当に愛らしくて守ってあげたくなる。しかし、劇場のことに関してはこちらも譲れない。

「それも演技でしょ。ダメだよ、年上をからかっちゃ。」

「たった一人で知らない場所に来て、本当は不安なんだよ?それなのに、ひどい…」

ついには声を上げて泣き出してしまった。目には確かに涙を浮かべている。これは、本心だったのかな。

「あぁ!ごめんね。泣かせるつもりはなくて…」

「うっそだよー!また騙されてるー!ひひ。」

やっぱりまた演技だった!?演技の才能がずば抜けてて何が本当で何が嘘なのか全くわからない。

「もうー!そんなに人をからかってると本当に困ったとき誰も助けてくれないよ!」

「大丈夫よ。私は何でもできる天才なんだから。自分の力で何とかするし。それに大人なんて誰も信用できないわ…」

最後に少し影のある表情をしたのがとても印象に残った。でも、それも本当の感情なのかどうか、私にはわからない。

「ひとまず、このまま終わるつもりはないから契約は避けられないか。今の時間で桜子さんが私を説得できたっていう流れで行くから合わせてね。」

「えぇ?そんな急に。どうしてそんなことを?」

「いいでしょ、別になんででも。…だめ?お姉ちゃん?」

そんな上目遣いで私のことを見ないで!!なんでも言うこと聞いてあげたくなっちゃう…


 結局言われた通りに話を合わせて、明衣ちゃんは無事、劇場の一員になった。ちなみに、支配人と京香さんの前では、さっきまでの天真爛漫な明衣ちゃんは封印している。徹底して大人を信用してないらしい。私は、明衣ちゃんのお世話係として同伴を強いられることになった。



「桜子さーん、こっち手伝ってー。」

「桜子さん、ここお願いしてもいーい?」

「桜子さん!」

「さーくらーこさーん!」

明衣ちゃんが来てからの日々はこれまで以上に過酷だ。仕事の量とか内容が変わったわけではない。私が何かやっているといつも名前を呼ばれて、手伝いという名の仕事の押し付けをされる。まだ小学生だし、いろんな仕事をするのに慣れていないのは仕方ないにしても限度というものがある。

「そろそろ一人でやってみない?」

「えー、でもこういう仕事ってやったことないし、それに桜子さん、とっても頼りがいがあるから…だめ?」

出た、明衣ちゃんの必殺技、うるうる目+斜め30度からの上目遣いおねだり!この技は私に効く。

「うーん、手伝いはするけどなるべく自分でもやってみようね?」

「はーい!」

だめだだめだと思っていてもつい甘やかしてしまう私の心の弱さを呪う。



 そうしてしばらく経ったある日、レッスン後に食堂で私と明衣ちゃん、京香さんと慧ちゃんの4人が夕食をとっていた時に明衣ちゃんがレッスンのことを話題に上げた。

「ねぇ、あのレッスンメニューって誰が考えてるの?」

「私だけど、何?」

「あんな内容でよくこれまでやってこれたわね。普通ならもっと演技に力を入れるべきじゃない?」

「あなたの言う普通がどれくらいのレベルなのか知らないけど、私はあの子たちにとってベストだと思ってるわ。」

「あれでベスト?あなた、上級者コースの様子ちゃんと見てる?時間は限られてるのに、後半にならないと演技のこと教えてもらえないのって不満なんじゃないかしら?」

「…そうね、レッスンには多少不満があるかもしれないわ。それはわかってる。でも私が考えてるのは、本番当日に満足のいく芝居ができるってこと。演技力よりもまずはずっと演じ続けられる基礎体力作りを優先するほうがいいと思ってる。あの子たちはプロの女優ではなく、ただの女の子なんだから。」


 それ以上言い返せず、明衣ちゃんは黙り込んでしまった。気まずい雰囲気の中、京香さんは黙々と食事を続け、慧ちゃんはおろおろして二人の顔色を窺っている。明衣ちゃんと京香さんは出会った頃からこうして意見が食い違ってぶつかることがよくある。ほとんどの場合、京香さんが正論を言って明衣ちゃんが何も言い返せなくなって終わる。その様子を私と慧ちゃんは毎回見守っている。

 何とかしてみんなで仲良く働きたいんだけど、明衣ちゃんは本当に大人が嫌いみたいで、特に京香さんとは馬が合わない。京香さんに相談しても、

「私は別に間違ったこと言ってないし、これまで通りにさせてもらうわ。」

と言うだけで、譲る気はないようだ。明衣ちゃんも大人は信じられないの一点張りで私には成す術がなかった。慧ちゃんは仲裁とか苦手そうだし、支配人はここんとこ忙しそうで全然見かけないし…。と思っていた矢先、支配人が食堂に飛び込んできた。

「お前ら、全員いるか?」

「はい、どうしたんですか?そんなに急いで。」

「全員に伝えなきゃならんことがある。かなり、重要な仕事の話だ。」

「重要な仕事…いったいどんな?」

「いいか、心して聞けよ、それはだな…」

全員が固唾をのんで聞き入る中、支配人はその仕事の衝撃的な内容を告げた。

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