皇家の血筋
ティフに乗って飛び立った後、日暮れまでしばらく飛び続けるという話になった。
憲兵だってバカではない。そのうちすぐに三人と一匹に追いつくだろう。
それまでに出来るだけ、距離を離しておきたかった。
「これからどれくらい飛んでもらう?」
すっかりティフへの伝達役になったカナルがエナルに問う。
「んー……。二時の方向に五十リト(約七十キロ)くらい飛んでくれれば、いい具合に隠れた場所がある……らしい」
「了解! 休み休みで三ユラ(約四時間)くらいかかるかな」
「イヴもそれで大丈夫?」
地図もコンパスもなしにそんな会話を繰り広げる皇女に、イヴは苦笑いした。
「大丈夫だけど、なんでそう正確に距離とか時間とか出るの……?」
エナルもカナルも同じ仕草で少し考えてから答える。
「ティフが教えてくれたから」
とカナル。
「風が教えてくれたから」
とエナル。
「えーっと?」
なんの冗談だとイヴは笑ってみせる。
しかし双子の皇女は至って真剣な眼差しでイヴを見ていた。
「まあ、言うなれば能力だよね」
カナルはニカッと笑った。
「皇家の直接の血筋を持つ者は皆、『命あるもの』と意思疎通ができるんだ。でも……」
その先はエナルが引き継ぐ。
「私たちはひとつの命を引き裂いた双子。『動かざるもの』と『動くもの』で、お互い意思疎通ができるものが定まっているのよ」
エナルは少し悲しそうだった。
そんなエナルの顔を、少しでも晴らそうとするように、カナルの声はいつになく明るい。
「私が『動くもの』。鹿とか馬とか、竜もそうだね! ただ、人間だけは話せばいいってなるのか、よく分からないんだ」
「私が『動かざるもの』。自力で動けないものね。植物が主だけど、なぜか風の言うことは分かるわ」
すごいな、とイヴは素直に感心した。
ベル・スフィアスの皇家は神の子孫だとか、能力を持っているとか、うさんくさいと思っていたが、案外本当なのかもしれない。
「だからティフは俺の言うことは聞かなくて、カナルの言うことは聞くのか」
「そうなるね」
合点がいった。
にこにこと笑うカナルと、沈んだ顔のエナル。そっくりな双子の表情は、まるで反対だった。
その違いようにイヴは笑いつつ、言った。
「それはさ、人間と話すのと同じような感覚なの?」
「いや、心に直接語りかけてくる感じ……」
「なんだよ、それ」
エナルの答えにイヴは笑い転げた。
天然なのか、しっかりしている印象のエナルは、時々面白い言い回しをする。
対してカナルは狙ったような、そういう面白さだ。
「でもエナルの言ってること、よく分かるよ」
「よく分かるんだ」
ケラケラと笑うイヴにつられて、なにが面白いのか分からないままにエナルが笑った。カナルも笑った。
ティフがぐんぐん泳ぐ澄んだ空の中、三人の笑い声は広く響いた。
「追われてるとは思えないくらい平和だね」
カナルが短い髪を向かい風で梳かし、目をつむって言った。
「このまま行くといいね」
イヴも微笑んで言った。
「平和ボケしちゃうわよ」
エナルはおどけて叱った。
本当に平和だと、ティフですら思っていた。
「あ、前方に黒雲確認!」
カナルはおどけた調子に乗って、そう叫んだ。
確かに少し先の上空には、ひと雨降りそうな雲がどっしりと浮かんでいる。
「ん? なんか音しない?」
イヴが後ろを振り返ると、そこには。
大きなエイのような飛行魚に乗った、深緑の制服の男がこちらに向かってきていた。
「憲兵だわ!」