少年の秘密
「大事な話?」
「あのね、イヴ」
エナルの真剣な声と瞳で、その場の雰囲気は一気に固くなった。
言い漏らさないように、ちゃんと伝わるように、エナルは慎重に言葉を選んだ。
「私とカナルは今、国に追われてるの。広場で助けてくれたことにはとても感謝してる。でもそれのおかげで、イヴは今、私たちを逃した罪人よ。だから……」
段々と萎んできたエナルの声に、イヴは微笑んだ。
「ここでエナルたちと別れて、脅されたって自首すれば罪は軽くなると?」
「そういうこと」
「ごめん、心配してくれて嬉しいけど、それ多分手遅れ」
「手遅れ?」
カナルの問いに、イヴは笑顔を保ったまま頷いた。
エナルはじっとイヴの言葉を待っているし、カナルはこてんと首を傾げている。
(全部は言えないな)
なんだか泣きそうになって、イヴはぐっと前を向いた。
「今から話すことを聞いた上で俺といると、二人を逃した俺以上にヤバいよ?」
いつもより低めたイヴの声が重々しく響く。
エナルは少し怯んだ。
「いいよ!」
あまりにも軽く、あっさりとカナルが許可を出した。
エナルとイヴは思わず顔を見合わせる。
「ちょ……!」
少しして、慌ててエナルはカナルを止めた。
カナルはなんで自分が止められたか、心底不思議そうな顔をした。
「大丈夫だよ。聞くだけ聞いて、本当に大変そうだったらイヴと別れればいいだけでしょ?」
当然のことのように言い放つカナル。
「聞いた後に逃げるようなら、俺が二人を殺すかもよ?」
「それも平気。イヴが私たちを殺す前に、その竜がイヴを喰らうから」
ちょいちょいとカナルが指差す先には、寝息を立てる竜がいる。
生々しい殺害宣言にイヴは吹き出してしまう。
「それも例の能力とやら?」
「後でじっくり話してあげるよ」
なんだかバカらしくなって、イヴは話し出した。
「サリヤ・リオネスって知ってる?」
「何年か前に隣の国で暗殺されたウチの大臣ね。犯人はまだ捕まってなかったはず」
「流石、よく知ってるね」
分からないと言われるかと思ったのに、サラサラと答えが返ってきて、イヴは驚いた。
自分よりいくつか年下であろう皇女たちは当時、まだ十にもなってなかっただろう。
「それがどうしたの?」
グッと、イヴはすぐには答えられなかった。いくらか心の準備をして、憲兵に突き出される覚悟もして、それから。
「……そいつ殺したの俺たちなんだ」
しばらくの間、沈黙が続いた。
イヴは恐怖で顔が上げられなかったし、エナルもカナルも口を利かなかった。
(やっぱり、会ってすぐ、まして皇女様なんかに話すべきじゃなかったよな……)
イヴは激しく後悔した。ずっと親しい人がいないせいか、すぐ人を信用するのは自分の悪い癖だと情けなくなった。
「ふーん、そっか」
やっとエナルが口を開いた。
「そろそろ行く?」
カナルが立ち上がる。
「え、俺、殺人犯、だよ……? リオネスってベル・スフィアスの重臣だったよ……?」
「私欲で殺したんじゃなさそうだもん。あそこの国は治安悪いから、イヴは売り物だったと考える方が自然かなって」
カナルはニカッと笑う。
「絶対的に今の私たちの判断は間違ってる。本当はイヴを憲兵に突き出すべきなんだろうけど、イヴがいないと野垂れ死ぬと思う」
「なんせご飯の作り方知らないし、火も起こせないし、ね」
厄介な少女たちを拾ってしまったな、とイヴは困ったように笑った。
「でも売り物っていうのはちょっと違うかも。気づいたら暗殺者として育てられてたから」
「暗殺者ってもっと殺気に溢れてるのかと思ってた」
「殺気を立ててたらターゲットにバレるだろ」
エナルはイヴのらしくなさに驚いたようだったけれど、イヴはエナルが暗殺者が身近のような口ぶりに驚いた。
それを察してか、カナルが付け加える。
「……内緒だけどウチにもいるんだ。雇い暗殺者」
ベル・スフィアスの治安は、他に比べて随分といい。
今の今まで、イヴには暗殺者を雇っているとは思えなかった。
「私たちが逃げて、雇い暗殺者が私たちを追ってるはずだよ」
「え……!?」