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幽霊劇場  作者: ぶちくそ
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第二話 劇場の仕事

契約霊として劇場で働くことになった桜子。初日から劇場の支配人や先輩の京香とともに、日々の仕事に勤しんでいくのだった。

「こんにちはー。」

挨拶をしながら続々と入って来る女の子たち。私はそれに答えながら今日のレッスンの準備を続ける。しばらくするとレッスントレーナーの京香さんが入ってきた。たった一人で発声・ダンス・演技の指導をこなす、すごい才能を持つ人だ。

「はい、じゃ今日も始めるわよ。」

「よろしくお願いします。」


 女の子たちの揃った挨拶から始まったレッスンは前後半に分かれていて、前半では、全体でやる基礎的な発声練習とダンス練習。後半では、ある程度経験を積んだ上級者から演技の練習に移る。私は主に京香さんの補佐をしつつ、後半パートの初心者・中級者向けレッスンを監督している。子どもの頃から親に隠れて舞台の勉強をしていた私にとっては、それなりに大変ではあるものの、なんとかやり切れていた。

 契約霊になってからの私は、まずレッスントレーナー見習いとして京香さんとともにレッスン生の面倒を見ている。いきなりトレーナー見習いになってみんなからあやしく思われるんじゃないかと懸念していたけれど、前からそうだったかのように自然となじんでしまっている。気になって京香さんに聞いてみたら、支配人がいろいろやってくれていたらしい。


「うん、では今日はここまで。」

「ありがとうございました!」

レッスンが終わり、みんなが帰って行った後は二人で片付けをする。

「お疲れ様。今日もよくできてたわね。」

「はい!これくらいなら私にもできますから。」

「そう?ならそろそろ演技のほうもお願いしようかしら。」

「うえぇ!?それはまだ早いんじゃ…」

「冗談よ。まだまだこっちの仕事は譲れないわ。」

何気ない会話を交わしながら片づけを終え、階段を上がって食堂へ入る。食堂、といっても料理は自分たちで作らないといけない。いつもレッスン終わりで疲れているので、どうしても出来合いのもので済ませてしまう。

「そういえば、前までは全然お腹がすかなかったのに今は普通にすきますね。」

「そうそう。契約霊になれば普通の人間と同じようにお腹もすくし、汗もかくようになるのよ。食べるものは特別なものじゃないと口にできないけどね。」

「そうだったんですか。気づかず普通に食べてました。」

「幽霊のためのコンビニとかファミレスもあるんだけど、今度行ってみましょうか。支配人も連れてっておごらせましょう。」

「わぁい!ぜひ!」


 二人で夕食を終え、お風呂の準備をする。普段は支配人が先にお風呂を沸かして一人で入っているので私たちはその後に入る。お風呂場は結構広くて、20人くらいなら簡単に入れそうだ。二人並んで体を洗っていてちらっと横を見てみると、京香さんの引き締まった体が目に映った。毎日鍛えているという肉体は筋肉質で、細すぎず太すぎず、程よいバランスを保っている。が、なんといっても目を引くのはそのおっきなお胸。普段は邪魔だからと目立たないように押さえつけているらしいけど、こうしてお風呂の時に見ると改めて差を実感させられる。そんな視線に気づいたのか、

「ふふっ、桜子はまだまだ発展途上みたいね?」

幽霊でも体って成長するの?重要な問題だ…


 その後湯船に入ったとき、じっくり疲れをいやしている京香さんにずっと気になっていた疑問をぶつけてみた。

「京香さんの夢も舞台女優になることなんですか?」

「いいえ、そのそばで育てるほう。舞台のスターを育て上げるようなトレーナーになることよ。」

「トレーナーのほうに憧れるのって珍しいですよね。」

「もちろん最初は舞台に立つほうが夢だったわ。あなたぐらいの年で有名な劇団にスカウトされるくらいの実力もあった。でも高3のとき事故に遭ってね。長時間演じ続けることが難しくなっちゃって。それ以来、トレーナーとしての勉強を積むために大学を選んで努力したわ。ま、結局その道もこうして死んじゃえば閉ざされちゃうわけなんだけど。」

「…。」

「でも、こうしてまだトレーナー続けられてるのは不幸中の幸いかしらね。話し相手もできて、むしろ今のほうが楽しいかも。」

「京香さん…私もっとお手伝いがんばります!京香さんの夢を叶えることはできないかもですけど、精いっぱいお手伝いします!」

「あら、うれしい。こんな健気な後輩ができて幸せだわ。」

「わっ!いきなり抱き着かないでくださいよ。あぁっ変なところさわらないで!」

京香さんの夢を知って一歩だけ仲が深まったような気がした夜だった。



 夜が明け、次の日の朝七時。ベッドから起き上がり、まだ眠い目をこすりながら歯を磨いて食堂に向かうと、京香さんと支配人がすでに朝食をとっていた。

「おはようございます…」

「おう。」

「おはよう。」

私も自分の分の朝食を準備しに調理場へ行く。自分で食べる分は自分で作ることが習慣になっている。けれどだれも料理をしないので、調理場に置いてある料理道具はほぼ使われずしまわれている。せっかくあるのにもったいないかな。

 朝食後は、朝のミーティングがある。スケジュール確認や買い出しの有無、本日の仕事内容もここで確認する。

「松澤は次の公演へ向けてレッスン内容の見直し。俺と竹下は書類整理だ。夕方からはいつも通りレッスンに入る。何か質問あるか?…ないな。それじゃ、今日もよろしく。」

 働き始めてからいくつかレッスン以外の仕事もしてきたけど、書類整理が一番大変だ。劇場運営にものすごい量の書類が必要だとは全く知らず、細かい作業が苦手な私は苦戦していた。

「えっと、これは経費、これは印鑑いるやつ、これは企画書、これは宣材、これは…土地の権利書?」

「あぁ、それ大事なやつ!こっちくれ。」

「こんな作業ずっと一人でやってたなんて支配人、すごいですね。」

「だろ?松澤のやつ、ぜんっぜんこっちの仕事手伝ってくれなくてな?ひどいやつだよまったく。」

と、愚痴をこぼしつつも書類を捌く手の動きは止まっていない。見た目はちょっとだらしないけどデキる男って感じがする。さすがだ。

「おまけに劇場の宣伝とかイベントの企画も俺がやってるんだぜ。少しは気を利かせろってんだ。」

「あはは…」

「いや、竹下に入ってもらえてほんと助かってるよ。一人増えただけでこんなにはかどるなんてな。マジで助かる。」

「そう思ってもらえてるだけでうれしいです。」

正直な気持ち、ちゃんと働けているか不安だった。ろくにアルバイトもしたことがなかったのにいきなり契約して働くことになって、どうなることかと心配していたが、こうして口に出してもらえるとやっぱりうれしい。


「そろそろ昼だな。今日は外行ってみるか?」

「えっいいんですか?」

「おう。たまには外食するのも悪くないしな。あいつも誘って三人で行くぞ。」

幽霊になってから初めて外で食べるごはん。昨日、京香さんが言っていたファミレスに行くことになった。支配人さんが運転する社用車に乗り、十分ほど移動するとお目当てのお店が見えてきた。外見はどこにでもあるような普通のファミレスで、中に入ってみてもやはり普通だった。

「幽霊のためって言っても普通なんですね。」

「そりゃそうさ。わざわざお化け屋敷みたいな雰囲気にすることもないだろ。ただ店自体は普通の人間には見えないようになってる。いろいろ噂されると面倒だからな。」

そして、三人とも違うメニューを注文し、それぞれ運ばれたタイミングで食べ始めた。支配人はバターライスのスープセット、京香さんはカルボナーラ、私はチーズハンバーグ。味もまた、普通においしかった。

 それから劇場に戻り、それぞれ仕事の続きをして夕方のレッスンが始まる。昨日と同じように準備し、練習の手伝いをして、後片付けをする。その後、夕食をとってお風呂に入り、一日が終わる。こうして劇場での日々は過ぎていくのでした。



 その数日後。朝のミーティングで支配人からとある提案があった。

「中の仕事も慣れてきただろうし、そろそろ外の仕事もやってみるか。」

私は興味本位でその提案に乗ってみることにした。

「それじゃ、留守の間は任せたぞ、松澤。」

劇場に京香さんを残し、私は支配人と社用車に乗り込み、劇場の外へ出た。

「外回りは基本、営業だな。うちは客足もそこそこ伸びてはいるが毎回チケット完売にはならない。もっと多くの人に存在を知ってもらう必要がある。そのために劇場のポスターを貼らせてくれる店とか、宣伝してくれるところに挨拶回りをするわけだ。今までお世話になっているところはもちろん、これから交渉して新しく宣伝してくれる場所も獲得しなきゃならん。」

「大変そう…」

「宣伝だけじゃないぞ。公演をやるための資金源としてスポンサーを探すときもある。デカい公演になればなるほどスポンサーも必要になるから、そういうときにはいろんな企業を訪問することもある。ま、それはまた後日やるとして、そろそろ一件目に着くぞ。」


 とにかく隣でニコニコしていればいいと言われたが、緊張して変な顔になっている気がする。一件目は、小さな商店の、人がよさそうなおじいさん。いつもお世話になっております、と支配人が頭を下げるのに合わせて私も頭を下げる。次もまた観に行きますよ、と快活に笑いながら言うおじいさん。劇場ができたときからずっと観に来てくれている常連さんらしい。ふと、隅に隠れるように立っていた私に気づくと、

「おや、そちらのお嬢さんは?」

「えぇ、こいつは新人の従業員でして。(あいさつ!)」

「は、はじめまして。竹下桜子といいます!」

「ほぉー、初々しいですな。よろしく、お嬢さん。」

緊張しつつも挨拶を済ませ、店の外へ出た。

「ま、及第点かな。ちょっと表情硬かったが。」

「しょうがないじゃないですか!こういうのって慣れてないんですから。」

「何回も場数踏んでいけばそのうち自然とできるようになるだろ。次、行くぞ。」

それから近くの商店街を回り、何度も挨拶をするうちに少しずつ慣れてきた。最後に入った本屋では、私のほうから挨拶していた。

「なかなか良かったんじゃないか。ちゃんと自然に話せてたし。」

「はい!もう大丈夫です。」

「だが、次はちょっときびしいかもな。」

「何でですか?」

「この辺で一番大きな酒屋なんだが、いつもポスターを断られていてな。おまけに店主がいかついからなかなか食い下がれない。」

「私が行ってきますよ!」

「一人でか?…大丈夫か?」

「任せてください!」

ポスターを持って一人、店の中へ突撃する。店内にお客さんはいなくて、カウンターに新聞を広げた50代くらいの男の人がいた。支配人の言う通り顔がちょっと怖い。私は勇気を振り絞って声を掛ける。

「あのっ!少しお話よろしいでしょうか?」

「…なんだ?酒ならお嬢ちゃんには売れないぞ。」

「いえ、お買い物ではなく!」

「じゃあ冷やかしか?ならとっとと家帰んな。」

「そうでもなくて。その、これ、このポスターをお店に掲示させてもらえないでしょうか!」

「なんだ、劇場のやつか。それはいつも断ってるはずだが?」

「えと、みんなこの舞台のために一生懸命練習してて、それを一人でも多くの人に見てもらいたいんです。だからこのお店にもポスターだけでいいので貼らせてください!」

「こっちだって一生懸命商売してんだ。そんなもん貼って客が減ったらどうしてくれんだい?」

「そんなことありえません!むしろお客さん増えますよ!」

「なんだってそんなことが言える?」

「だってうちのおじいちゃん、テレビで舞台観ながら飲む酒は格別だ、ってよく言ってました。劇場の中ではお酒ダメですけど、このお店が舞台にも関心があるってことは伝えられます!」

一瞬の間があって何か変なこと言っちゃったかなと軽く後悔していたとき、

「ほう、嬢ちゃん、名前は?」

「竹下です。竹下桜子。」

「ふん、まあ妙な理屈だが確かに酒は芸事の席でも嗜まれるもんだ。うちとしてもそれで宣伝できるのなら越したことはねえ。…よし、わかった。それ、よこしな。」

「じゃあ…!」

「ああ、うちにも貼っといてやるよ。」

「ありがとうございます!」

「前来たひょろい兄ちゃんも来てるのか。」

「?支配人さんですか?はい、外にいます。」

「伝えとけ。交渉するなら手前の都合だけじゃなくお互いの都合を考えろってな。」

店から出ると心配そうな顔をして支配人が駆け寄ってきた。

「大丈夫だったか?あれ、ポスターはどうした?まさか破り捨てられたんじゃ…」

「営業、成功です!」

「えぇ!!スゲーじゃねーか、やるな!」

それからまた数件回り、新しく宣伝してくれるお店を増やして、その日は劇場に戻った、


「それでな?こいつまた新しいとこをいくつか丸め込んだんだよ。」

「ちょっと言い方!うまく交渉したって言ってください。」

「へぇ、意外な才能ね。営業、向いてるんじゃない?」

「やってみたら案外なんでもできちゃうんですよね、私。受験勉強のときもそうだったし。」

夕食の席で二人から褒められ、すっかり鼻を高くした私は自慢げにそう言った。

「いやー、私の活躍でこの劇場もますます有名になっちゃいますねー!参っちゃうなー!」

「調子に乗りやがって…ここまで大きくしたのは俺なんだからな!まず俺の活躍あってこそなんだぞ!」

「あら、客に見せられるほどの演技になるまで指導しているのは誰だったかしら?」

それぞれの意地の張り合いとなり、収拾がつかなくなってきた。

「まあとにかくだ。これで次の公演の準備も整いつつある。気を引き締めて走り切るぞ。」

「はい!」


 そしてあっという間に公演当日の朝を迎えた。支配人は各所への挨拶回り、京香さんは生徒たちへ最後の指導をしている。私はというと、エントランスからホールまでの掃除をしていた。一人でやるのも結構骨が折れるけど、前日にあらから済ませていたので、最終チェックだけでオッケーだった。

 しばらくして開場時刻となった。私は受付で当日券その他の販売。きちっとした正装の支配人は、入場扉で来てくれたお客さんへ挨拶をしていた。その日の公演はチケットの売れ行きが好調で、当日券は残すところあと数枚だけだった。開演時刻の30分前になると、ほとんどのお客さんが客席に入り、すでに席に着いていた。私が受付で暇そうにしていると、劇場の入り口扉が開き、二人の老夫婦が入ってきた。男のほうはあの酒屋の主人だった。

「おう、来てやったぞ。」

「あんた!そんな言い方はないでしょうが。すみません、この前はうちの主人が失礼なこと…」

「別に失礼じゃねえだろうが。」

「宣伝しといてウチが行かないのも…ってことで見に来ました。大人二人、まだあります?」

「はい、ちょうど最後の二枚です!」

チケットを売り切って大満足な私に向かって酒屋の主人が声を掛けてきた。

「今日は楽しませてもらおうか。」

二人が中に入っていくのを見届け、扉を閉めると場内はシンと静まり返った。

 受付で売り上げを確認していると、支配人が歩み寄ってきた。

「竹下も中の様子を見てくるといい。関係者席は空いてるから。」

「いいんですか?ありがとうございます!」

言われた通り、関係者席はほとんど人がいなくて、集中して舞台の様子が見られた。劇場で働き始めてからというもの、あまり舞台のことを考えられないほど忙しい日々だったがここで改めて生の舞台の熱量を肌で感じて、やっぱり自分のやりたいことはこれだ!と再確認できた。今は仕方ないにしてもいつかまたここに戻りたい、という気持ちが強くなった瞬間だった。


 幕が下り、観客が次々と帰っていく。その途中で自分の仕事を思い出して急ぎ受付へ戻った。そこに支配人の姿はなく、周りを見渡すと、劇場入り口で観客の見送りをしていた。あわてて私もそばに行き、同じように見送りをする。みんなそれぞれが満足そうな顔を浮かべていた。

 劇場のみんなで作り上げた最高の舞台がこうして観客の心を満たし、それがずっと続いてきたことでこの劇場は発展してきた。この先は私がその一翼を担っていくんだと誇らしくなり、私自身も自然と笑顔でお客さん一人一人を見送っていた。

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