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幽霊劇場  作者: ぶちくそ
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第四話 最高の舞台

新たな契約霊、梅野慧を迎えた劇場は次の公演の準備が始まろうとしていた。そこで桜子は劇場の昔話を聞くことになる。

「今日のおっ昼はなーんだろなー。」

午前の仕事を終え、スキップしながら食堂へ入っていく。慧ちゃんが料理を担当することになってからというもの、日々の食事が楽しみで仕方ない。

「今朝のホットケーキもすっごくおいしかったし、お昼も期待しちゃうな!ってあれ?京香さんだけ?」

普段なら先に支配人と京香さんが話をしているはずだが、今日は京香さんひとりだけ。そういえば支配人、朝から外出してたような…。

「支配人なら協会に呼び出されてるわ。夜まで帰らないんじゃない?」

「協会?」

「日本幽霊協会。最近じゃNGAって言ってるんだっけ。そこの本部に召集されてるわ。毎年二回定例会があってるらしいけど、今はその時期じゃないわね。」

「何かあったんでしょうか…?」

「さあ?ま、最近の出来事から考えるに呼び出しの原因はあなたたちでしょうけど。」

「え、まずいことしちゃいましたか?」

「そりゃこの短期間で二人も契約霊増やしてるんだもの。本来なら一人増やすだけでも問題なのに。何か指摘くらいされるでしょ。」

「えぇ、どうしましょう…」

「どうしたんですか?」

私の落ち込んでいる姿を見て、不安げにたずねてくる慧ちゃんの手元にはおいしそうなサンドイッチがある。いつもならすぐに手をつけるところだが、今の話を聞いてあまり食欲が出ない。

「大丈夫よ、支配人が何とかしてくれるから。たぶん。」

「?」

何も知らない慧ちゃんは疑問を浮かべつつ、首をかしげた。


 その日はずっとそのことが気がかりで落ち着かなかった。さすがに偉い人から言われたら支配人でもどうにもできないかも。もしかして今度こそ契約解消で除霊?ひえー。

 夜になり、食堂で京香さん、慧ちゃん、私の三人で慧ちゃんお手製のおいしそうな肉じゃがを前に夕食を食べていたところへ支配人が疲れた顔で帰ってきた。

「ただいまーっと…」

「あ、おかえりなさい。」

支配人は疲れ果てた様子で椅子にドサッと座り、天井に向かってふーっと息を吐いた。見るからに疲弊している。

「あの、ご飯は…?」

「あぁ、頼む。」

おずおずと訊いてきた慧ちゃんに対し、支配人はそのままの姿勢でぶっきらぼうに答えた。

「あの、支配人。」

「なんだ?」

「その、今日はどちらに?」

「ん、協会のある東京まで行ってきたが。」

「どんなご用事で?」

「あー、まあ近況報告ってところだ。公演の収支とか設備の状況とか。」

「…契約霊のこととか?」

「それもあるな。なんだ、気になるのか?」

「えー?私は別にぃ?」

「ふふっ、この子今日ずっと気になってて落ち着きがなかったのよ。」

「ちょっと!言わないでくださいよ!」

「そうか、それなら言えば教えてやるのに。そのことなんだが…」

「わー!待って言わないで!まだ心の準備が。」

急に事実を告げられそうになり、私はあわてて耳をふさぐ仕草をする。

「そのまま働いていい許可はもらった。引き続き、よろしくな。」

「あー!…ってあれ?許可?」

「ああ、呼び出されたときはどうかと思ったが、話せばわかる人たちだったよ。」

「え、じゃあ契約解消はなし?」

「何言ってんだ。そんなもん最初からないぞ。お前たちはうちの大切な従業員なんだから。」

「なーんだ、心配して損した。」

ちょうどそのタイミングで慧ちゃんが支配人のご飯を持ってきたので、私はご飯をかき込んでおかわりした。



 協会呼び出し事件があった翌日、レッスン前に京香さんと昨日の話をした。

「ただの思い過ごしだったみたいでなんだか恥ずかしいです。」

「だから言ったじゃない。支配人が何とかするって。」

「そういえば京香さんって支配人とずっと一緒にいるんですよね。そこまで信じ切れるなんてすごいです。」

「ずっとってわけじゃないけど、そうね。私がここに来たときにはもういたわね。そのときはまだ支配人見習いだったけど。」

「え!あの人、最初から支配人じゃなかったんですか?」

「えぇ。あの頃はまだ若くて、前の支配人にこき使われてたわ。私が来るまではレッスンの面倒も見てたらしいし。前の支配人は結構ご年配だったんだけど、外回りの仕事が好きで、しょっちゅう出かけてた。おかげで中の仕事は全部支配人がこなしてたのよ。」

「それであんなにバリバリ仕事できる人になったんですね。」

「あれはあれでよく鍛えられたってとこかしらね。私も見習おうかしら。」

「いやいやいやいや、京香さんは今のままで大丈夫ですよ!」

「あら、必死ね。ちょっとからかっただけよ。まあ私も人にまかせっきりってのは性に合わないから安心していいわよ。」

「はぁ、よかった。あ、そろそろレッスンの時間ですね。」


 レッスン後、昔の劇場の話が気になって支配人を探そうとあちこち歩き回ってみた。けれど、食堂にも支配人室にも自室にもその姿はなかった。途方に暮れてうろうろしているとお風呂上がりの京香さんに遭遇した。

「支配人ならあそこじゃないかしら。」

そう言われて向かった先は、劇場のステージ裏。普段なら鍵がかかっている一階の出入り口が今日は開いていた。中に入ると電気が点いていて壁際の椅子に一人ぽつんと支配人が座っていた。虚空を見つめて何か深く考えているようだ。私がドアのそばで突っ立っているのに気づくと声を掛けてきた。

「ん?竹下か。どうしたこんなところで?」

「あの、ちょっと訊きたいことがあって。それより支配人こそどうしてここに?」

「俺は…少し考え事を、な。集中したいときにはここに来るようにしてる。」

「お邪魔でしたか?」

「いや、そんなことはないぞ。それで、訊きたいことってなんだ?」

「昔の劇場のことについて知りたくって。教えてくれませんか?」

「昔話か。いいだろう、すっかりうちの仕事にも慣れてきたことだし。」

それから、支配人は私の知らない昔のことを話し始めた。



 今からだいたい8年前。俺は実家を飛び出してこの劇場にやってきた。何か当てがあったわけじゃなくて、要は成り行きだ。当時の支配人の厚意で住み込みの見習いを始めて、幽霊の女の子たちの面倒を見ることになった。とはいえ、舞台のことなんてさっぱりだったし、レッスンしてやれと言われても何から手をつけたらいいのか全くわからん。ひとまず、俺が来るまで教えてたっていうトレーナーのノートを借りて、メニューを考え、手探りでレッスンのまねごとを始めた。最初こそグダグダにはなっちまったが、だんだん次はこうしようって改善点が見え始めて、気づけばそこそこ形にはなっていた。


 レッスン以外の時間はとにかくあの人にくっついて、劇場の仕事を早く覚えようと必死だった。ちょうど今のお前みたいにな。俺が仕事を覚えたころになると、あの人はほとんど俺に仕事を押し付けて外回り行ってくる、って車回してたな。まあ、見習いで居候の俺には何も言えなかったんだが。で、しばらくして公演の準備が始まり、俺にとっちゃ初めての公演だったんで気合入れてたんだ。ただ、生まれてこの方舞台なんてもんは一度も見たことがなくて、ほとんどあの人が取り仕切ってたけどな。隣でその仕事ぶりを見てて俺は、あの人の凄さを実感した。入りたてのド新人とは比にならないほどの的確な指示で、なおかつ場の士気を一層高めるような存在感を放っていた。一見するとどこにでもいるただのオヤジなんだが、この時、ただ者じゃないってことを頭ではなく心で理解した。ずっと一人でこの劇場を守ってきた歳月の重みが、一つ一つの行動に納得と信頼を感じさせるんだ。今でもあの人みたいな、この劇場にふさわしい支配人になれるよう心掛けてる。



「あぁ、すまん。長々としゃべりすぎた。」

「いえ、なんか支配人のこと見直しちゃいました。」

「見直した?今まで俺のことどう思ってたんだよ。」

「ちょっと仕事ができる、偉そうな人?」

「失礼だな。俺はバリバリ仕事ができる、頼りの上司だろ?」

「それは言いすぎですよ。まだ完全に頼り切れるほどじゃありません。」

「辛口だな。確かに俺もまだまだあの人の足元にも及ばないしな。こうして心配かけちまうし。」

「心配?そんなの全然してませんよ?」

「なんだって?心配で探しに来たんじゃないのか?」

「いいえ?ただの好奇心で知りたいなーってことを訊きに来ただけですよ。」

「そうだったかー。…さ、もう遅いし、今日は寝ようぜ。」

不思議そうにする私を置いて支配人はさっさと自室へ行ってしまった。今まで聞くことのなかった支配人の話は、ただ日々の仕事をこなすようになりつつあった私にとって、いい刺激になった。支配人のあこがれを知り、劇場のためにますますがんばらなきゃ、という思いが生まれた。


 夜が明け、次の公演まで一か月を切った。次は7月の夏休み公演がある。4人で朝食をとり、朝のミーティングが始まる。

「えー、次の公演があと一か月ほどで始まる。そんで、いつもみたいに準備をしていくんだが、竹下!」

「はい!」

「そろそろお前にも公演に直接関わる仕事を頼もうと思う。できることは限られるだろうが、そこは相談して決めよう。やれるか?」

「はい!やります!」

「よし、じゃ今日から打ち合わせに参加してくれ。梅野は引き続き、事務作業と劇場の清掃を頼む。何か質問は?…ないな。それじゃ、今日もよろしく!」

「よろしくお願いします!」

私は、今回からいよいよ公演に関われるんだ!と朝から張り切っていた。今までは雑用ばかりで公演は外から見てるだけだったけれど、今回ついに。ミーティングの後、私と支配人、京香さんの三人で支配人室に入り、打ち合わせが始まった。


「じゃ、まずは公演までのスケジュールを確認する。」

そう言って支配人はホワイトボードの予定表に何やら書き込んでいく。

「最初は、この一週間のうちに、演目・配役・脚本・演出を固める。予算とスケジュールの範囲内でできることに限るけどな。それから、レッスン生に伝達して、公演に向けた練習と大道具・小道具・衣装の作成に取り掛かる。本番一週間前には、リハーサル、二日前にはゲネプロだ。毎度毎度タイトなスケジュールにはなっちまうが、がんばればまあなんとかなる。ここまではいいな?」

「本当にやることが多いですね…」

「前までは私と支配人の二人だけでやってたんだから、ホント大変だったわ。」

「で、次だ。さっそく演目その他を決めていきたいんだが…」

それからの話は、基本的に二人が相談して決めていくのを隣で聞いているだけだった。舞台をたくさん見た経験はあっても、実際にこうして裏で制作に関わるとなると、その経験もあまり活かせない。決められたお金と時間の中で何ができて、何ができないのかの判断すらつかない私は、とにかく二人の話を聞いて大事なことをメモしていた。

 その日の打ち合わせはレッスンの直前まで続いたが、まだまだ未決定のことが多く、そのまま次回に持ち越された。

「どうだった?初めての公演打ち合わせ。」

「これだけのことを短期間でやり遂げちゃうなんてすごいです!さすがプロですね。」

「私もレッスン以外でこんなに任されるとは思ってなかったわ。おかげですっごい勉強にはなったけど。」

「確かにこれだけのことを少人数でやってたら得るものも大きいですよね。私もがんばります!」

舞台裏に関しては初心者同然の私でもこの劇場の一員なんだ。少しでも支えになって見せる!そう意気込んだのはよかったのだが…。


「おい!頼んでたあれ、どうなった?」

「今、持ってきます!」

「こっちの衣装の手直し、手伝ってくれるかしら?」

「はい、すぐに!」

公演まで二週間ちょっとに迫ったある日、私はあっちへこっちへとバタバタ大忙しだった。公演の流れがある程度固まってからは、様々なものの制作が始まった。役割分担して、大道具は支配人、小道具は私、衣装は京香さんがそれぞれリーダーを務める。といっても小道具は基本的に簡単なものに限られていて、すぐできるものばかりなので、私は二人のサポートに回っている。走り回ってへとへとになりつつもがんばって手伝いをしていると、支配人から休憩の提案があった。

「ぐへぇー、つかれた。」

「お疲れ様です、桜子先輩。これどうぞ。」

「あ、ありがとー、慧ちゃん。…生き返るわぁ。」

「ははっ、疲れ切ってばあちゃんになったみたいだな。」

笑いながら茶化してくる支配人はまだまだ元気そうだ。

「散々こき使っておいてそれはないと思います!」

「そう怒るなって。結構助かってるんだ、感謝してるよ。」

「私も。一人だとあきらめてた部分も今回はうまくいきそうで助かってるわ。」

「うぇ!?急に感謝されると照れちゃいますよ…」

「おし、竹下もおだててやったところで再開するか。」

「その一言は余計です!支配人はデリカシーってものがないんですから。」

作業が再開され、私もまた手伝いに奔走する。大変な分、いい舞台が出来上がると信じているとなんだか力が湧いてきた。



 それから時は過ぎ、リハーサル、ゲネプロまで大した問題なく順調に進んだ。京香さんが言っていた通り、私が微力ながらも力になれたからか、前回公演よりも華やかに見えた。そして迎えた本番当日。朝のミーティングの後で支配人が私にこんな話をしてくれた。

「前に昔話をしたことがあっただろ?あのとき言い忘れてたことがある。俺が前支配人からこの劇場を預かったときに一つ、心に誓いを立てたんだ。それは、この劇場を運営していくにあたって俺が最も大事にしたいことだ。なんだと思う?」

「えーっと、感動の舞台を作ること?」

「そのもとになるものだ。」

「もと?」

「人の心さ。ここで働く俺たち、レッスンを受ける少女たち、そして舞台を見届けるお客さんたちみんなの心を大事にしていくと誓った。観る人の心を動かすためには俺たち自身が心から納得できるものを作り上げなくちゃいけない。結果的にはそれこそが幽霊たちの夢を叶えることにもつながるしな。」

普段の様子とは異なり、その言葉には熱がこもっていた。

「誰か一人でも不満とか不信感を抱いていたらその時点で最高の舞台ではなくなる。たった一回の公演でいなくなってしまう少女たちには、その一回にできる限りの手を尽くして、一番盛大なものにして送り出してやりたいからな。」

そもそも私たち幽霊は、本来この世にとどまっているべきではない。いくら生前の未練があるからと言ってもやっぱり一度人生が終わっているわけで、それ以上に求めることは許されないだろう。問答無用で除霊されてもおかしくはない。それでもこの劇場のように、幽霊たちの願いを叶えようとしてくれる人たちがいる。これは紛れもなく人の心を大事にする、人の善意から生まれた行動だ。その代表である支配人の、劇場に、舞台にかける熱い思いに私の胸中も熱さを増していた。

「今日の公演も気合入れて、最高の舞台にしよう。協力してくれるか?」

「もちろんです!私も精いっぱいがんばります!!」


 そして、劇場の入り口が開き、続々とお客さんが入ってきた。今回私は慧ちゃんと受付、お客さんの案内をする。裏では、支配人と京香さんが最終調整をしている。お客さんの入りが減ってきた頃合いを見計らって、私は少しだけ裏の様子を見に行った。ステージ裏にはすでにメインキャストの子たちが集まって、京香さんが何やら指示を出していた。支配人の姿は見えなかったが、おそらく機材のチェックをしているのだろう。契約する前、この劇場で初めて体験した公演の記憶を思い出しつつ、裏の様子を眺めた。それからまもなく、上映開始のブザーが鳴り、緊張した雰囲気の中、舞台の幕が上がった。



「みんな、よくがんばった!今回のステージも大盛況だ!」

無事に公演を乗り切り、舞台の片づけを済ませた打ち上げの席で支配人が労いの言葉をかける。

「今回は竹下が手伝ってくれたおかげでより納得のいく公演にできた。ありがとな!」

「こちらこそいい経験になりました。ありがとうございました!」

「それに梅野も受付周りの仕事は初めてだったがよくやってくれてたな。打ち上げの準備もやってくれたそうじゃないか。」

「いえ、わたしにはこれくらいのことしか…」

「ここは別に謙遜しなくてもいいのよ。素直に褒められときなさい。」

「は、はい。ありがとうございます!」

「うむ。じゃ、今日の公演も、お疲れさまでした!!」

「お疲れさまでした!!!」

乾杯の音が響く。苦労して作り上げた公演が成功を収め、今回は喜びもひとしおだ。この機会に支配人から聞けた話は、私の心に深く響き、私の力の源になった。

「支配人!」

「どうした、竹下。」

「今回はいろんなお話を聞かせてもらって、本当にありがとうございました。」

「お、今日は素直だな。」

「ほんとはいつも感謝してるんですよ。こんな、特に際立つ才能もない私を雇って仕事をくれるなんて、とってもありがたいなって思います。」

「いや、礼を言うのはこっちのほうさ。これだけ劇場の力になってくれてるんだからな。だが、一つだけ注意しておきたいことがある。」

「?」

「自分のことを卑下するのはやめろ。お前はもう立派に、うちの大切な従業員なんだからな。自分に誇りを持て。」

「…っ!はい!」


誇り。支配人の口から出たその言葉を胸に、私はまた一つ成長していく。


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