憲兵と交渉
「そろそろエル・グランデにヤツらが近付いた」
『かしこまりました、準備を致します』
小さく光る紫色の鉱石を覗き込んで、イリナが意味深に笑っている。
イリナの呼びかけに応える声は、無機質な低い女の声だった。
『しかしなぜヤツらの居所が? 我ら憲兵もイリナ様以外の情報源はありません』
「いや、なに、たまたまだよ」
イリナの部下に巻きついたあのツタ。
あれは人為的なものだというのがイリナには分かっていた。そして植物を操れる者がこの世に二人しかいないことも。
『運がいいんですね。まあこちらも、この情報は本隊には知らせませんので、よろしくお願いします』
「ああ。気に病むことはない。手筈は整っている」
ふぉん、と軽い音がして通信が切れた。
「アレも無愛想でなければいい女なんだが」
暗い部屋で、イリナがひとり呟いた。
「……通信役変わってよ、あのエロじじい嫌なんだけど」
「俺の交渉で全てをパァにしても文句はないんだな?」
「役に立たねぇな」
人形のような顔をして、さっきまで通信していたイリナの悪口を垂れる女。
その隣でいかにも堅そうな男が薄く笑っている。
「ったく、お前頭だけはいいんだから交渉術くらい身に付けろよ」
「お前は交渉しか出来ない脳筋だろうが」
チッ、と二人が同時に舌打ちをする。
大きく茂った木の上に、簡素に敷かれた床で座り込む二人は、深緑の制服に身を包んでいた。
「というかお前、制服は着崩すな。学生か」
女の方はカッチリした上着の袖をまくり上げて、前のボタンはひとつも閉めていない。
下のシャツも、規則の白ではなくて黒だった。
「お前は見てるだけで堅苦しい気分になるから、丁度良くしてんだよ」
「ああ言えばこう言うな」
「お前が母親みたいなこと言うからだ」
ツンと顔を背けてしまった女は、少しして男に聞いた。
「お前、名前なんて言うんだっけ」
「ルイだが。なんだ急に、気持ち悪い」
「いや。お前、弟と同じ名前なんだよ」
女は相変わらず男の方を見ようともしないが、少し寂しそうな顔をしていた。
憲兵に入る時、誰もが家族との縁を切らなければならない。家族に思い馳せているのかも知れなかった。
「それは光栄。お前はリンだっけか」
「気安く呼ぶな」
リンと呼ばれた女は鬱陶しそうに軽く手を振ると、立ち上がった。
「腹減ったからなんか捕まえてくる」
くるりと華麗に後ろに飛ぶと、軽い着地音が聞こえる。それから走り出す音が聞こえたので、ルイは小さく呟いた。
「食っても胸は出んぞ」
「後で覚えとけよー!」
「地獄耳だな」
ルイはまた少し笑うと、山の方に目をやった。
黒々と曇る空の中、不自然に黒い場所がある。
「火でも焚いてるのか? アレが噂の皇女御一行なら、随分と不用心だな」
すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いで、ルイは素早く隣の枝に飛び乗った。
刹那、ポンっという音と共に小さな人が現れた。
「ほお、最近の若者にしては勘がいいじゃないか」
「婆様の動きがトロくなってるのでは?」
口角だけ上げてルイが笑うと、黒い霧に包まれたエルフも釣られたように笑った。
それからスッと真顔になって言う。
「お前ら皇女を狙っとるのだろう? 協力してやっても良いぞ」
「……茶でも飲んで行きませんか」
ルイは少し考えてこう言った。
せめてリンが帰って来てからと思ったのだろう。
「なんだ、わしをここに留めてどうする?」
「いえ、お年寄りには優しくしろと躾けられておりますので」
「いちいち馬鹿にしとるのか」
鼻で笑いつつ、エルフは枝に腰かけた。
「良いだろう。お前、真面目過ぎて交渉術には長けてなさそうに見える」
エルフの言葉に一瞬顔をしかめて、それからルイは暗がりに向かって大きく呼びかけた。
「おい、能面貧乳女!」
「締めるよ?」
音もなくルイの背中に立ったリンは、ルイの首に縄をかけていた。
「客だ」
ルイがエルフを指差す。
リンはあからさまに舌打ちをして、ルイの隣に腰掛けると、エルフに向き直った。
「どうも、婆さん。とりあえず名乗ってもらえる?」
「随分と高圧的じゃな。ピリピリする女はモテないぞ」
リンをからかってニヨニヨっと笑うと、エルフは手を叩いた。
「ユンカと呼べ。お主は?」
「……リン」
このエルフは苦手だと言うように、リンは一瞬ルイを見ると、ため息を吐いた。
「わしは皇女の情報を持っとる。ちと、交渉しようじゃないか」
「情報をこっちに渡す条件は?」
「……それをもらう」
ちょいちょいとユンカが指差したのは、ルイだった。




