エルフの交渉相手
「さて、身体も借りたことだし、本部にお邪魔するかね」
皇女一行が空を飛んでいる時、真面目そうな憲兵の格好をしたエルフもまた、動いていた。
「あれ、ルイ? お前、エル・グランデとの国境へ派遣されたんじゃなかったか?」
「ああ。ちょっと報告をしに戻ってきたんだ。通してくれるか?」
「流石はエリート様だな。通っていいぞ」
何食わぬ顔で門の警備をしていた憲兵と会話を交わし、本部に潜入するエルフ。
迷いなく資料庫の方に走ると、資料を読みふける目当てを見つけた。
「リア。ちょっといいか」
声をかけられた憲兵は、ハッと顔を上げた。
それから少し怪訝そうな顔をして、小声で言った。
「ユンカ?」
「そうだ。話があるんだ。来い」
すたすたと歩いて行ってしまったユンカを、リアと呼ばれた憲兵が追う。
リアはふわふわした桃色の髪を短く刈り上げて、小さな身体にぶかぶかの制服をまとっていた。
「急にきてなんだよー。僕だって忙しいんだけどー」
間延びして話すその声は、まだあどけない少女の声だった。
ユンカは苦笑いしてリアを見る。
「お前、まだ男のフリしてるのか」
「うん。いいじゃん、女憲兵なんて舐められて仕方ないんだもーん」
声と華奢な身体付きとを見れば、女であることなんてすぐ分かるのに、それでも男のフリをするリアに、ユンカは首を傾げた。
「ま、一種の意地か」
「んー? なにー?」
「なんでもない。それよりお前、双子がエル・グランデにそろそろ入るぞ。そう伝えろ」
「了解ー。ありがとねー!」
ニコニコして頷くリアに、ユンカはひとつため息を吐いた。それから思い出したように口を開く。
「そういえば暗殺者も一緒に行動してるぞ」
「暗殺者?」
「ああ。青髪のいやに勘の利く童だ。お前と年はそう変わらないんじゃないか?」
ふーん、とつまらなそうに頷いたリアは、少ししてから大声を出した。
「待って、ユンカ! まさかそいつ青と黄色のオッドアイとかじゃなかった? 短剣使いじゃなかった?」
「そうだったかもしれんな」
「イヴって名前じゃない!?」
「……お前、知り合いか?」
怪訝そうな顔をするユンカを無視して、リアは軽く口笛を鳴らした。
満面の笑みを浮かべている。
「僕って案外ラッキーガールかもしれない」
「そうか、よかったの。わしはこれで」
スタスタと歩いて行ってしまったユンカを横目に、リアは口元をほころばせていた。
その日の夜、リアは妃用湯殿の前に一枚、葉を落とした。それがリアと、妃たちとの取引の合図だったからだ。
「……すまぬが、今日は疲れてしまった。ゆっくり一人で湯に浸かりたい」
扉の前に不自然に置かれた葉に気付いたカリナは、侍女の方を向くとゆっくり微笑んだ。
視線を投げられた侍女はサッと居住まいを正して、深々と頭を下げる。
「かしこまりました。では扉の前に立っています故、何かありましたらお声がけ下さい」
「助かる」
意気揚々と衣を脱ぐカリナの瞳は、少女のように輝いていた。
しばらくすると湯殿の扉が開き、ユスノアが入ってきた。
「ご一緒しても?」
「もちろん」
ユスノアはカリナから少し距離を置いて湯に入ると、ユスノアに付いていた侍女が頭を下げて出て行く。
侍女が出て行ったのを確認して、カリナがひとつ手を叩くと、高い塀の上からやってきたのは侍女の格好をしたリアだった。
「おお、いつもの憲兵の真似よりもずっとしっくり来るね!」
「正真正銘の憲兵なんですけどねー」
からかうような声のカリナに、リアはムッと頬を膨らませる。
ユスノアはそんな事はどうでもいいように、身を乗り出した。
「あなたが来たって事は、カナルたちに動きがあったのかしら?」
「そうですー。エル・グランデとの国境に入ったみたいですよー」
エナルとカナルの安否が確認できるように、リアを雇ったのはカリナだった。
ユスノアはリアの言葉に、ホッと息をつく。
「安心は出来ませんよー? なんでも僕の昔の仲間と一緒に行動してるみたいですからー」
「昔の仲間?」
「あれ、言ってませんでしたっけー? 僕、憲兵に入るまでは、カリナ様の弟さんのところで、ちょっと悪いことしてたんですよー。その頃の仲間っていうのは暗殺者ですねー」
カリナが苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「なんで憲兵に入れたかはあえて聞かないけど……。大丈夫なの、その暗殺者とやらは」
「今のところ、皇女様たちと利害が一致してるし、大丈夫だと思いますよー。なんでかは知らないけど、そいつもイリナ様から逃げてるっぽいのでー」
それだけ言うと、リアはさっさと行ってしまった。
カリナが顔をしかめてるのに対して、ユスノアはむしろ嬉しそうにすら見える。
「暗殺者を護衛につければ、安心かしらね」
呑気な呟きに、カリナはそっと苦笑いをこぼした。




