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幽霊劇場  作者: ぶちくそ
3/9

第三話 料理の当番

契約して初めての公演を経験して劇場にすっかり溶け込んだ桜子。だが、また新たな問題が浮上し、このままでは劇場存続の危機…かも?

「雨ですねぇ…」

「もう梅雨だしな。雨は嫌いなのか?」

「はい、なんだか空が暗いと心も暗くなっちゃって。」

「そうだな、俺もこのところ別の理由だが気分が落ち込んでるよ。」

「別の理由?」

「ああ、これを見てくれ。」

「これは、先月の帳簿ですね…?」

「わかるかこれ。結構やばめな赤字なんだぜ。今月もその調子だとこの劇場を閉めなくちゃならなくなる。」

「えぇ!!何とかしないと!」

劇場に住み始めて、仕事にも慣れてきたころ、支配人との何気ない会話の中で突然、衝撃の事実を知らされた。劇場がなくなったら私、どうなっちゃうの?まさか契約解消で、除霊されちゃう?まだ始まったばかりなのに!

「どこかで経費削減する必要があるな。削れるところは…人件費か?俺は支配人だし、松澤はレッスントレーナーとして必要。となると…」

「何言ってるんですか!私だってちゃんと仕事してます。この間だっていてくれて助かるって言ってくれたじゃないですか!」

「冗談だ、冗談。しかし、どうしたもんかな…」

頭を抱える支配人をにらみつけていた視線を手元の帳簿に向ける。ふと、数値と項目を見ていてひとつ、気づくことがあった。

「あっ支配人!これ金額見てて思ったんですけど、食費使いすぎじゃないですか?」

「ん?…たしかに。今までそんな使ってるとは思ってなかったけどこりゃ削れそうだな。」

「今までできてるものとか外食ばっかりでしたし、うちで作って食べるほうが安く済ませられますよ。」

「そうだな。どれくらい削れるかはやってみないと分からないが、とりあえず今日の夜からやってみるか。問題はだれが作るかだが…」

「しかたないですね、私がやりましょう。」

「お前、料理得意なのか?」

「いえ、でもお手伝いならよくしてましたし、やってみれば案外うまくできると思うんです。」

「そうか?ちょっと不安だが、まあやるってんならやってみろ。」

さっそく、食堂の調理場へ向かう。冷蔵庫の中身を見て、食材チェック。ソーセージ、マーガリン、イチゴジャム、チーズ、プリン、納豆、ビールが数本と各種調味料。ダメだ、混沌が出来上がる気しかしない。夕方のレッスンまでに買い出し行こう。すぐ近所のスーパーへと走った。


「ふーん、それであんな調子なのね。」

「妙に気合入っててな。ま、あれだけ自信満々なんだから食えるものは作れるだろ。」

「どうかしらね。」

 レッスンが終わってからすぐに仕度に入り、買ってきた食材で手際よく料理を進める。なんだ、結構やれるやれる。やれてる…はずだよね?


「お待たせしました!」

出来上がった料理をテーブルに並べ、待っていた二人に声を掛けた。

「…これ、なんだ?食えるのか?」

「え?ハンバーグですよ?ちょっと焦げちゃいましたけど。」

「ちょっと…ね。」

京香さんが焦げて黒くなったハンバーグを箸で持ち上げようとしたが、無残にもボロボロと崩れだした。

「あはは…ちょっと失敗。でも、、ご飯と付け合わせの野菜は無事ですから!」

「無事って…こりゃ竹下には任せられないな。明日は、松澤。くれぐれも食べられるものをよろしく。」

「わかったわ。」

悔しくなって黒いハンバーグを少し口にしてみたけど、ものすごく苦かった…、


 次の日の朝。食堂に入ると、とてもいい匂いが満ちていた。

「ほわぁ、いい匂い!京香さん、何作ってるんだろ?」

「松澤はちゃんと『料理』してくれてるみたいだな。」

何も言い返せなかった。少しして調理場から京香さんが出てきた。

「はい、お待たせ。」

「おぉー!」

運ばれてきたのは、焼き立てのトーストと具入りのスクランブルエッグにアツアツのコンソメスープだった。どれも出来立てで美味しそう!

「これ作ったんですか?すごい!さすが!」

「ま、そうね。」

「お、結構うまいじゃないかこれ。まるで店の味だ。」

料理の腕を褒められてもあまり嬉しそうではなかったのがちょっと気になったけど、さすが京香さんだ。私もこれくらい上手にできたらなあ。

 三人とも食べ終わって片付けようと皿を調理場に持って行ったとき、

「あれ、フライパン使ってない…?」

コンロの上にもシンクにもフライパンがなかった。あるのはお湯の入った鍋。まさかと思い、ごみ箱を見てみるとレトルト食品の袋だけがあった。

「あぁー!!」

「どうした?」

「これ、見てください!京香さん、レトルトの料理だったんですよ!」

「何?おい、どういうことだ。」

「レトルトはダメって言ってなかったでしょ。」

「言ってはいないが、これじゃ本末転倒だろうが。経費削減のためなんだぞ!」

「仕方ないじゃない。急に料理しろって言われても、できないことはできないもの。」

「お前ら二人とも料理できないなんて…。もう俺がやるしかないか。味は保証しないが、少なくとも食えるものは作れるから我慢しろよ。」

心底あきれた様子で私たちを見て、支配人はそう言い放った。その日の昼からは、あんまり美味しくない支配人の手料理を食べることになった。



 その三日後。ひどい雨が降る日だった。その日もいつも通りの時間でレッスンが始まった。幽霊は基本雨に濡れる心配がないので、いくら雨がひどくても定刻通りに始まるのだ。だが、

「はぁ、はぁ、すみません。雨で遅れました。」

最初の発声練習が始まる寸前で一人の小さな女の子がレッスン室に駆け込んできた。眼鏡をかけたその子は、なんと、雨の中を走ってきたかのようにあちこちが濡れていたのだ。その様子にびっくりした私は一瞬固まってしまったが、

「ま、まだ間に合うよ。すぐ準備して。」

と促し、その子の荷物を預かってロッカーのほうへ持って行った。その時ちらっとスクールバッグの名札が見えた。

「梅野、慧ちゃん、か。」

発声・ダンス練習の間はその子に注目してみた。きれいでかわいい声をしているけど力強さはあんまりないかな。ダンスはみんなについていくのがやっとみたい。後半、その子は初心者コースにいたので休憩中に話しかけてみた。

「梅野さん、だよね。少しいい?」

「え、あ、はい。」

「今日は歩いてきたの?」

「は、はい。いつもなら5分前には着くんですけど今日は雨がひどくて。あの、遅れて本当にすみませんでした。」

「いやいや!それは気にしないで。それより、舞台始めた理由とか聞いてもいい?」

「始めた理由ですか?友達に誘われて、ですね。前は舞台自体にそんな興味はなくて、人前に出るのも苦手だったんです。レッスンだって結構厳しかったし。」

「そっか、楽しくはない?」

「いえ!そんなことは。やってみたら結構大変ですけど、その分、うまくいったら楽しいです。引っ込み思案な自分が少しづつ変われてるような気がして毎日充実してます。」

「なるほどね。ありがと、聞かせてくれて。」

まだまだ舞台を始めたばかりのようで、徐々に変わっていく毎日を楽しんでいる。そんな様子の少女でも、ここにいる、ってことはすでに死んでしまっているということ。その事実はとても胸が痛い。今まではどうにもできなかったけど今なら。


「支配人!お話があります。」

「な、なんだ突然。」

「一人、新人さんを雇っていただけないでしょうか!」

「なんだと?今、なんつった?」

「もう一人新しく雇ってほしいんです!」

「だめだ。そんなほいほい人を雇うわけにはいかないんだぞ。ただでさえ予算が厳しいのに。」

「そこをなんとか!私の給料、半分でもいいので!」

「だめなものはいくら言われてもだめだ。」

私が必死に粘っても支配人は全く折れる気配がない。

「ぐぅ…。京香さんからもお願いします!」

「…。」

「京香さん!!」

「しょうがないわね、支配人、どうやらその子にも事情があるみたいよ。」

「事情?どんな?」

「直接聞くといいんじゃない、ほら入って。」

ドアを開けて中に入ってきたのは、さきほどの小さな女の子だった。

「レッスンの後してくれた話、この人にも話してくれる?」

「はい、えっと、わたし、死んだ瞬間の記憶があるんです。乗ってたバスが事故に遭って、体中が痛かったのに意識がどんどん遠のいていく感じがして、このまま死ぬんだって思ったらいつのまにかこの劇場の前にいたんです。何にもわからずに立ってたら女の子たちが中に入っていくのが見えて、あ、わたしも中でレッスン受けなきゃって気持ちになって一緒に入っていったんです。どうしてそういう気持ちになったのかわからないんですけど、とりあえずこうして毎日レッスンを受けてます。」

少女が話し始めてからだんだん目の色が変わり、静かに話を聞いていた支配人は少し考えてから、口を開いた。

「よくわかった。たしかに普通の幽霊ではないな。こちらで手を加えないと成仏もできないだろう。だから、ここでひとつ質問をしよう。」

「なんでしょうか…?」

「君には二つの選択肢がある。一つは、レッスンを続けて夢を叶え、成仏すること。もう一つは、レッスンをやめここで働くこと。もし成仏するなら、今抱えている違和感はなくなり心置きなく逝くことができる。働くなら、たとえ中学生だろうとちゃんと仕事はこなしてもらう。その覚悟があればな。」

「私のときそんな言い方しなかったのに!」

「黙って。決めるのは私たちじゃなくて、彼女よ。」

支配人の厳しい口調が気になったけど、確かに働くというのはもしかしたらこの子にとってはつらいことかもしれない。そう思い、これ以上は口を挟まず、答えを待った。


「わ、わたしは…。何も取り柄がなくてこのまま生きててもいいのかなって卑屈になることもあったけど、今レッスンをしてる毎日が楽しいです。舞台のことを考えてる時が一番楽しいんです。こんな夢中になれるのって初めてだから。もっともっとやりたいことをしていたい。つらくたって我慢できます。」

「本当にいいのか?成仏したほうが楽かもしれないんだぞ?」

「いやです。ここで働かせてください!」

思っていることを自分の言葉で支配人に伝えた少女は、深々と頭を下げる。私はこの時少し驚いていた。それまで見た目通りのか弱い女の子だと思っていたが、その実、しっかり自分の意思を示せる芯が通っていたことに気づいたからだ。

「…わかった、頭を上げてくれ。それだけ決意が固いんならここで雇ってやる。契約を結ぼう。」

支配人の言葉を聞いてほっと一安心した様子の少女に、私は喜びの声を掛けた。

「やった!よかったね、慧ちゃん!これで一緒に働けるね。」

「慧ちゃん…?」

「あ、いきなり下の名前はだめだった?」

「あ、いえ、大丈夫です!ちょっとびっくりしちゃって。よろしくお願いします、竹下さん。」

「私も桜子でいーよ、慧ちゃん。」

可愛い妹ができたみたいで嬉しくなった私は、思わず慧ちゃんに抱き着いた。そんな光景を支配人と京香さんはため息交じりに見ていた。二人のその反応の理由を、このときの私は知る由もなかった。


 その日の夜は慧ちゃん加入記念の会が開かれた。といっても、お祝いムードなのは私だけでほかの二人はいつも通りだった。当の慧ちゃんは緊張して小さくなっている。

「ごめんね、全然何もできなくて。デザートのプリンあげるくらいしかないや。」

「そんな、お気遣いなく。」

恐縮する慧ちゃんだったけど、料理にあまり手をつけていない。

「遠慮しなくていいからね。どんどん食べて。まずいけど…」

「文句言うなよ。誰かがもっとうまいもん作れるならいいんだがな!」

「うっ…何も言えない…。」

「あの、わたしが作りましょうか?」

「慧ちゃん、料理できるの?」

「はい、家事はだいたい家でやってましたから。料理も毎日みんなの分作ってました。」

「そうなんだ!じゃあ、明日お願いしてもいい?」

「わかりました。任せてください。」


 翌日の朝。食卓に並ぶ料理の数々に私は度肝を抜かれた。

「これ、全部慧ちゃんの手作り?」

「はい、こんなものしか出せませんけどよろしければ召し上がってください。」

「んっ!?この味噌汁、うますぎる…!」

「だしを昨晩からしっかりとってますから。」

「玉子焼きも上手に焼けてるわね。味もおいしいわ。」

「家で毎日練習してましたので。」

「焼き鮭もいい焼き加減だねー!」

「恐縮です。」


 こうして新たな従業員兼料理人を得た私たちは、より一層劇場運営に励んでいくようになった。手料理の効果は大幅な経費削減になっただけでなく、私たちのモチベーションアップにもつながったのでした。

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