交渉内容
「俺?」
「そう、お前の外面だけ、貸せ」
エルフはなにをするとも言わなかったが、憲兵本部に用事があるのだろうと容易に想像できた。
「別に構いませんよ」
「いいのか? お前の姿で大量殺人を起こすかもしれんのだぞ」
「国に追われるのはよろしくないですが、そんな事なさらないでしょう? 万一の為に自分の身体を縛って待っていた方がいいですか?」
肩をすくめて言うルイに、ユンカが高く笑う。
「そんなことせんでいい。ちょっと憲兵にいるやつに用事があるだけだ」
「そうですか? 俺、縛るの上手いんですよ」
ユンカにおどけて返事をしてから、ルイは真顔になった。
ルイの隣でリンも真面目な顔をしている。
「それよりも情報、か」
ふうっとひとつ息を吐くと、一度しか言わないというように人差し指を立てて、ユンカが言った。
「まず皇女の見た目は橙色と若草色。それは流石に知ってるな?」
「知ってる」
「次にどういう理由かは分からんが、暗殺者も一緒にいるな」
「物騒な護衛ですね」
リンとルイは多少驚いた顔をしたものの、護衛がいることは想定の範囲内だったのだろう。すぐに真顔に戻った。
「後は竜」
「竜!?」
「火ぃ吹くやつですか!」
「吹かん」
いい反応に満足気に笑ったエルフは、呆れ笑いを浮かべながらさらに言った。
「目的地は世界の果てなんだと。エルフの伝承の一節だな。伝承を目的に掲げる辺り、まだ子供」
「ああ、世界の果て行けば願いが叶うなんてアレですか」
リンは伝承なんてさっぱりという感じだったが、すぐにルイが頷いた。
「それだ。それくらいだが、構わんか」
「一行の編成が分かっただけで十分です。どうぞ、この真面目男なんてあげます」
「それはありがたい」
ぽんっ。
軽い音と共にルイの前にはルイが立っていた。
分け目も眼鏡も制服もなにもかもがルイだった。
「なんだ、随分暑苦しいんだな」
「どこぞの能面みたいに着崩すなんてしてませんから」
ルイが笑うと、膝にリンの蹴りが飛んでくる。
膝カックンの要領でその場に崩れ落ちるルイを見つつ、リンはエルフに敬礼した。
「それでは」
「またお前さんを返しに来るさ」
ニコリと笑った目尻にだけシワがよって、子供の姿で無邪気な笑顔ではなかった。
「ああ、遠くに行っておきなさい。吸い込まれても知らんよ」
たしなめるようにそう言うと、エルフ自身も後ろに飛び退いた。
茂っていた木々がエルフに道を開いて、エルフはすぐに見えないほど遠くになってしまった。
「……エルフってやっぱり化け物なんだ」
リンが冷静に呟くと同時に、ユンカが退いた方で軽い爆発音が聞こえた。
その上空にはどろどろと墨を流したような煙が立っている。
「空白か?」
「エルフが根源だったのな」
空白の原因も憲兵が血眼になって探しているもののひとつだった。
皇女二人に空白の原因まで見つけたのなら、ルイもリンも出世は間違いない。
「ま、どっちも本隊には伝えんけどな」
「下手したら本隊になんて帰らんけどな」
ケラケラと笑いあって、後ろに倒れこんだ二人はなんだかとても楽しそうだった。
「俺が抜けたら作戦練るのに大打撃だな」
「私がいなくなっても交渉出来なくて困るだろ」
憲兵は国を守るという役割のため、とても厳しかった。
守るものは国だけでいいと家族と縁を切らなくてはならない。
守るのに性別は関係ないと恋することも許されない。
国を守るためなら死ぬことさえも厭わない。
そんなところだった。
「嫌になっちゃうよね。ま、私らはもうばっくれるから知らないけど!」
「本隊も知らない情報を末端の俺らが知ってるとか、本当笑えるしな」
二人がイリナとしている取引は簡単なことだった。
皇女一行を捕らえてそのままイリナに引き渡す代わりに、ルイとリンは捕らえる際に死んだことにする。
そうすれば憲兵に追われることもなく、憲兵から抜けることが出来る。
「あのエロじじいも一応国の重臣だもんな。流石に重臣が憲兵の末端を気にかけるとも思われんだろ」
「幸運というべきか、なんというか」
ふっと息を吐いたルイの目には瞬く星が映っていた。




